鉛筆のアルバイト 破


 ススマツという木だが、実際に見て見ると普通のアカマツと何ら変わりのないような姿形だった。ぱっつん娘の言うように、赤っぽい色と青っぽい色をした幹がそれぞれ区分けされているかのように生えていた。おそらくこの区分けは植生によるものだろう。

 一歩歩くと足下から、ぱきり、と音がした。靴を上げると、それは枯れて落ちたススマツの葉だった。まるで枝が折れたときのような音が気になり、一本摘まみ上げてみる。スス「マツ」という名称に違わず、細く硬い針葉樹の葉であった。


「マツの葉っぱにしては若干ながら太いな」


 くるくる指先で回転させながら見ていると、焦げ茶色の葉が剥げた。カサブタが取れるかのようにあっさり。

 剥げた箇所からは、黒く細い棒が見えていた。陽の光を反射して、ほんの少し光沢がある。


「それは俗にイトススマツと呼ばれるものですね。細い竹に入れてから先端をちょっとだけ出して、筆記用具として使われていました」


「シャープペンシルのようなものか」


 私はイトススマツを地面に突き刺した。こうすると、なんだか線香のように見えなくもない。

 イトススマツを突き刺した場所には、すぐ傍にススマツの根っこがあった。立ち上がり、その幹に触ってみることにする。ゴツゴツな感触、やはり普通のマツと同じようだ。

 ところがどっこい、曲面ばかりかと思えた樹皮に、境界線のような角張った部分があることに気付いた。その数、六か所。


「円柱かと思っていたが……六角柱だったのか」


 私が触れているススマツはとても太く、雄大であった。神社の境内に生えている樹木は神の持ち物なのだという話がある。このススマツに注連縄は巻かれていないが、そういった神々しささえも感じることが出来た。


 私はススマツにハグをしてみた。


「立派だ……なにか……パワーを貰えるような気がする……」


「図体の大きいものに無意味に惹かれるなんて、やっぱり子どもですね」


 スピリチュアリティ・パワーの受容を阻害する障音。だが、一々反応してはいけない。こういった邪魔者には、反応すればするだけ自身に悪影響が及ぶのだ。即ち、取るべきリアクションは無視の一択である。


「服、真っ黒ですよ」


「なにッ」


 身体を少し幹から離して己が腹を見ると、なんということだ。私のお気に入りのホワイトシャツが、粉吹いたブラックシャツに変貌していたではないか。


「おいッ、これはどういうことだッ」


「来る途中に言いましたよね? ここは土壌の炭素濃度がとても高く、水分や栄養分にまで溶け込んでいると。風に吹かれて付着したり、蒸散したりして、ススマツの表皮には炭素の粉末がたくさんコーティングされているんですよ」


 知らなかった。というか、知らされていなかった。先に言っておくべきだろう、そういう大切なことは。


 じっとり小娘を睨むと、彼奴は下品に噴き出して


「魚拓でも取ってきたのですか?」

 と言って、ぶわはははは、と品の無い笑い声を上げた。


 懐から手鏡を取り出す。見れば私は、額と鼻頭と両腕と胸と腹と太腿と膝と脛が真っ黒々に染まっていた。


「ジャイアントパンダ……!」


「どこがですか」

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