英雄譚(31) ヒーローは巡り合う。
「うん、うん。まずはおかえり、死んでなくて、何よりだね」
ひろとたちの強化合宿が終わった、一週間後の朝。
本拠地である東京都の某区まで戻ると、具現化したカガリが出迎えていた。
結菜と、ユノ、リリアスは学園に用事があるため、一時的に離脱している。
「カガリさん! 前よりも、遥かに強くなったと思います!」
「見れば分かるさ。明らかに、聖気が濃くなっているね」
「みんなも、とっても強くなりましたよ! これなら、連合にだって――」
カガリは、シーっとひろとの口元に指を当てて、
「油断はフラグだよ、ひろと君。いまは連中よりも、より注意を払う対象がね」
「え、っと……新手、でしょうか?」
「隣を見てごらん。随分と、『ご無沙汰な』彼女は、とっても不満そうだよ」
ひろとの横には、ぷっくりと頬を膨らませているジークフリートさまが。
この一週間、ひろとの
隙を見て、徹底的にひろとを自分のものにするつもりだったのに、昼も夜も、まったくひろとが開かないのだ。
一瞬間と降り積もった嫉妬は、大英雄ジークフリートの顔色さえも悪くさせる。
訓練のためだと分かっているから、我慢するしかなかった点も憤懣のひとつだ。
「フー? どうしたの、お腹空いた?」
そんな見当違いなことを言ったせいで、彼女は「ふんっ」とそっぽを向く。
「強化合宿。たくさんの女の子にチヤホヤされて、ヒロは嬉しそうだったわね?」
ひろとは、「んなっ!!?」と慌てて手を振り、
「な、なにを言ってるのフー!? ボクは全然、そんなこと」
「滝での水浴び、毎日の混浴温泉、汗を拭ってくれるお姉さんに、下半身を診察してくれる優しい先生……他にもサウナだとか、トイレだとか、一緒に下着を川で洗う機会もあったわよね? 結菜とウラドとリリアスの下着は、それは、それは、大きかったわよね? 妄想も巡らせたんじゃないかしら。この一週間は、男の子にとって贅沢過ぎたと言えるでしょうね?」
ひろとは「うっ」と苦しそうに言い淀み、けれど邪念がなかったことは本当で、
「い、いや、ちがう、ちがうよフー! ボクはお風呂も、ひとりで入ろうと――」
「何回か、鉢合わせちゃったじゃない。その時の、ヒロの視線といったら」
月明かりの下で、しっとりと温泉の湯を滴らせる、少女、乙女、淑女たち。
ひろとはその時の絶景を思い出すと、ボンッと頭から蒸気を出した。
「事故、アレは事故だってぇ!」
「ふーん? だったら、寝室のことはどうなのかしらね?」
「どう、って……」
「たくさんの、『豊かな脂肪』に覆われながら、ひろとは熟睡していたわね。どうやら、わたしがいなくても、寂しくはなかったみたい」
訓練の四日目以降は、集団合宿という形に。
ひろとと全員の親和性を高めるため、ユノ、結葵、リリアスと共に眠った。
小柄なひろとは、もっぱら、結菜とユノに添い寝されて、足元にはリリアスが抱き枕のように組み付き、頭上ではヴラドが猫のように丸まって寝ていた。
さらには全員、薄着で、それはひろとの潜在的好奇心をくすぐるには十分すぎる、贅肉ベッドとなっていた。
「あら……ヒロにも思い当たる節が、あるのかしら?」
「そんなことないって! ちょっとだけ、疎かにしちゃったかもだけど、でも、ボクは……」
「なに?」
「強くなりたかったから。ずっと我慢してたけど、フーと会えないのは、寂しいよ」
「……っ」
ジークフリートはその不意打ちに、思わずふっと口元がにやけて、
「あれ? どうしたの、フー?」
ひょこっと覗き込むひろとに、ジークフリートは、ぶんぶんと頭を振る。
「うっ……うるひゃい! にゃんでもにゃら……にゃらいの!」
「……フー猫?」
「んーんぅ! ……んううううううぅ!」
攻めていたつもりが、いつの間にか攻められていた。
大英雄さまにも、そんな失態があったらしい。
「うん、うん。それじゃあ放課後、いつもの場所で待っているよ」
要件を端的に伝えて、カガリは颯爽と消えていった。
「私も戻るわ。もう、心配はないものね」やたらご機嫌顔で、ジークフリートも実体化を解除。さて自分はどうしようかと、ひろとは街並みを歩いていると、
「――葵さん?」
カールの掛かった肩までの淡い青髪、青い瞳と、発育のいい体つき。
見間違えようもなく、それはひろとの知っている彼女だった。
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