英雄譚(30) ヒーローは教師に『指導』される。


「ひろとさん。あなたには、礼を尽くさなければなりません」


 三日目の晩、リリアスはひろとを山頂へと招いた。

 この頂きから見上げる夜空は美しく、星々が夜の静寂を切って輝く。

 ヒュウと吹き抜ける冷風にも構わず、二人はただこの絶佳を楽しんだ。


「あなたもご存じの通り、私は孤独でした。それも、必然的な孤独で、人殺しである私には居場所などなくて当たり前。いえ……たとえ偽りであったとしても、教師をつとめさせて頂いただけ、幸福なのでしょう」


「ボクは、リリアスさんを人殺しだなんて思っていませんよ」


 彼女は意想外に目を丸くして、ひろとへと向き直る。

 まだ一四歳の少年だが、その佇まいはどこか堂に入っている。

 竜殺し……いかに幼くとも、彼からは英雄の気概を感じさせた。

 そして小さな少年は夜空を眺めたまま、頑とした揺るぎない信念を打ち明ける。


「事実を無視した、都合のいい解釈なんです。それでも、リリアスさんは……いえ、リリアス先生は、ボクを助けてくれました」


「しかしっ……私の罪が、消えるわけでは……」


 ひろとは狼狽える彼女に向けて、にこりと笑みを向けた。

 それは紛れもなく、自信と余裕の窺える、英雄としての顔だった。


「分かっています。だからこれは、ボクの勝手な妄想なんです。その昔、リリアス先生が憎しみに駆られて、どれだけの悪党を殺し尽くしたとしても、ボクはそれを認めません」


「み、認めない……とは……」


「ボクにとっては、リリアス先生は、リリアス先生なんです。人殺しとしてではなく、どうかこれからも先生として、ボクを導いてくれませんか? リリアス先生」


 リリアスは虚を突かれたかのように硬直していたが、空に流れた流星を目に、ハッと我に返る。


 いいのだろうか。こんな人殺しの私が、誰かの居場所になれるなんて……。

 リリアスの迷いは、ひろとの頷きと共に消し飛んだ。

 もしも自分が、先生として誰かを導いていけるのなら。

 それも含めて、リリアスは【ひろとだけの先生】になろうと決意する。


「え、っと……リリアス先生?」


 そっと手を重ねてきた彼女の頬は、いつになく赤い。

 それは凛として澄ましてきた戦士としての顔ではなく、一人の女の顔だった。


「ひろとさん。……あなたには、礼を尽くすと言いましたよね」

「えと、はい……たしかに、そう言っていました、けど……」

「どうか、何なりとお申し付けください。私はひろとさん専属の教師として、何でも尽くし通します」

「そ、そう言われましても……ボクは、特に……」


 ひろとにはよこしまな欲求がなく、リリアスも異性の事情に疎い。

 そこで、自分には何ができるのかを真剣に考えたリリアスは……。


「ひろとさんは、何について知りたいですか?」

「えーっと……いまは、別にというか……」


 ズイとリリアスが前のめりになると、その豊満な肉果が垂れさがる。


「……っ」


 彼女の織りなす谷の目が、あまりにも深すぎて、思わず視線が釘付けになるひろと。なんて、深い溝なんだ。この海溝は深海にすら優り、光も届かぬ未開の地とすら思えてしまう。


「ここが、気になるのですか?」


 これ見よがしに、ひろとに尽くそうとする金髪の教師。


「あっ、いえっ……そういうわけでは」

「大丈夫ですよ、ひろとさん。生徒の疑問に答えるのが、教師のつとめですから」


 リリアスは惜しみもなく前ボタンを外し、後ろ手でホックも外した。


「~~っ!!」


 ぶるんっと派手な効果音を出しながら現れた、爆発的な銀河。

 それは何にも比類することができず、男の夢そのものの大きさである。


「ひろとさん、なにか分かりましたか?」


 彼の頭はショート寸前で、ぷすぷすと煙が出ている。


「いえ、分かったどころか……その……」


 むしろ何カップくらいあるんだろうと、疑問は疑問を呼んだ。


「ふむ……ひろとさんは、サイズが気になるのですか?」


 真顔のまま、教師として真剣に尽くすリリアス。


「いえいえ、そんなことは、ほら! プライベートな話ですし!」

「すみません、ひろとさん……Gを超えたあたりから、フリーサイズを買うようになってしまって……詳細なサイズは……」

「じっ、Gっ!?」


 ボンッと、ひろとの脳天はついに爆発した。

 超えたというから、最低でもそれよりひとつ上なのだろう。

 この全世界の男子が妄想するような二次元的バストは、やはり圧巻である。


「質量が、気になるのですか?」

「いえっ、ですから、その……っ」

「では、持ち上げてみてください。ほら……このように」

「~~っ!!?」


 ずっしり。いや、ずずずずずずっ……と、ひろとの両手にはリリアスの爆弾が乗せられた。重いとかいう話ではない。ここまでくると暴力であるのに、垂れずに完璧な形を維持しているのだから、これはもはや怪奇の域にすら及ぶ。


「ふむ……ひろとさんはまだ、何かを疑問に思っていそうですね……」


 思考停止したひろとを、真面目に観察するリリアス。


「おや? これは、いったい……」


 よくよく見ると、彼の足……の上には、なにやらツンと張っているものがある。

 慎ましい張りだ。なにか、病気を患っている?


「ひろとさん、緊急事態です!」

「ちょっ、ちょっと、リリアス先生!!?」


 教師はシリアスな顔のまま、容赦なくひろとのパンツをずり下げた。

 すぐに手で隠そうとしたひろとだが、リリアスは本気だ。

 恩人の彼に何かがあってはいけないと、真相究明に乗り出す。


「これは……っ!!」

「うっ……ち、ちがうんです! その……っ!」


 見たことのない状態だ。リリアスはこれ自体が知らないし、そもそもこの状態がどうなっているのかすら分からない。ただ、ツンと極限まで張っていて、苦しそうなのは分かっている。


「かさぶたは剥がすと逆効果ですが、膿はたまっていたら出さなければなりません……ひろとさん、応急処置を施します!」


「まっ、待ってください、リリアス先生! お願いですから、ま――っ!!」


 そして彼女が、ついにひろとの獣を解き放とうとしたその瞬間、


「けっこうよ、リリアス。ソレ・・については、放っておいても大丈夫なの」


 彼の相棒であるジークフリートさまが、おっかない顔で降臨なされていた。


「しかし、竜殺しさま! このままでは、ひろとさんが……っ!」

「大丈夫だと言っているでしょう。それは、熱が溜まっているだけなの」

「ね、熱……でしょうか?」

「ええ、とびっきり火照っているだけだから、数分もすれば収まるわ」

「安心しました。本当に……」


 ほっと胸をなでおろすリリアスの半面、ジークフリートは冷や汗を拭った。

 まったく、自分の影響で、ひろとが不幸体質になってしまったのは仕方ない。

 だけど、こうも【ライバル】が増えてしまうなんて……。


「リリアス先生。それじゃあ、帰りましょうか」

「はい、護衛いたします」


 今宵もギリギリな訓練を乗り越えて、彼らはまたひとつ強くなった。



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