英雄譚(38) ヒーローたちの決戦。
夕暮れが迫る頃、都市郊外の物流倉庫エリアは穏やかな薄明かりに包まれていた。高いコンクリートの壁が無機質な風景を形作り、倉庫の屋根には夕焼けが残り、空にはオレンジとピンクの色調が混ざり合っていた。
一帯には船に積む武骨な大コンテナが立ち並び、物資を一時的に保管しておく倉庫が等間隔で連なっている。カガリによると、手前から四番目の倉庫に、葵が監禁されているらしいが……。
「ひーくん」
「やっぱり、そう簡単にはいかないよね」
奥へと進もうとした時、燃え盛るような紅蓮のフードを纏った男たちが出てきた。
先頭の男は、右手にボゥッと火球を灯しながら、
「【人払い】は済ませてあるはずだが……貴様たち、何者だ?」
「聖華学園。私たちは、あなたたちを」
「潰しにきました。貴君らの悪事も、ここまでです」
結菜とリリアスからの宣誓を受けて、男は胡乱気に目を眇めた。
どうやってかは知らないが、自分たちのアジトを突き止めてきたらしい。
三人の少女たちと、ひとりの少年。
たった四人で、しかも子供が敵地に殴り込みとは、勇猛を超えて無謀である。
男は嘲るように「はっ」と鼻で笑い、一段と邪気を練り上げた。
「例の竜殺し一派ってわけか。こりゃあ面白い……だったらてめぇらのお望み通り、骨の髄まで焼き尽くしてやんよ!」
リーダーの怒号に合わせて、周囲の【因子】たちも無尽と大火球を掛け放つ。
轟々と燃え盛る炎の軍勢は、ひろとたちの視界を覆うほどおびただしい。
幾百にも及ぶ炎の凶器が差し迫り、これには思わずほくそ笑むリーダーの男。
「っ……んなぁ!!?」
だがいずれの火球も、ひろとたちに危害を与えることはできなかった。
「結菜、お姉ちゃん」
「行って……ここは、お姉ちゃんが!」
地表のコンクリートを割ってメキメキと出てきた膨大な蔦や枝葉が、火炎の弾丸をことごとく防ぎ切り、どころか周辺をたちまち大森林へと変えていく。木々はまるで生物みたく枝を蠢かせ、あたかも触手のごとく男たちをひっとらえていく。炎で焼かれようが、火球をぶつけられようが、草木はものともしていない。結菜の【豊穣】の因子で強化され、翠緑の煌めきを纏い放ちながら、一体また一体と男たちを拘束していく。
「あのデカパイ……【豊穣の戦乙女フレイア】の因子か!?」
「聖気の密度からして、三級因子。それも、かなり上位だぞ!」
「応援を呼べ! クソ……何をしている、さっさと殺せぇ!!」
【
「ひーくん、結菜先輩が……」
「大丈夫だよ。ボクはお姉ちゃんを信じてるから」
この隙に、ひろとたちはコンテナエリアを駆け抜けていく。このまま突っ走れば、第四物流倉庫に辿り着ける。そう思えたところで、騒ぎを駆けつけた男たちが、ひろとたちを迎撃しようと群を成して出動している。
そして男たちの動きとは別に、ひろとは奇怪な現象を目にする。
「これ……アイスストームの人たち、だよね」
「はい。そのように見受けられます」
地面にはそこかしこに、青色のローブを纏った男たちが倒れ込んでいるのだ。
アイスストーム……彼らデスペラードと協力関係にある反英雄派閥だ。
どういうことだ、両者は協力していたんじゃなかったのか?
