2.過ぎ去りし日々は悲しき程に愛おしく

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 ――

 今を遡ること十年前――。

 月龍暦493年。ウルフガンド魔法大戦下のミストリア王国東部、辺境伯領ヘーデ。

 私こと『グレイン・C・セレスティライト』は、魔法士育成を行う『魔導教官』の両親と三歳下の弟と共に暮らしていた。


 戦時下であったものの、比較的ヘーデへの影響は少なく、人々は以前と変わらぬ穏やかな生活を続けていた。当時十四歳だった私も、戦争が起こっていることは理解していたが、それをまだ身近に感じられずにいた。


 だが、同年7月――。

 両親がミストリア王国軍から招聘されたことによって、私と『弟』の人生は静かに狂い始めた。


 ――――

 ――This happened 10 Years Ago.

 ――――


 その日は朝から憂鬱な雨が降っていた。


 本日、父さんと母さんは『魔導教官』として王都へと向かう。

 僕たちは家の玄関で、別れの抱擁を交わす。二人ともあんまり強く抱きしめてくるもんだから、さすがにちょっと困惑する。どうせ長くて3か月の滞在の予定なのに、これじゃ何年も会えないみたいだ。


「じゃあ、グレイン。それと特にオーリ! 私たちが帰るまで、いい子にしているんだぞ」

「伯父さんたちの言うことをちゃんと聞いてね? グレイン、あまり遅くまで本を読んでいたら駄目よ? オーリも、喧嘩ばかりしないで。みんなと仲良くね?」


 ひと時の別れにしては、大げさに心配しすぎる。目に涙すらためている父さんと母さんに、僕はげんなりとしてしまう。何歳になっても親にとって子供は子供。とはいえ、僕だってもう十四歳なんだ。弟のオーリはともかくとして、こっちまで子ども扱いされてはかなわない。


「二人とももういいだろう! 出発の時間、とっくに過ぎてるって。そんな永遠の別れでもないんだし、いい加減さっさと行けよ」

「さっすが兄さんは頼りがいがあるな。ま、家のことは兄さんに任せておけば大丈夫。二人とも安心して行っておいでよ」

「……なんか言葉にトゲがないか、オーリ……?」


 言外どころかいろいろ漏れ出している言葉に、僕はオーリの肩を小突こうとする。だけど手はオーリには当たらず、勢いよく空を叩いた。避けられた。そう分かった直後、カウンターで脳天をぶっ叩かれる。


「いってぇっ!」

「隙あり、だねぇ。兄さん?」

「いつも反撃がえげつないんだよお前は! 謝れ!」

「いや、反撃されるのをわかっていて攻撃しているんだから、兄さんが悪いんでしょ」


 素知らぬ顔で言い返されても、何一つ納得する要素がないのはどうしてなんだろう。思わず地団駄を踏みそうになったけれど、さすがにこれでは兄としての面目が立たなすぎる。


「困った子らだな。本当に行って大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫だって! 本当にもう行けよ。いくら何でも軍のお偉いさんを待たせるのは良くないんだろう?」


 父母の視線に、僕は慌てて手を振った。別れが惜しくないとは言えない。しかし、僕たちだってそこまで幼くはない。弟の緑色の瞳と視線を合わせると、互いにうなずき合う。


「いってらっしゃい、二人とも」

「おれたちのことは心配しないで。二人が帰ってくるのを待ってる」


 僕たちが笑顔を向ければ、二人もやっと笑みを見せてくれた。大丈夫、これは本当にひと時の別れだ。最後にもう一度僕たちを抱きしめ、父さんと母さんは雨の中、旅立っていった。


「いってきます」

 二人が残した言葉は、陽だまりのように温かかった。


 けれど、それから3か月後。

「ただいま」

 帰ってきた両親は、見た目は変わりないのに【何かが違って】いた。


 それでも再び始まった家族の日常。

 しかし、穏やかな日々の裏側に【地獄】が潜んでいたことを、僕だけが気付けなかった。


 オーリの身に起きていた異変。そして、心が綻び狂っていた両親が犯した罪。

 それらの事実を僕が知ったのは、すべてが終わり、何もかもが手遅れになってしまった後のことだった。

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