ブレッドウーマン

境 環

第1話

私は、死にたい女。首吊り自殺、服毒自殺、投身自殺とうしんじさつ、等あるが、どれをとっても死ねる気がしない……

 死に損ないは意思に反して、医療従事者の手っ取り早い処置に、耐えかねる苦痛を伴いながら蘇る。だから、自殺未遂だけは避けたい。


「どうしたら良いのかしら……」

 ふと目を向けるとそこにはショーウインドウ。ボサボサの髪、痩せこけた頬、凹んだ目元、薄汚れた服装、これが私の今の姿だ。

 もう、死神が付いてもいい頃なのに……餓死出来ずに街を彷徨い続けている。


「ピー!!!」

「そこの君!どこへ行くんだ!」

 振り返ると、怪訝そうな顔をした警察官がいた。

「……どこにも行きませんが…」

 小声で答えると、私の顔を見て納得した面持ちで、こちらに近づいて来た。

「死にたいんだな?」

 声を潜めて言った。

「え?なんでわかるんですか?」

「魂が完璧に抜けている。ピノキオさんの所へ連れて行くか〜」

 そうため息をついた警察官に、手を引っ張られて前のめりになりながら歩く。


 薄汚れた店舗の様な建物の前で警察官が、

「すいませ〜ん。いますか〜」

 と、機械じみた声で誰かを呼んでいる。

「はい。何か御用でしょうか?」

 建物の中から気怠い声が聞こえて来た。

 姿を表した主は、鼻が前に伸びていてその鼻の長さは異常と言われても過言ではない。

「え?ピノキオ?何で?」

 私は、素っ頓狂な声を上げると

「はい。私がピノキオでございます」

 男が丁寧に挨拶をしてきた。

「ピノキオさん、今年で何人目です~?」

 警察官も気怠い声で、ピノキオ男に言葉を放つ。

「う〜ん…13番目かな〜」

 ピノキオ男が呟いた。

「では、ここに置いてきますね~」

「はい〜ご苦労さま〜」

 警察官とピノキオ男の何気ないやり取りの中、私はポツンと留まる。

 棒のように立っている私を、古ぼけた椅子に座らせようとピノキオ男は手招きする。


「え〜と、死にたいんですよね?そう顔に書いてあります。手続きしますか?」

 やはり、そういう顔をしているのか……

「手続きといいますと…?」

「お名前、生年月日と…死にたい理由ですね~」

「あのう……質問なんですが……その〜手続きとやらをしたら、完璧に死ねるんですか?」

「はい。死ねます。私が手解きを致します」

「この粉を飲んで頂きますと、食パンに変貌します」

「え?食パン?何故食パンなんですか?」

「この粉を飲めば、子供食堂に提供する食パンになるんですよ」

「はぁ~なぜ食パンにならなきゃいけないかも分からないですし、本当に死ねるのかどうなのか……」

 私は、半笑いで受け答えると、

「ここに来る方は、みんなそうおっしゃいます。でもねぇ〜ホントにそうなるんですよ」

 ピノキオ男も、半笑いで答える。

「はぁ〜一応サインをして、どうなるのか様子を見ます」

 にわかに信じがたいが、死ねると言うなら試してみようと思った。

「中林詩織さんですね〜まあ、20代前半から半ば女性でしたら、今年で二人目ですね~死にたい理由は〜そうですか。仕事を頑張り過ぎて、まあストレスで爆発寸前のようで」

 ピノキオ男は淡々と「手続き」を見て語る。まるで、医者の問診のようだ。


「それでは、これを飲んで頂きましょう」

 普通の粉薬のみたいな物だった

 それを飲んでしばらくすると、目の前が真っ暗になった。が、意識はある。


 食パン女の降誕である。いや、ブレッドウーマンの方が響きが良い。そう勝手に自分を名付けた。


「中林さん、キレイなパンになりましたね。良かった!良かった!」

「ん?声は聞こえるのか?」

 私がそう話すと、ピノキオ男は

「そうなんですよ。耳と口は生きてます。でも、聞き取れるのは私しかいないので…」

 なんだ?しんみりとした口調は……

 心の中で呟く。


「さて、子供食堂へ行きましよう!」


 テレビで子供食堂の特集をしていた時に、母が

「私らの子供の時なんて、そんな友達一人もおらんかったけどな~時代かね〜今の子供は不便やわ」

 と、ため息交じりで話してた事を思い出した。


 最近になって、子供食堂は増えたように感じる。離婚の増加でシングルマザーやシングルファザーになる人が仕事と子育ての両立に限界を感じ、子供食堂に頼らざるを得ない。その他ネグレクトによって、利用する子供達もいるだろう。とても心苦しい事だ。


「こんにちは〜!新しい食パンを持って来たよ~」

 ピノキオ男が子供に私を紹介すると、

「わ~い!ありがとう!」

 と、子供達の声が響き渡る。


「これは、明日の朝食でみんなに食べてもらうからね~お楽しみに〜!」

 子供達の喜ぶ声が聞こえる。

 最期に子供達の役に立てれば嬉しい。

「みんな、私を美味しく食べてね~」

 と、口にするが聞こえる筈もない。ピノキオ男にしか私の声は聞こえないのだから。



 みんなに美味しく食べられた私は今、白い霧の中にいる。

「死んだんだ……」

 本望を遂げたのだが、いざ現在の立場になると困惑している。本当にこれで良かったのだろうか……


 白いシャツとパンツを身につけた男が目の前に現れた。

「中林詩織さんですね。こちらへどうぞ」

 この世界の案内人なのだろうか。終始笑顔だ。

「ここは、彼の世と此の世の中間地点となります。では、こちらの“ボタン”を押して下さいませ」

 中間地点ということは、まだ成仏出来ていないのか……

 ”ボタン“は霧によって見えにくいが、発光していたので簡単に押すことが出来た。

 エレベーターみたいな箱に乗ると、

「ブレッドウーマン、安らかに」

 と案内人が一言加えてお辞儀をする。

 ブレッドウーマンか……私は笑いながら会釈をした。

 薄い膜が閉じると、一気に下降していく。

「え?え?上に行くんじゃあないの?まさか……」


 白地に黒い点が規則正しく並んでいる。 

 ここは、何処だ?


「詩織!詩織!目が冷めたのね……」

 横には、泣いている母親がいた。父親も涙している。

「ここ……どこ?……」

 下降する『エレベーター』に乗ったのは覚えている。

「病院よ!あなた、公園で倒れてたのよ!」

 切羽詰まった母親が口火を切る。

「詩織〜ホントに良かった」

 父親が嘆く。


 私は、失敗作なのか。此の世に戻って来たようだ。ブレッドウーマンとして、彼の世には行けなかったのだ。


 機械的に入院先で手当をして、汚れた身体も洗われて両親の下へ帰った。

 帰って間もなくピノキオ氏に会いたかった。なぜ、上に昇らなかったのか。


 両親の目を盗んで、ピノキオ氏を探した。

 一人暮らしをしていたアパートに何気なくたどり着くと、ピノキオ氏がいた。

「あの〜、死にきれなくて良かったんですかね?両親の事を考えるとやっぱり……」


「ようやく気付いたようだね。あなたは『まだ』死んではいけない事を」

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ブレッドウーマン 境 環 @sktama274

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