第3話 魔女と少年

「父上は、元第五王子。母上は……ごぞんめいなのですか」

 アカゴは、8歳になっていた。


 9歳は、王国では上の学校に進学したり、弟子入りを開始する年齢。10歳までにはどちらかを選ぶか、選ばざるを得ない。


『上の学校に行くならば母のところから通いたかろう』


 アカゴは、読み書きなど、皆が持つ学識ならば、十分どころではない。今のままでも、上の学校とて、優秀な成績で入学できよう。

 望むなら、魔法学校でもよい。その為になら、髪の色も変えてやる。王族の血族であることは秘密にせねば。


『きれいな紅玉色なのだがな』

 魔女の心に、少しだけ針にも似た痛みがあった。

 髪の毛には魔力が宿る。アカゴの才の証をと、惜しむ気持ちか。


 よい頃合い。そろそろ真を伝えるべきと魔女は思った。父のかたきの話もしてやろうと。


 ネエネエは、『伝えること、には賛成だねえ』と言った。


「お父君の死因についてネエネエに色々と調べさせていた。馬車に賊を送ったのは……」


 王子だった父の赴任予定先で最も権力を持っていた貴族。元王族にこられては私腹を肥やせなくなるからという浅慮から。

 魔女の指示でネエネエが配下を送り、集めた証拠。精査され、貴族は既に裁かれている筈。

 貴族の裏にも差金が存在してはいるようだが、とりあえず、一定の成果だ。


「母君に、名前を付けてもらいなさい。魔女に繋がりのあるもののあかし、黒き魔石も渡す。他にも、魔石を幾つか」

 魔女、魔術師だけが作る、黒き魔石。    


 魔女の黒は、この国の誰よりも強い色。これ以上ない、証。


 アカゴは、魔女の輝く目を見つめる。

 黒くて、美しい。髪の毛も、闇のような色でありながら、あたたかくて、優しい。


 誰よりも、何よりも大切で、素敵な方。


「はい。お別れをしてきます」

 はきはきとした声。


 それは、魔女が予想していた答えとは違っていた。


「お別れをするのは私とネエネエにでは?」


「違います。母上に、お礼を。できれば母上に魔力をお返しし、お別れを。父上のお墓にも、いつかは」

 よどみなく答えるアカゴ。


 魔女の魔石に、魔力を込めて母に返すつもりなのだろう。魔石を介した魔力の譲渡。


『決めたのかねえ』

「はい。魔女様がいらっしゃるところが、僕のいるところですから」

 ネエネエとアカゴだけは、分かり合っているようであった。


「アカゴの魔力なら、本気で望めば王族にもなれるぞ? 私はいつか、ここを去るかも知れないし」

 王宮に渡す気などはないが、アカゴがどうしても、と言うなら。と、口にはすまい、と思っていたことも伝えてみる。


 しかし。

「魔女様、あなたがいらっしゃらない国なら、僕に、この国にいる意味はありません。僕は、あなたをおしたいしております」


「アカゴ……何を言っているのかが、分からないのだが」 


 ネエネエを伴に、遠方の高位貴族令息と従者を装わせ、王国の一番の図書館にだけは自由に入れるようにしてやったから、恋愛の本でも読んだのか?


 ……分からない。


 ネエネエの、だけではなく、アカゴの言葉まで、分からなくなるとは。しかも、身体からは何かの熱を感じる。


『旅の支度をしましょうねえ。ネエネエが王都近くまでのせていってあげますねえ』


 羊毛を揺らして、乳母に変化したネエネエは、何だか楽しそうだ。


「はい! 魔女様とネエネエに、お土産をたくさん買ってきますね!」


 部屋を出て行く二人。


 残された魔女は、冷めてしまった薬草茶を『熱があるようだからな。これは、これで』と、一気に飲み干すのだった。



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