英雄譚(33) ヒーローの悶々。


「でも、葵さん。ボク、お金は……」

「大丈夫。私の奢りでいいから、たくさん食べて?」

「ごめんね、ありがとう葵さん」


 カフェを出ると、二人はマックでドナルドなバーガーを食べた。葵はポテトをあーんと食べさせて、口元にケチャップが付いてるからと、ナプキンで拭って……終始、ひろとのお世話に徹した。


「次は、えっと……」

「任せて♪ ひろとくんには、デートを楽しんで欲しいから♪」


 ありがたい話だ。

 女性経験に乏しいひろとには、デートの手順なんてまったく分からない。


「映画館?」

「やっぱり、恋愛ものかホラー映画が鉄板だよね♪」

「葵さんは、どっちが好きなの?」

「んー……それはねぇ」


 ひろとはいま、バクバクと動悸を激しくさせながら、生唾を飲み下している。


「わっ……わわわわっ!」


 ドーンッ! とドアを蹴破る音が鳴り、そこから出てきたのはチェーンソーを持った怪物男。――迷いに迷った挙句、二人はホラー映画を見ることにしていた。


「ふふっ、やっぱりひろとくんは可愛いんだね」

「あ、と……その……」


 びっくりしすぎて、ひろとは隣席の葵に抱き着いてしまった。ふよふよと豊満なそれを揉みしだいている。


「いいよ? 安心するまで、そうしてても」

「で、でもっ……」

「シーッ……いまは、映画だからね……ね?」


 葵に甘やかされて、ひろとは大きな幸福を噛み締めている。

 顔のすぐ近くには、葵の弾力に富んだ双丘が。

 それはひろとが手を少し動かすだけで、ふよんっと跳ねて、ボリュームのあまりボタンもぷつんと外れる。


「……っ」


 制服の第二ボタンまでが解放され、いっそうと姿を露わにする柔らかさの化身。

 いまにも零れ落ちそうな肉の山が、ぐぐぐっと制服にもたれかかっている。


「ひろとくん、そんなにココが好きなの?」


 彼の熱い視線を察して、葵が誘惑的に笑う。


「い、いやっ、そうじゃないけど……って、葵さん!?」

「いいから、ほら、静かに……二人だけの、秘密だからね?」


 周りには観客たちが大勢いるのに、葵はぷちぷちとボタンを外していく。

 ぶるんっと、音を立てて解放された葵の胞果。

 制服でギリギリ危ない所は見えていないが、ピンク色の円が、微かに見え隠れしている。色彩が薄く、淡くて、春を感じさせる桜色だ。


「くっ……」


 これにゴクリを息を呑むひろと。

 あと、少し……ほんの少しで、そのピンと張りつめた峻峰が見えてしまう。

 ぷっくりと尖らせたそれは、制服を浮かすくらいに突き立っている。

 ちょっとだけズレてしまえば、そこに隠された秘密が暴かれてしまうだろう。

 

