第25話 音の密室

 颯太が実際に事件現場を見たいということで新校舎の音楽室に向かっていると、見覚えのある刑事さんとすれ違う。


「恩田さん!?」

「げ、やっぱりお前たちの学校だったか」


 恩田さんは夏休みの事件で関わった刑事さんだ。当時は私服だったが、今はスーツを着ている。それに若い刑事を連れていた。


「恩田さん、この子たちが有名な高校生探偵ですね」


 若い刑事は興味津々と言った様子であたしたちを見ていた。探偵はあたしではなく颯太だ。当の本人は困った顔をしていた。


「おい緑坂、また事件を調べているのか?」

「はい、良かったら教えてもらえませんか?」

 と颯太が笑顔を作る。

「ダメだ。こっちは守秘義務があるんだ。ちなみに今から音楽室に行っても、証拠となるものはないぞ。警察が押収したからな」


 恩田さんはどこか得意げだった。この人、ほんとに大人げない。


「でも証拠となるものはないって守秘義務は大丈夫なんですか?」


 あたしの言葉に恩田さんは口をもごもごと動かしていたが、無言で部下を連れて去って行った。


「どうする?」

「とりあえず、現場を見てみたい。物の配置とか覚えている範囲でいいから教えてくれないか?」



 音楽室と準備室を案内すると、颯太は羽目殺しの窓を確認していた。


「ここは防音か?」

「うん、音楽室もそうだけど、準備室も同様よ」


 颯太は真顔で、音楽室と準備室のドアを開いては閉じて何かを確認していた。ちょっと怖い。音楽室と準備室の扉はどちらも廊下側に開くタイプのものだ。

 

「当時、音楽が流れていたんだよな」

「うん、文化祭で演奏したものよ。これは押収されずに残っているみたいね」

 それはCDラジカセだった。あたしは操作をして音楽を流す。


「これが当時と同じ音量か?」

「うん、間違いないと思う」


 音量は当時と同じ設定にしている。


「ちょっとつけっぱなしにしてくれ」


 颯太は廊下に出るとドアを開けたまま、離れて行った。あたしは途方に暮れたが少し考えて意図が分かった。音が聞こえる範囲を調べているんだろう。


「音はどうだった?」

「結構遠くまで聞こえた。準備室の方で聞こえた音楽も試してもらえるか?」

「CDが残されているか見てみるね」


 確認したがCDプレイヤーは残されていたものの、当時流れていたCDは押収されたようだった。


「仕方ない二年前の演奏はあるか?」

「それならあるけど」


 あたしはCDをプレイヤーに入れて音楽を流した。颯太は今度は準備室の廊下側のドアを開けて出て行った。



 腕時計を見ると、二十分くらい経過していた。さすがに長すぎない。まさか、寝ているとかないよね。


 すると颯太が帰ってきた。何かいいことがあったのかご機嫌だ。


「長いわよ!」

 あたしが文句を言うと、颯太はひどく驚いた顔をして、

「お前、ずっとここにいたのか?」

 あたしは殴りたい衝動を抑えて、

「で、何か分かったの?」

「ごめん、ちょっと耳寄りな情報を聞いて時間がかかった」

 

 颯太の話では、準備室の音楽も隣の美術室まで届いていたそうだ。そして当時美術室で展覧会を開いていた部員が漏れる音楽を聞いていたらしい。


「音が漏れ聞こえたのは合計で六回だった」

「六回ってええと」

 頭の中で整理する。

「初めの音楽室から出るたくさんの生徒の声が混じったものが一回目だ」


 二回目が永井さんが廊下に出た時のもの。

 三回目が松木さんが廊下に出た時のもの。

 四回目と五回目が有馬先輩が廊下に出て戻った時のもの。

 六回目が崎田先輩が倒れているのを見て、警察と先生を呼びに行ったあたしのものだった。


「それっておかしくない?」

「あぁ、犯人が準備室から出入りしたときの音がない。これは音の密室だ」


 音の密室、あたしは脳内で反復する。どういうことだろう?


  


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