11_ ドラゴンストライク・ザ・ゴールデン Ⅱ
その光景を、ルキアたち新生・水晶の民は、固唾を飲んで見守っていた。
「本当に、始まった……」
「なんて凄い光景なの!」
「まさに、神域の力だわ」
「アレは、いったい……?」
「黄金の塔……」
「──分からない。けど、あんなモノが落ちればッ」
「そうね」
「ええ。たとえ龍の國といえども、ひとたまりもないはずッ」
「……アウレア様、万歳」
「我らエルフの新たな主神……!」
「黄金の女神、万歳!」
「憎き龍の國の鬼畜どもに、裁きの鉄槌を──!」
一族のものは口々に驚嘆と畏敬を零している。
女神アウレアに率いられ、
主神の創造した『超高層びるでぃんぐ』なる神の塔の最上階にて、ルキアたちは揃って遠い空での出来事を観察していた。
現実味の無い光景だが、とうとう始まったのだ。
「龍の國との、全面戦争……!」
ルキアはギュッと拳を握りしめ彼方を見る。
女神アウレアは、ルキアたちに「戦わず見守り続ける」ことを命令した。ほんの一日前のことだった。
──明日、龍の國を滅ぼしてくる。
──すでにヤツらの一部を殺している以上、どのみち対決は免れないからな。
──安心しろ。オマエたちは戦わなくていい。むしろ戦うな。
──一緒に戦う? おいおい、馬鹿を言うなよ。
──まさか、この俺が剣を握るとでも? 軍神じゃないんだぞ。
──それに、龍の國はこの大陸を、もうほとんど征服しているんだよな?
──だったら、もうどこを攻撃したところで、ヤツらにとってはダメージにしかなり得ない。
──見ているがいいさ。
──明日、オマエたちが目にするのは、『国』という形態が一度に機能を失う瞬間だ。
そして宣言通り、ルキアたちの目には彼方の空で、数多の塔が逆さまに落ちていく光景が広がっていた。
黄金に輝く神の塔は、ひとつが落ちる度にとてつもない地響きをあげ、まるで雨のように繰り返し繰り返し雲を割って降り注ぐ。
まさに──天罰。
剣や槍を振りかざすだけの武力など、いったい何の意味があろう?
遠く離れた距離があっても、ルキアたちの足元や耳には、まるで大地が悲鳴を上げるがごとき振動が伝わっている。
人が、家が、村が、町が、城が、砦が、軍が、國が。
ただ空より降ってくる巨大な質量という現実の前に、為す術なく平に踏み鳴らされていく無情の地獄。
それはまるで、文明がいずれ滅び去ることを暗喩するかのように、凄惨で壮大だった。
……ルキア以外の仲間たちは、みんな女神アウレアを讃えている。
しかし、ルキアはひとりだけ、ひそかに別種の感情を抱いていた。
(これは……やりすぎですッ、アウレア様!)
目の前の光景は戦争じゃない。
ただ圧倒的な暴力に訴えた、虐殺だ。
いかに龍神の恩寵を得ている龍の國の騎士たちといえども、あれほどの物理的暴力には即死しか有り得まい。
ましてや、加護を持たぬ只人ならば尚のこと。
子どもや赤ん坊、年寄りさえ差別なく殺している。
……無論、ルキアたち亜人が人間たちから受けた仕打ちを思えば、当然の報いだとも言えるだろう。
女神アウレアが、他ならぬルキアを想って、危険を取り除こうと動いているのも分かる。
だが、だがしかし……!
(憎いから殺す? 不愉快だから殺す? 醜いから殺す?
それは、あまりに短絡的では──!?)
神の決定に異を唱えることほど愚かな真似はない。
けれど、これでは
神が横暴で理不尽なことなど誰より知っている。
しかし、女神アウレアははじめて、そうではないと思えたはずの神だったのでは?