「ひろとくん……見たい?」

「……っ」


 ひろとは顔を真っ赤にしながらも、なんとか理性を保ったままだった。


「う、ううん……いまは、映画を見なきゃだし」

「ふーん……まあ、映画の時間だもんね♪」


 元の席に戻ったひろとは、じきに胸の動機も治まっていく。時折、意味深な視線を送ってくる葵もあしらいながら、ひろとは映画に集中した。


「――どう? ドキドキした?」


 そんな修羅場というか男の試練もやがて終わり、二人は映画館を後にする。

 葵が口にしているのはちがう意味のドキドキであるが、ひろとは鈍感にも映画のことしか考えていない。


「うん……とっても。だって変なところから、急にドカーン! って」


 そんな彼の鈍感さに、葵はまたくすりと笑う。


「夜になったら、ひとりでお風呂とか、お手洗いとか、行けなくなっちゃう?」

「いっ、言わないでよ! ……たぶん、行けると思うけど」

「行けなかったら教えてね? 私が、一緒に行ってあげるから♪」

「大丈夫だよ! ひとりで、できるって!」

「ほんとかなぁ? できなかったら、いつでも言ってね? 私だって、ひろとくんのお姉ちゃんになれるんだから♪」

「葵さんも、お姉ちゃんに……?」

「うん♪ そう……私も、ひろとだけの、お姉ちゃん・・・・・


 またもや前かがみになって、至宝の谷間を見せつけてくる葵。


「じゃ、じゃあ、次の場所に行こっか!」


 ひろとが誤魔化して早足になるところも、葵はクスクスと見守っている。

 次の目的地は、ゲームセンターだ。

 UFOキャッチャーや、格闘ゲーム、シューティングゲーム、音ゲームなどを楽しんだ後、葵に連れられて、ひろとはとあるコーナーへと。



「葵さん? その格好は……っ」


 股下から膝までしかない紺色の布、股は薄いショーツ一枚で、両腕には白と紺のアームウォーマー、胸にも同じ柄のブラを、首には赤いチョーカーを着けている。


「逆セーラー服だよ♪ ほら、衣装の貸し出しって書いてあるでしょ?」


 逆セーラー服!!?


 確かにガラやモチーフはセーラー服に見えなくもないが……とにかく肌面積が大きく、特に胸元はパッツパツで、いまにもはち切れそうだ。


「ひろとくん、そんなにココが、気になるの?」


 前かがみになって、葵は風船のようなそれを見せつけている。


「ちがっ……その、変わった衣装だなって思っただけで! ていうか、何のためにそれを!」


「一緒に撮るためだよ? ほら、早く行こ!」


 二人はプリクラに入って、カップルがしそうなそれっぽいポーズを決めていく。


「葵、さん……っ」


 彼女はとりわけ蠱惑的なポーズを取り続けていて、いわゆるI字開脚や、ひろとの頭に胸を乗せたり、ひろとと片手同士をくっつけてハートマークを作ったりと、とにかくひろとの好奇心を刺激した。


