英雄譚(43) ヒーローの帰還。


「あれ? たしか、今度こそ死んだはずなのに……どうして、ボクは……」


 ひろとは、見慣れた聖華学園の学園長室で目を覚ました。

 自分はソファーに寝かされていて、ちゃんと身体の傷も癒えている。

 身体が鉛のように重たいが、それ以外は特に異常はない。


「みんなも、無事だったんだ」


 ユノ、結菜、リリアスもひろとのそばで、安らかな寝息を立てている。

 やっぱりこれは、妄想によるハーレム症候群なんじゃ?

 そんな呑気なことを考えていたひろとの元に、ある英雄が姿を見せる。


「うん、うん。ひろと君にも、この状況がハーレムという自覚はあるようかな」


 学園長のカガリは、相も変わらず表情を見せない平坦な澄まし顔をしている。

 だが、見事にデスペラードとアイスストームを壊滅させたひろとの成果に、どこか満足しているような面持ちで眺め入っている。

 実際のところ、カガリは内心でひろとを褒め称えていた。

 つけ上がらせてはいけないと、あえて口にはしなかったのだが。


『ヒロ……ほんとに、無事なのね?』


 ジークフリートは霊体化の状態で現れた。

 半透明の姿でも、彼女が涙ぐんでいるのはひろとには一目で分かった。


「ごめんね、フー。とっても心配かけちゃった」

「いいのよ。ヒロが生きて帰ってこれたのなら、何でもいいわ」

「たしかに、大丈夫みたいだけど……どうして、ボクは助かったの?」

「うん、うん。彼女たちのおかげかな。みんな、君に聖気を供給してくれたよ」


 ……聖気を供給?

 直接繋がっているフー以外でも、そんなことはできるのだろうか?


 ひろとが疑問に思ったところで、カガリはその証明を彼を見せた。

 カガリが手のひらをかざすと、ひろとに聖気が渡っていく。

 これこそがひろとは人間ではなく、《半霊半人》である証だ。


「言ったよね、キミは特別なんだ。存在の半分が霊体であるひろと君は、人というよりも、概念に近しい作りをしている。もっとも、直接の契約者であるジークフリート以外は、聖気の供給効率も落ちてしまうんだけどね。どちらにしろ、ひろと君でなければ、起死回生は難しかったかな」


 カガリは、瀕死に陥ったひろとの状態を思い返す。


 彼がこの世界から完全に消滅してしまう直前で、その場に駆け付けたユノと結菜、リリアスがひろとへと聖気を供給した。


 そして学園まで、なんとか消滅させずに《小峰大翔》という英霊を運んでいった結果、莫大な聖気を持つカガリによって一命を取り留めた。


 誰かひとりでも欠けていたら、ひろとは生きては戻ってこれなかっただろう。


「特に、彼女には感謝しておくんだよ。ひろと君の消滅を嫌って、必死に助けを求めていたらしい。彼女がいなければ、君も今頃、この世にはいないだろうね」


 あのジークフリートが助けを求めるなんて、にわかに信じ難い話だ。

 しかしひろとは、むしろ彼女がそこまで自分を思ってくれた証なのだと察し、心の中で彼女へと感謝を伝えた。

 本当に……いつも助けてくれてありがとう、フー。

 いいわよ、お互いさまだもの。ひろとの頭の中でそう聞こえてきた彼女の声音は、これまでで最も落ち着いていて、温かくも感じられた。


「……葵さんは?」

「さっき起きて、帰ったかな。ひろと君も、帰りなよ。後は、こっちで面倒を見るからさ」


 幾らかまだ話しておきたいことはあるが、いまにも疲労で倒れてしまいそうだ。


「ありがとう、みんな」


 ひろとは眠っている仲間たちにも感謝を残してから、聖華学園を後にした。


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