面倒な真実

そうざ

Troublesome Truth

 1969年、アポロ11号によって人類初の月面着陸が達成された。人類がその宇宙開発史に偉大な足跡を刻んだ瞬間である。以降、1972年のアポロ17号までに計六回、選ばれし勇士達がの地を訪れた。

 それから半世紀以上の年月が経過した。嘗て一国の威信を懸けて行われた宇宙への進出は、今や個人の夢へと下げ渡された。社長の僕とたった一人の社員とで切り盛りするベンチャー企業が〔ネオアポロ計画実行委員会〕なるものを立ち上げる時代が来たのだ。


『プログレスから管制室へ、たった今、予定地点〔静かの海〕に着陸した』

 着陸船〔プログレス〕からの通信が、張り詰めていた空気を解放させる。

 管制室という名の会議室には、ノートパソコンに向かう僕しか居ない。同じ空間で喜びを分かち合えないのは残念だが、ここまでは順調そのものだ。

「お疲れのところを済まないが、直ちに船外活動の準備に掛かってくれ」

『了解、社長さん。少人数精鋭体制に乾杯』


 人類は本当に月へ行ったのか。

 真空なのに星条旗がはためいている、背景の空に全く星が見えない、月面上に出来た影の方向や長さがばらばら、『C』と書かれた張りぼての石が映り込んでいる――その他諸々の根も葉もない妄言の全てに理論的な反論が可能で、実際に論破済みなのだ。

 が、それでも陰謀論者は宇宙開発に心血を注いだ先人の偉業を躍起になって毀損しようとする。現在でも国民の一定数がこういった妄言を支持しているらしい。

 しかし、ようやとどめを刺す時が来た。

 この後に予定されているライブ配信では、地球上で太陽光が当たっていない夜間地域に180キロワットの大光量照明を装備したドローンを千台飛行させ、それを月面から撮影して生中継するという壮大な宇宙ショーを行う。リアルタイムで目の当たりにするスペクタル映像に陰謀論者の顔色はどう変わるのか、今から楽しみで仕方がない。


 約38万キロを経て届いた映像がノートパソコンに映し出される。『静かの海』はその名の通り永遠の静寂を保ちながら再び今、人類を迎えてくれたのだ。

「カメラを360度回転させてくれ」

『了解、モノトーンだけじゃない世界をお裾分けだ』

 暗い宇宙そらと灰色の大地とが大型モニターを上下に分割したまま、映像はゆっくり横スクロールして行く。

 やがてが遠目に現れると、会議室の空気が再び揺れた。資料映像等で散々見飽きている地球がこんなにも新鮮に感じられるとは、奇妙な可笑しみが込み上げる。

「記念すべき最初の星条旗ファースト・フラッグは見付かったかい?」

『この為にレーシック手術をしたんだが……見当たらんなぁ』


 人類は月を訪れる度、の地に星条旗を残した。その数、計6枚。特別な素材でもない安物の代物だから、大気のない月で太陽光に晒され続ければ最終的には粉々になる可能性は捨て切れない。が、後に行われた月周回無人衛星の観測からは、未だ5本が月面に突き立っている事が確認されている。

 因みに、アポロ11号が残した星条旗だけは倒れているらしい。着陸船が離陸する際にエンジン噴射で飛ばされたと当時の搭乗員が証言しているのだ。


「俺は験担げんかつぎに御神籤おみくじを引いたよ」

『オミクジ?』

「東洋の占いだ。御神籤に拠ると、失せ物は見付かるらしい」

『ラッキーボーイはお前の方か。今から交代するかい?』

 有人与圧セグウェイの車載カメラが、移動する景色をリアルタイムで捉える。月面を二輪車が走るのは史上初だ。

 人類が今まさに月を訪問している事はこの映像で容易に証明出来るだろうが、半世紀前にも人類が同じ事を実現していたと示すには、当時の星条旗が視覚的にも恰好の物的証拠になる。一枚でも構わない、今でも月の大地に雄々しく突き刺さったその姿を見せて欲しいものだ。


「今のはっ?」

『……何の事だ?』

「地平の彼方で何かが光った」

 地球が浮かぶ空と大地との接点辺りに一瞬だけ何かが見えた。 

『確かめる。法定速度を超えるが許してくれよ』

 セグウェイが速度を上げ、映像に振動が反映される。

「ズームアップしてくれ」

『了解……あれかっ』

 搭載カメラが焦点を絞る度に解像度が自動補正され、へと近付いて行く。

『光の正体は太陽光だっ。が発光している訳じゃない、表面で太陽光を反射してるらしい」

「星条旗かっ?」

『……じゃないな。もっと接近する。モノリスだったりしてな』

 物体は思いのほか小振りらしく、例えるならば立て看板を思わせる形状だった。確かに星条旗ではないようだ。揺れる映像が拡大されると、物体の表面に模様らしきものが確認出来た。

「もっと補正を掛けてくれ、もっとだっ」

 極限まで鮮明になった模様は、我々にも《理解可能な文字》だった。


             ◇◇◇


《ネオアポロ計画実行委員会公式コメント》(抜粋)

 探査機が着陸した際の衝撃で搭載カメラに不具合が生じた。その為、当初予定していた月面からのライブ配信は中止せざるを得なくなった。先人の偉大な痕跡を訪ね、現在の姿を紹介する試みも叶わず、誠に慙愧の念に耐えない。

 但し、地質調査や鉱物資源の採取等、スポンサーから託された第二義的ミッションはつつがなく完遂した。全ては皆々様の熱いご支援の賜物に他ならない。改めて感謝申し上げたい。


             ◇◇◇


 個人的には、星条旗との再会が幻に終わった事は最大の心残りだ。

 しかし、我々はそんな口惜しさを吹き飛ばすような想定外過ぎるを手にしてしまった。それは、それこそ新たな懐疑論者を増殖させるのに余りある、あり得べからざる事件ハプニングでもあった。

 往年のアポロ計画に関するあらゆる資料を漁っても、月面にを設置したなどという記録は発見出来ない。事に依ると、我々は先のアポロ計画が僅か六回でついえた本当の理由を探り当ててしまったのかも知れない。

 以下は未知の物体に刻まれていた文言の意訳であるが、他言語への翻訳に際し、人工知能が筆致を含めて情報処理した結果、出力された語調に偏りが生じた事は否めない。


             ◇◇◇


『地面に残ってた二足歩行の足跡ってお前等のだよねぇ?

 ポイ捨て禁止、そんなもん全宇宙の常識に決まってんだろ。

 昔お前等が捨ててったごみは親切心で始末しといたけど、大気圏外に出たくらいで調子こいてんと、関わった奴を一人残らず殺っちゃうかんな。俺等そんくらいは朝飯前だかんな。

 関わった奴って誰の事だか解る? お前等ご自慢の蒼い星でせせこましく生きてる全生物の事だよっ、二度と調子に乗んなよっ!』

 ――同じ宇宙を生きる環境保護者より――


             ◇◇◇


 先般、〔ネオアポロ計画実行委員会〕はこの真実を秘匿したまま宇宙進出事業の凍結を決定した。今後は、先人の偉業を後世に語り継ぐ広報のみに徹する所存である。

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