英雄譚(41) ヒーローの決着と再会。
「ンだァ……この光は?」
黒炭と化していたひろとの身体が、突如として、輝かしい光を放ち始める。
ただ煌めているだけじゃない……ひろとの身体には異変が見られる。
絶対的な破壊の象徴である、赤く長い飛竜の尾。
燃えるような炎を宿した真っ赤な竜鱗。
闘志と覇気が滲み出る、古より恐れられる竜の双眸。
ひろとの【竜体化】は右手だけではなく、完全体として進化を成し遂げていた。
「てめェ、その姿――ッ!!!」
再度【反英雄化】して、全身全霊で邪気を籠めるフリオース。
ひろとがジークフリートの伝承――【
「こいつは、バケモンみてぇに強ぇが……てめぇじゃあ、役不足だ!! さっさと焼け死ね、この竜もどきがァ!!」
フリオースがパチンッと指を鳴らすと、ひろとの満身は再びの猛火に包まれる。
いったいあのクソガキが何で覚醒したのかは知らないが、既にあいつには、【ファフニールの猛毒】を仕込んである。どう足掻いたって、勝てる道理はない。
そう判じて、ゲハゲハと高笑いしていたフリオースだったが、彼はかつてない驚愕に呆然と口を開けたままにする。
『あら……知らないのかしら? かつてファフニールを殺したのは、わたしなのよ。その血を浴びることで、わたしは完全なる【
「なっ!!?」
炎に炎を浴びせてもケガなど負わせることができないように、完全体の【火竜体化】を成し遂げたひろとには、フリオースの劫火も通要しない。
そして瞠目すべくは、彼の動態だ。
僅か一歩で、ひろとは旋風がごとくフリオースに迫り、渾身の一撃を叩き込んだ。
「ハ、ガァ……ッ!!?」
右手が悪人の肺腑にめり込み、バギンッ!! と強烈な破砕音が鳴り響く。
衝撃のあまり、ふわりと
ひろとの猛攻は仮借なく、続けざまに尻尾の振り下ろしで地上へと叩き落とす。
背中から地盤に叩きつけられ、ミシリと嫌な音がフリオースの背骨に鳴る。
戦況は、一気にひろとが優勢になったが、実際のところは微妙だ。
ジークフリートだけは、ひろとの状況をよく分かっている。
『あと、二秒よ! 急ぎなさい――この形態は、著しく聖気を食いつくすわ!』
ひろとの【火竜体化】が終わるまで、あとたったの二秒。急いで決着を狙うひろとは、トドメとばかりに足の爪先をフリオースへと叩き込む。
「クソ……ッ!」
「へ、へへっ、バカが……こんなところで、終わってたまるかよォ!!!」
しかし、間一髪、フリオースに躱されてしまう。
一転して、攻勢から回避へと徹するフリオース。
ひろとが彼の背後から奇襲をかけるも、それはお得意の炎分身だ。
本物へと迫る内に、【火竜体化】のリミットはあと一秒を切った。
聖気の不足により、バギンッ!! と鎧が割れ砕け、竜の鱗も剥がれ落ちていく。
自分に残されたのは、あと、0.2秒か、0.1秒か。
時間なんて、どうでもいい――ただひろとは、拳を固めるだけだった。
「フリオオオオオオオオオオオオオオオオオオォース!!!」
「カッ!!?」
ひろとの拳が、メキリと男の胸郭を捉え切る。
吐血するフリオースの左胸へと、ひろとは五本指を突き立てる。
そしてグリップを回すように、その器から、彼の《霊魂》を引きずり出す。
「キ、が……やめろ!!! いったい、だれのもンに手ぇ付けてると思ッ――」
赤々とした、ガラス玉みたいな球体を粉砕すると、フリオースは卒倒した。
辺りに迸っていた劫火も、もう見えない。フリオースとファフニールを繋ぐ【因子】が破壊され、彼はただの人間に戻ったのだ。
それはひろとが、デスペラードの幹部を下したことを意味していた。
『ひろと……やったのね』
「うん。だけど、これもフーのおかげだよ。本当に、いつもありがとうね」
『よしなさい。ヒロが、精いっぱい頑張った結果よ』
身体に残る聖気は僅かなもので、ひろとは足取りも覚束ない。それでも自分には、やるべきことが残されていると、彼はコンテナ上の彼女へと向かう。
「葵、さん……」
幸いにも戦闘に巻き込まれてはおらず、彼女は無傷のままだった。
ここから慎重に運び出して……いや、先に残党を処理した方がいいだろうか?
仲間たちがまだ戦っているなら、助けないと――。
「っ!!?」
果たしてひろとの懸念を、《彼女は》どのように感じ取っていたのだろうか。
尋常ではない突風が第四倉庫も辺りのコンテナも吹き飛ばし、途轍もない冷気と氷嵐が、空も地上も支配する。
「ひろとくん、すごいね! 本当に、助けに来ちゃったんだ♪」
「葵さん……?」
両手で盛大に拍手を上げながら、葵は恍惚とひろとを眺め入っている。
いや、正しくは……一級因子を簡単に打ち倒すほどの大英雄、ジークフリートを。
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