なのに
自分たちは結局、籠の中の鳥だ。
気まぐれひとつ、機嫌ひとつで、容易く命を奪われる。
──神は、神でしかないのか。
怨敵の壊滅に熱狂的歓声をあげる一族たちに囲まれながら、ルキアはひとり誰にも言えぬ衝動と煩悶に苦悩した。
復讐の連鎖、憎悪の継承、殺し殺され、終わらぬ戦い。
それがこの世の本質だと諦めることもできるけれど、ルキアは違うと信じたかった。
◇ ◇ ◇
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ──ッ!!!!」
天が崩れ落ちるがごとき滅びの空にあって、高らかなる哄笑が俺の耳朶を震わせた。
体長六十メートルはありそうな巨大なドラゴンの首根っこ。
その上で、男は腹を抱えて笑い転げそうなほどゲラゲラだった。
俺は落下させているテキトーな
「自分の國が滅びつつあるのに、何がおかしいんだ?」
「ハハハハハハハハハハハハハ、ハハハ……いやなに。
我ながら、実に愚かな問いだったと自嘲していたんだよ、異境の神。
これほどの一手を打たれて、いったい何のつもりだ? なんて、バカの極みだったとね」
「ほぅ? つまり、状況を冷静に判断するだけの頭はあるのか」
「いやいや、こんなのは誰が見たって分かるでしょう……オレの國は終わりだ!
領土も民も、これだけやられちゃあ、國としての体面は保てない! 止める気もないんだろ?!」
「ああ」
「なら、やっぱり國は滅亡だ! 最悪だぜ!
まさか異境の神の中に、これほどの権能の持ち主がいたとはな……名のある神は、すべて頭に入れてるつもりだったんだが……抜かったぜ」
「ハッ、気にするな。悪いが新参でね」
「新参? それじゃ、名を問うてもいいかな?」
「──アウレアだ。
そういうそっちは、少年王フォスに龍神プロゴノスで合っているな」
「いかにも。いかにもだとも、アウレア神。
……ああ、気を悪くしないでくれ。我が神は人語を話さないんだ。そちらの問い掛けを無視してるワケじゃない」
「──いや、さっきから聞くに堪えない罵詈雑言を口にしているな」
「……なんだって?」
「これは念話か? ともかく、ハッキリと言葉が伝わってくるよ。恐らく、同じ神にしか通じないんだろう」
「衝撃の新事実だ。ちなみに彼女、いまなんて?」
「よくも昼寝を邪魔したな、と」
「──ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!
それでこそ我が神だな! オレやオレの國がどうなるかよりも、自分の機嫌が第一! さすがだ!」
「それで?」
「うん?」
「プロゴノスは当然として、少年王フォス。この大陸でただひとり神殺しを成した男。オマエは、俺に対して何も言うことはないのか?」
「え? ああ……そうか。そうだな。まぁ、オレは人間だしな。今さら神の理不尽に恨み言とかはな……。
強いて言えば、七神に伍するアンタほどの神が相手なら、不足は無いってところじゃないか?」
「……まるで、自分の方が格上みたいな物言いをする」
「気に障ったかい、美しい女神様」
「いいや? 傲慢なヤツだと分かって安心した。
なぁ、俺がなぜ、オマエの國に『塔』を降らせたと思う?」
「? さぁな。なんでだよ?」
「こんな話があってな。
──その昔、ある人々が天にも届きかねない高塔を建てようとした。
なぜそうしたのかは分からない。
もしかすると、天に近づけば、自分たちの愛する神様の声を、もっと身近に感じられると考えたのかもしれないし、もしかすると、自分たちの技術力を驕って、天上の神の領域に迫ろうと考えたのかもしれない。
理由は定かじゃないが、ともかく、人々は史上最も高い塔を建てようとした」