「最後の一枚は……ねぇ、ひろとくん、チューしてみる?」

「っ!? いや、え、でも、それは……好きな人と、するものなんじゃ」

「好きだよ? いまは友達としてだけど、それ以上になることもあるよね?」


 葵がズイと顔を近づけると、ひろとは腰を抜かして尻餅を着く。

 そこから見上げる景色は絶景で、葵も自覚あり気に、前屈みでひろとの顔を覗き込む。


「イケナイこと、しちゃう?」


 ひろとは、あわわわわっと、パニック状態だ。

 そんな彼に「可愛いね、ひろとくんは」と微笑む葵。

 やってることが魔性過ぎて、ここが中世なら、彼女は魔女と呼ばれていただろう。


「「あっ」」


 そしてやっぱりというか、葵のブラジャーが乳力に負けてはち切れた。


「っ!!?」


 ひろとの目の前でばるんっと姿を見せた、肉の山脈。

 胸元から先まで綺麗な楕円が描かれ、さながらラグビーボールのようだ。

 その頂点には鮮やかな朱色の花が咲き、蕾はかちこちに凝り固まっている。

 ひろとに見つめられるほど、それはぷっくりと顔を出していく。


「あっ、葵さん――」

「ほら……ひろとくん、触って?」

「なっ!!? ちょっと……葵、さん……っ」


 ひろとの手首を掴んで、葵は自分の胸を揉みしだかせる。

 柔らかいなんてもんじゃない。

 全体は雲みたいな感触なのに、先っぽにはコリコリとした固さがある。

 まさに明暗の対比――いや、乳輪の対比だ。

 その刺激に葵は甘い声を響かせ、尖峰がさらにぷくっと突き立つ。


「ふふふっ……ひろとくんも、【楽しんでる】みたいだね?」

「あ、葵さん……それは、どういう意味で……」


 葵の返答は、視線の先に込められている。

 ひろとの身体にも、ピンッと小さな張りが見えているのだ。

 まったく、なんて慎ましい小山だろうか。

 しかしいかに小さくとも、それはびくびくと脈打っている。


「ねえ……ひろとくん」


 葵はひろとに目線を合わせて、ショート寸前の彼にこう囁く。


「お姉さんと……イイコト、しない?」

「……っ!」


 ツツーっとひろとのお腹を、指で撫でる葵。

 お腹から、腰、そして……苦しそうに張った患部をなぞり、ひろとの切ない吐息が漏れる。


「あ、葵っ、さん……っ!」


 ひろとは葵の手を掴んで止めようとするが、力は彼女の方が強い。

 くるくる、すりすりと、指先で撫でまわしていく。


「んーっ? イイコト……したい?」

「だっ、だから……いいことって……っ!」

「ひろとくんが、【遺物】を見せてくれたら……もっと、スゴイことになっちゃうかもね? あーあっ、ひろとくんと、シタイなあ……っ」

「く……っ!」


 すりすり、すりすり、すりすりと撫でるだけで、ひろとはピンとのけぞってしまう。何も、おかしなことをしているわけではない。ただ、身体を撫でているだけだ。


 そしていまでもなお、葵はその豊満な山嶺を見せつけて、ぶるんぶるんっとあえて下品に揺らして見せる。


 これだけの煩悩の波に襲われては、並みの男子なら飛びついているだろう。

 しかし、ひろとは英雄だ。

 清き英雄の魂を持つ者として、ひろとはギリギリ理性を保っている。


「うっ……ダメだよ葵さん、こんなこと――」

「ふふふっ……本当にダメ?」

「も、もちろん、だってボクたちはっ……それに、ほら! いまは、プリクラの時間だって言ってたし……」

「えーっ。つまんないの……まあ、いいや♪ ……そろそろ時間だし♪」

 

 結局プリクラは時間切れで、ひろとは貞操の危機を回避できた。

 ひろとは恥ずかしそうにうつむいたまま、葵は何事もなかったかのように平然とした笑顔で、茜色に染まった街並みを歩んでいく。


「はぁー、とっても楽しかった! ひろとくんはどう? ちゃんと楽しめたかな?」

「今日はほんとに、幸せな一日だったよ。ありがとう、葵さん」


 コツンと二人の手が当たると、葵はリードして彼の手を取る。

 ふと彼女の顔を見れば、いつもの晴れやかな顔で「えへへ」と笑む。

 本当に彼女は、何を考えているのだろうか?

 

「葵さんは、その……どうして、ボクなんですか? 他にお友達とか、たくさんいるはずじゃ」


「知り合いは、たくさんいるよ? でも……お友達って子は、いないかな」


「え……でも、葵さんは、とっても明るくて、コミュニケーションだってすごくて……」


「すごくないよ? ほんとは、無理して頑張ってるだけ。デートだって、調べてある通りにしただけだもん♪ 今日も、たくさんドキドキしちゃった」


 意外だ。てっきり彼女は、誰とでもデートできる余裕があると思っていたのに。


「慣れて、いなかったんですね」


 もちろんだと、葵は照れ笑いで誤魔化す。


「男の子とデートなんて、ひろとくんだけだよ。どうして、私が慣れていると思ったの?」


 それは、美人で身体がえっちすぎるから……なんてことは、さすがに言えない。


「いないよ。デートできる相手も、お友達も、ひろとくんだけ」


 そう言う葵だが、自分を殺そうとしてきた事実は覆せない。

 いまこうして誘惑しているのも、彼の【遺物】が目当てのはずだ。


「博物館を見に行った日。本当に、サクっと終わらせて帰るはずだったのに。どうして、ひろとくんは見ちゃったのかな……知らなくてもいいことなんて、この世界には、たくさんあるのに」


 またもの哀し気な顔をする葵は、それだけは本音だったのかもしれない。

 もしもあの日――ひろとが、彼女の悪事を見ていなかったら。

 ひろとはずっと、彼女の隣に居られたのだろうか?


「教えてくれませんか。どうして葵さんは、ジークフリートの力を――」


 シーっと、葵はジェスチャーしてひろとの口を塞ぐ。

 慈しむような眼差しで、うっとりとひろとを見つめ、その頬にキスをする。


「ばいばい、ひろとくん」


 お別れは、戦いで――なんてことにはならず、この日は何事もなく終わった。

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