あるいは、葵の拉致によって協力関係が破綻したのかもしれないが……次の新手がもうそこまで迫っている。
「先ほどの敵勢より、邪気が濃いです。注意してください」
ひろとは思案を放棄して、リリアスの警告通り戦闘態勢へと入る。
「っ……危険だよ、ユノちゃん。あの人たちは、強力な相手だって」
この場の最善策は、みんなで各個撃破していくこと。
しかしそれでは、葵が手遅れになってしまうかもしれない。
ユノは学園を出発する前、『導き』たる啓示所に目を通していた。
そこには自分たちは一丸となって、葵の救出に向かうべきだと記されていた。
しかし、結菜は身命を賭して囮をつとめた――啓示所に乗っていない行動だ。
それでも結菜の個人プレーは功を奏し、いまも大勢の男たちを蹴散らしている。
自分の『導き』とは、何処に在るのか。英雄の因子として、自分はどう在るべきなのか。ユノは親愛なるひろとのことを思うと、啓示書に載ってないことでも出来る気がした。
「ひーくん、裏から回って。ここは、ユノが引き受けるの」
「だけど……ユノちゃん。リリアスさんによると、あの人たちは……」
「三級因子が複数――中には、二級に及ぶ手練れも見受けられます。これまでの鉄砲玉とは、次元の違う相手でしょう」
男たちは邪気を濃密に紡ぎ合わせて、劫火の荒波を生成した。
それは鋼鉄のコンテナすらも容易く溶かし尽くしてしまうほどの熱量と威力を誇っている。直撃すれば、即死は免れないだろう。
咄嗟に英雄化しようとするひろとだったが、あいにくとその必要はなかった。
「大丈夫だよ、ひーくん。ユノだって、成長しているの!」
劫火と紫電が衝突し、多量の火薬が炸裂したような爆轟が大気を震わす。
天上からは非物理的な落雷が、その器に邪を宿した者たちへのみ目掛けて飛瀑する。ユノの裁きの紫電を、火炎によって相殺する男たち。一筋縄ではいかないと見れるが、それでも啓示者の少女が劣勢でないことは、ありありと窺えた。
ユノがヘイトを買っている間に、リリアスはひろとを抱えて倉庫の屋根へと移動。
この位置なら敵から見つかりにくいだろう。そう判じたリリアスだったが、どうやら彼らの包囲網はそんなに甘いものではないらしく、
「二級因子……この邪気からして、幹部クラスのようですね」
二人の前に立ち塞がった男は、ただ佇立しているだけで猛々しい邪気が滲み出ている。彼の周囲には火花が散り、それは突如として発火に至ることもある。それだけ膨大な邪気を保有している証であり、戦闘力は雑魚とは比較にすらならないだろう。
「二級ってことは、リリアスさんと同格の……?」
リリアスは彼の脅威を仔細に分析し、紛うことなき強敵であることを悟った。
「楽にとは、いかないでしょうね。相当な手練れです」
「なら、一緒に倒しましょう! いまのボクたちなら、上級因子だって」
奴ひとりですら厳しいこの状況で増員を呼ばれたら、戦況が著しく悪化する。
芹澤葵の救出を第一に見るのなら、ここでの最善策は――。
「私がやります」
僅か一言の宣誓であれども、彼女の決意はひろとにも正しく伝わった。
「リリアス先生には……伝えてなかったことがあります」
かつて両親を反英雄に殺され、復讐の化身として生きてきたリリアス。
彼女に対する回答は、ずっと胸の内に秘めたままだった。
いまようやく導き出せた答えを、ひろとは声音に自信を乗せて謳い上げる。
「ボクは今日、葵さんを助けます。できるだけ、誰も傷つけない方法で……そして、リリアス先生に、それを見ていて欲しいんです。どれだけ間違ったことをしてしまっても、誰にだって、救いの道はある。リリアス先生にも、そう信じてほしいんです!」
葵どころか、自分も――いや、自分たち全員を救おうとしている彼は、何と崇高な信念を持ち合わせているのだろうか。
彼の覚悟は偽りではない。
そう分かったからこそ、リリアスは「ええ」と首肯した。たとえ血に塗れた自分であっても、彼と共に居たら、違う道に辿り着ける気がした。
「絶対に帰ってきてくださいね、ひろとさん」
魔法戦士は、杖槍を使ってひろとをぶん投げる。
二級因子が追おうとするも、【
「うわ……うわわわわああああああぁっ!!?」
遥かに高い空から、ヒューンと漫画じみた効果音をあげて落下していくひろと。
英雄さまとは思えない滑稽ない絵面だ。
しかしひろとが右手で屋根をぶち抜くと、落下死エンドになることもなく、無事に倉庫内へと着陸できた。
「あァ? ……どこの自殺志願者かと思ったら、またてめェか、クソチビ」
土埃が晴れた後、そこにはかつてひろとを徹底的に蹂躙した男が待ち構えていた。
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