英雄譚(29) ヒーローのお姉ちゃん管理術。


 ひろとのお世話・・・をすることで、彼女たちはLvUPする。

 半信半疑な話だったが、翌日にユノは目覚ましい進化を果たした。

 ユノが使役する紫電はバチバチと炸裂音を鳴り立てて、どんな相手も、一網打尽に叩き伏せてしまう。ウラドによるところ、まだ上級因子には及ばないが、この調子で鍛錬を続ければ、直に至る可能性もあるとのこと。


 そして今日のお世話担当係・・・・・・は、ひろとが最も警戒する内のひとり――自称姉、蓬生結菜だ。


「お姉ちゃん……」

「ひろと、こっち」


 意外にも、結菜はいつもの奇行じみた姉節を見せていない。

 食事も終わり、お風呂も終わり、後は寝るだけ。

 廃寺院のため、彼女たちには和室が貸与されている。

 結菜の寝室には、簡素な敷布団と枕だけが用意されていた。

 

「ひろと、この環境には慣れた?」


 同じ布団の中で、結菜は隣のひろとに語りかける。


「うん、みんな優しくてしてくれるから。結菜お姉ちゃんは、どう?」

「ユノと、リリアス先生……あと、ジークフリートと、上手くやってる」

「お姉ちゃんも、みんなと仲良くしてるんだね」

「ん。でも……一番仲良し・・・なのは、ひろとだけ」


 結菜はそっとひろとの頭に手を伸ばし、優しく、優しく、撫で回していく。

 それにひろとは心地よさそうに目を細め、微睡に引きずり込まれる。


「いま、お姉ちゃんがこうしていられるのも、ひろとのおかげ」

「そんなことは……お姉ちゃんだって」

「あの日、ひろとに支えてくれなかったら、お姉ちゃんはひとりぼっちだった」

「……うん」

「お母さんも、病気もお姉ちゃんには厳しくする。とっても辛い。……けれど、弟がいるから、幸せになった。お姉ちゃん……ひろとに、感謝してる」


 英雄という奇妙な巡り合わせによって、結菜はひろとに救われた。

 姉が、自分を心の支えにしていることは知っている。

 ひろとはそれを否定しない。

 だけど、ひろとも元は孤独だったわけで、いまこうして頼ってくれる結菜には、彼も感謝の念を懐いている。


「ボクの方こそ、いつもありがとう……お姉ちゃん」


 ひろとはそれだけを口にして、幸福そうな結菜の笑顔を最後に、眠りに陥る。

 すーっ、すーっと落ち着いた寝息を立てて、夜は深みを増していった。


「んっ……あつい……」


 しかし、こんな通気性もない部屋で、二人密着して寝れば、汗もかく。

 ひろとは幾度か寝返りを打ったり、熱さに寝苦しそうにしていた。

 

「あつ……い? ん……あれ?」


 ひんやりとした空気が肌に纏わり付き、ひろとは身震いする。

 なぜだか、やけにすーすーする。

 布団を蹴った? それとも、毛布の外に?

 ひろとは手で毛布を探ると、むぎゅっと固い肉を掴み取った。

 なんだろう、これ……。

 かなり肉感が厚くて、先に進ほど、きゅっと細くなっていて……。


「ひろと?」

「ゆ、結菜……お姉ちゃんっ!!?」


 目を開けると、自分の顔を覗き込んでいる自称姉の姿が。

 そしてひろとが掴んでいるのは毛布などではなく、彼女の……。


「わ、わわわっ、ごめんね、結菜お姉ちゃん――」


 慌てふためくひろとを、しーっとジェスチャーして抑える結菜。

 そう言えば、いまはもう夜中だった。

 というか、毛布は結局どこに……。


「え……ええええええぇっ!!?」


 毛布どころか、ひろとは寝間着を全て脱がされていた。

 やけにすーすーするわけだ。


「ひろと、いっぱい汗かいてた。弟の管理は、お姉ちゃんの仕事」

「で、でもっ……」

「しーっ。ほら、汗かいてると、寝苦しい。お姉ちゃんに、任せて」


 結菜はひろとを仰向けにさせたまま、タオルで肌の水滴を拭きとっていく。

 彼女の細長い指がタオルに絡まり、さわさわと優しく撫でていく。

 顔、首回り、胸、腰、そして……。


「お、お姉ちゃん、そこは……っ」

「弟の管理は、お姉ちゃんの仕事」

「で、でもそこはほら、自分で……」

「ダメ。ひろと、お姉ちゃん嫌い?」

「き、嫌いじゃないよ……好きだけど……」

「……〝好き〟」


 ぴくんっと結菜の眉が反応し、その瞳は意欲的に輝いている。

 ひろとはあくまでも、いち先輩として好きだと言ったのだが、自称姉はそう捉えていない。男女の仲――いや、もっと強い、理想的な姉と弟の姿を思い浮かべた。


「お、お姉ちゃん……っ」

「いいから。お姉ちゃんに、任せて」


 そうして結菜姉による、怒涛の汗拭きが開始された。

 慎重に、慎重に……ゆっくり、じっとり、時間を掛けて、ひろとの汗や蒸れを拭きとっていく。


「ひろと……また汗が」

「う、ううっ……」


 拭き取った後は、ちゃんと目で確認して、口でもよしと唱えて、徹底したお姉ちゃん管理術で汗を駆逐していく。


「あっ、ひろと……また、こんなに汗が」

「そ、それは……汗じゃ……っ!」

「ううん、これも汗……ほら、ちゃんとふきふきしないと」

「う、くっ……!」

「あ、また溢れてきたね……ひろと」


 なんであれ、ひろとの身体に溢れた水滴は、全てが汗として拭き取られていく。

 実態は、こそばゆさに涙が漏れてしまったり、涎が垂れてしまったりしたものなのだが、このシチュエーションだともっと危ないものに聞こえる。


 ひろとほど鈍感な男子でなければ、きっと意味深な汗をかいていたに違いない。


「……」


 やがて汗拭きは終わり、名残惜しいにひろとの身体を見つめている姉。仮にひろとのそれが元気に反応していたら、本格的に汗拭きを始めていたかもしれない。


「綺麗になったし、寝よ」

「うん、ありがとうお姉ちゃん」


 姉弟は絆を深めて、再び身体をあわせて寝床につく。


「ね、寝苦しい……ような……」


 ひろとの顔は、また姉の胸に埋められている。

 結菜が抱き着いているから仕方ないのだが、これで汗をかいたら、無限ループになるんじゃないか?

 その恐怖が脳裏にこびりついて、ひろとは汗をかく前に、トイレで涼むことにした。次に戻ったら、抱き着かれない位置で寝よう……。


「ひろと。お世話」

「……」


 恐るべきことに、結菜はトイレまでついてきていた。

 その後どうなったのかは、姉と弟にしか知り得ない。



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