白鷺荘の殺人

第16話 プロローグ

「見て白鳥がいる!」


 森里もりさと美弥みやが楽しそうにアヒルボートの上で風になびいた茶色の髪を抑える。心臓が高鳴り顔が赤くなるのを感じたが、頭を振って冷静になる。


「なぁ美弥、一応、依頼された仕事だからな」

「もちろんそれは知っているわよ」


 先月開設したミステリー部にある初老の夫婦から依頼があった。高校生に依頼と言うのも変だが、なんでも俺たちが解決した二件の事件を知ってぜひともお願いしたいとのことだった。


 白鳥湖で消息を絶った娘の白川しらかわ恭子きょうこさんとその息子の流星りゅうせいくんの行方を探してほしい。


 それが依頼内容だった。白川恭子さんと流星くんは同窓会で宿泊していた白鷺荘しらさぎそうを最後に車は白鳥湖の駐車場に止まり、ドアの鍵は開いたまま行方が分からなくなっているという。


 娘を亡くした夫婦の涙の懇願を俺たちは断ることができなかった。


 当時の足取りを白鷺荘のオーナーや、この白鳥湖周辺のお店の人たちから聞き取りしたところ、親子は行方不明になる前日にお土産屋さんによったり、ここでアヒルボートに乗っていたそうだ。


「当時は今日と同じように快晴だったらしい。絶景だな」


 夏の青々とした水面に緑の木々や建物が反射している。その湖面を名前の由来ともなった白鳥が優雅に泳いでいた。


「だよね。とても自殺したくなるような景色じゃないと思う」

 

 恭子さんたちは生活に困窮していたそうだ。と言うのも行方不明になる前は両親とも絶縁状態だったそうだ。白川夫婦はそれをとても後悔していた。


 ――そばにいてやればよかったんだ。


 父親の白川哲也さんの言葉を思い出す。



「お土産屋さんの話では流星くんに木彫りのミニカーを買っていたそうよ」

「幸せそうだったらしくてさ。これから自殺するような人たちには思えねぇよな」


 同じ部の立川たちかわ夏樹なつき北沢きたざわ龍之介りゅうのすけと湖の駐車場で合流した。こちらも同じ考えだと説明すると、


「やっぱり事件性がありそうね」

「俺もアヒルボートに乗りたかったなぁ」

 という北沢を立川が手でけん制し、

「他に気になる話があって、泊まっていた白鷺荘のことなのだけど」


 白鷺荘では強面の男性がよく来ているらしい。また派手な衣服を着た女性の姿もあったそうだ。


「龍之介たちはこのまま帰るのか?」

「あぁ、なんつうか、嵐の山荘はちょっとな」

「ええ、トラウマなの。それに両親からも色々と言われているから」


 天気予報はこれから嵐だった。気持ちは分かる。俺たちは前回の事件でクローズドサークルを体験して危うく殺されかけた。


「ま、明日には戻ってくるから安心しろよ」

 龍之介が俺の肩にポンと手を乗せて、「頑張れよ」と囁いてきた。

「医者と鑑識が不在かぁ」

「おい、フラグみたいなことはやめろ」



 白鷺荘に戻ると、庭の掃除をしていたオーナーの熊野くまのつとむさんが手を挙げた。四十代後半の髭を生やした熊さんのような男性だ。その性格も温厚で宿泊客からは熊さんと親しまれている。ここは恭子さんたちが最後に過ごしたペンションで、俺たちも宿泊していた。


「やあ、調査はどうだったんだい? 高校生探偵さんたち」


 広々としたダイニングでチェスをしていた江口えぐち勝利しょうりさんが愉快そうに聞いてきた。江口さんは二十代後半の雑誌記者をしている男性だ。


「ただのミステリー好きですよ」

「気になるなら、もう正式に取材したらどうよ?」


 チェスの相手をしている中原なかはら優子ゆうこさんが茶化す。中原さんは赤い口紅を塗り派手な見た目をしているがこれでも普段は真面目な事務員らしい。


「チッ、ガキのくせに調子に乗りすぎなんだよ」


 近くのテーブルで酒を煽るように飲んでいた恩田おんだ武志たけしさんが俺たちを睨みつける。ガタイがいいが強面で愛想はあまり良くない男性だった。


「君は飲みすぎだね」

「気にしないで、この人は昔からこんな感じの人だから」

「うるせぇ、こっちはチェスに負けて腹が立ってんだよ」

 

 チェスかよ。賭け事じゃないのか。 


「もう、子供ね」

「十連勝してやったんだ」


 三人とも行方不明の恭子さんの元同級生だった。四人は高校のチェス同好会に所属していたらしい。こうして一年に一回はこの白鷺荘に集まって昔をしのんでいるそうだ。


「どうやら雨が降ってきたようだよ」


 先ほどの晴天が嘘のように灰色がかった雲に覆われていた。ちょうど熊さんがペンションに戻ってきて髪をタオルで拭っていた。


「今夜は嵐になりそうだ」

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