「ふぅん? 御伽噺か何かか? でも、ずいぶんとバカな話だ。そんなの、失敗するに決まってる」
「ああ、その通り。
神は人間の行いに怒り、人が天に近づかんとするのは傲慢だと裁きを下した。
建築途中だった塔には
つまりだ。俺が落としているのは、いずれも高さを理由に評判を集めた建築物でな。
驕り高いオマエたちには、相応の墓標だろ?」
「オレたちが、傲慢だって言いたいのかい?」
「人を人とも思わない。ただひたすらに肥大化したエゴを貫いて他者を貶める。これの、どこが傲慢でないと?」
「……分からないな。それのいったい何が悪いのさ?」
「オマエが滅ぼした國や民族、宗教、とりわけエルフ」
「? いや待て。ははーん……? 読めてきたぞ。
ってことは、アンタはアイツら雑魚どもが呼び起こしたせいで出てきたんだな?」
「切っ掛けはそうなる。
けれど、俺がオマエたちを殺すと決めた理由は、やっぱりオマエたちが原因だよ」
「力あるものが弱いやつを狩って、何が悪いのかね」
「悪くはないさ。ただ、その生き様は酷く醜いってだけでな」
「醜さは罪かよ?」
「ああ。俺は気分が悪い。オマエたちを見ていると、嫌悪感で今にも吐きそうになる」
「ずいぶん嫌われたもんだな。美女に嫌われるのは凹むぜ。……謝ったら許してくれるか?」
「この期に及んで、まだそんな冗談を吐けるのか。
笑わせるなよ。誠意のない謝罪に何の価値がある。
──それに、オマエの目には、未だに薄気味悪い炎が灯っているぞ」
「ククク、失敬失敬。アンタ、神にしておくにはもったいないほど上玉なもんでな。ついイロイロ想像しちまってた」
「……ゲスが」
「オーライ。ま、しゃあねーか。國が滅んで王もクソもないが、プロゴノスさえいればいくらでもやり直しはきく。幸い、女神殺しは経験があってなァ……!」
言って、少年王フォスはドラゴンを突進させてくる。
騎馬兵のように跨った姿で現れた時点で想像はしていたが、どうやら驚いたことに、人馬一体ならぬ人神一体を気取っているらしい。
すべての獣の祖と言うから、いったいどんな高慢ちきな神かと思っていたが、龍神が聞いて呆れる。
この雌蜥蜴は、オドベヌスよりも品位が無いし頭も回らない。
知性はあるが、一が零でないだけの差だ。
けれど、考えてみれば当然なのだろう。
すべての獣の祖、生命の系統樹。
つまりは始原を司る以上、人が猿から進化を経て獲得した高度な知性には遠く及ばない。
プロゴノスが誇る優位性は、ただ単純に生物としての規格がデカいのと、シンプルな強さ。
そして、周囲に与える権能の規模だけだ。
でも、そのネタもすでに割れている。
プロゴノス自身が存在しているだけで、あらゆる生き物が必ず『誕生・成長・進化』していくんだろ?
じゃあ聞くが、それって周りに一切の生物がいなければ、何の役に立つんだろうな?
だから俺は、シンプルに物理で叩き潰すことにしたんだ。
ほかの何物もいなくなった、この荒野の空で!
「あいにく、怪獣映画は趣味じゃないんだ」
「アアっ!?」
「俺もひとつ種を明かそう。虚空にデカい建築物を創って黄金化。
ほら、黄金にすれば俺は、どんなものでも自在に操れる──食らえよ、『バベルの塔』ッ!!」
「ッ、な、なにィ!?」
鼻先数センチまで迫ったドラゴンの横っ面に、真横から
プロゴノスは激痛の叫びをあげて吹っ飛んだ。
けど、残念ながら死んでいない。体勢を立て直して旋回し、戻ってくる。
少年王の方は、どこ行った……ああ、咄嗟に飛び降りて命を拾ったのか。蝿みたいにすばしっこい野郎だな。
「オイオイ……せっかく傲慢の象徴とともに殺してやろうと思ったのに」
「っ、ふぅぅぅ……! やべぇな、こりゃ!」
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