第10話 スタンド・バイ・ミー
ルミノール液の発光により血の存在を確信した俺たちは警察に通報したが、返って来たのは上に報告するという曖昧な返事だった。警察に通報して生徒の混乱を招いたということで、学校からは厳重注意を受けた。以前事件に協力してくれた理事長や藤松先生、担任の野崎先生がかばってくれてなんとか停学は免れたそうだが、俺たちは警察の対応に失望した。
「立川、本当に遺体を探すのか?」
「ええ、警察が信用できない以上私たちが調べるしかない」
俺たちが乗るバスは時折揺れながら山を登っていく。
緑坂市は名前の通り、坂になっていて山が近くにある。かつてはリゾート地として開発された緑坂の山奥は今や閑散としていて人影がなく、一部の施設を除いて廃墟となっていた。遺体を隠すなら人里離れた廃墟だろうというのが立川の推測だった。
「まるでスタンド・バイ・ミーだよな」
北沢は耳にイヤホンを付けて楽しんでいた。
「北沢くん、遊びで来たの?」
「まあまあ、立川さん、お菓子食べない?」
一緒について来てくれた森里がパイ生地に包まれたチョコのお菓子を手渡す。
「バスでの飲食は禁止……」
「それは他のお客さんがいたら迷惑になるからでしょ。今はあたしたちだけだし、気にしすぎよ」
立川は何か言いたげに口を震わせたが、お菓子を受け取った。あの真面目な立川が森里に言いくるめられるのはなんか新鮮だ。
立川たちの後ろの席には黒川が本を読んで、堀口がメモを取っていた。
「緑坂も食べる?」
「あぁ、交換しようぜ」
俺はコンビニで買って来たチューイングキャンディを手渡す。
「俺も買って来たぜ」
北沢がスティック状のポテトをシェアしてくれる。
こういった女子を含めた仲間たちと一緒に出かけたことがなかったので気分が高揚する。目的は重いものだけど、楽しいな。この旅を知られてしまった友人の新井には羨ましいと殴られた。
山道は前日の大雨によってまだ濡れていた。血液が洗い流されてないか心配になるが、ルミノール反応なら大丈夫だろう。
「予約をいただいたお泊りの方ですね」
と髭の伸ばした仙人のような男性から男女別のキーをそれぞれ受け取る。
名簿をチラッと見てみたが、サインしてある名前が二つあった。三名と書かれた牧野正と二名と書かれた山田雄二だ。
泊まる建物は緑坂ヴィラというところで、高級なアパートといった感じの各部屋に外向きにドアが付いているコの字型の建物だった。奥には屋外プールと大浴場もあるらしい。
「ここ、携帯電話の電波が入らないみたい」
森里がありえないとばかりに顔をしかめる。
「何か見つけたらバスで帰らないといけないな」
「とりあえず、部屋に荷物を置いたら明るいうちに付近を散策しましょう!」
部屋はベッドルームとリビングがわかれた広々としたものだった。
「てかよ。緑坂は女子の中で誰が好みなんだ?」
定番の質問だった。
「俺は森里かな」
「へぇ、お前たち仲いいよな。俺は堀口かな、胸がでかい」
「胸かよ」
「黒川はどうだ?」
「僕は立川さんかな」
「分かれたな。しかし、水着でも持って来ればよかったぜ」
北沢は窓からプールで遊んでいるカップルたちを羨ましそうに眺めていた。
夜、俺たちは昼間に目星をつけていた廃ホテルに向かった。六人で行くのはさすがに目立つので、黒川と堀口は待機して、俺と立川、森里、北沢の四人で行くことに事前に決めていた。
「地震か?」
廃ホテルに入ろうとしたところで地面が揺れ、俺たちは安全のため、一旦、外に引き返した。
「どうやら収まったようね」
「崩れていなければいいけど」
廃ホテル内に足を踏み入れて、ロビーで立川がルミノール液を何度か吹き付ける。すると、青い光がポツポツと床に現れた。
「どうやらこの近くのようね」
「マジか、本当にあるとか」
青い光は非常階段に向かっていた。それはさらに下の階に向かっているようだ。
「表の階段は土砂崩れで塞がれていたわね」
「昼間見たときはそうだったよね。危険かも」
「気を付けながら行くしかないな」
俺が代表して懐中電灯を持ちながら一番前を歩く。
「行き止まりだな」
それは地下一階の扉の前だった。
立川がルミノール液を床に吹き付けた。その瞬間、青白い光が現れる。それもこれまでのような斑点でなく。大きな染みだった。森里が悲鳴を上げる。
「なによ。これ……」
「遺体を運んだんじゃねぇか?」
「緑坂くん、その扉の鍵は?」
「ダメだ。鍵が閉まってる」
扉には古いポスターが飾られている。上だけセロテープで止められているようだった。それを捲ってみると、手のひらサイズの空洞があった。それも誰かが工具で開けたようないびつな穴だった。俺は震える手を伸ばして内部から鍵を開ける。
「すげぇ匂いだな」
北沢が鼻に手をやった。それは何かが腐ったような匂いだった。思わず、先ほど食べたものを戻しそうになる。匂いは先に進むほど強くなった。
立川が吹き付けるルミノール液も反応していた。床に引きずったような青白い光の跡が続いていた。悪夢を見ているような気分だった。
血の跡はある部屋の前まで続いていた。扉にはステンドガラスが付いている。スナックと書かれていた。
「開けるぞ!」
ドアを開けると、その瞬間、これまでの匂いをよりをさらに濃くしたような腐敗臭がして、誰かが嗚咽した。
部屋には遺体が散乱していて、床はどす黒い血で覆われていた。地獄のような光景に俺は本能的に目をそらした。
「あぁ……、ここに沼代がいる」
北沢の懐中電灯に照らされた遺体は頭部が滅多打ちにされていた。その隣には人形のように青白い足を投げ出して壁にもたれる中村の遺体が置かれていた。こちらは額がぱっくりと割れている。
他にも遺体があった。あるものは腐敗したり、白骨化したものもあった。俺はたまらず吐いた。
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