英雄譚(27) ヒーローたちは高みを目指す。

「さあ、全員揃ったな。ひとまず生還おめでとうと言っておこう」


 翌日のリビングにて、ヴラドは涼し気な拍手で出迎えた。


 結局のところ、四人は誰ひとり欠けることなくあの死地から生還できたのだが、【不老不死】を引き継ぐひろと以外は、ぐったりとテーブルに突っ伏していたり、椅子にもたれ掛かったりしている。目覚めは最悪、怒鳴る気力もないほどには、昨日の戦いで疲弊していた。


「まったく、ウラドさんは……死んじゃったら、どうするんですか」


 ひろとの呆れ気味の溜息も、ウラドはカカッと笑い飛ばした。


「死んだら、死ぬ運命だったってことだろ」


 責任感が欠けているぶっきらぼうな物言いに、ユノと結菜が眉根をひそめる。


「お姉ちゃん、吸血鬼嫌い」

「ユノも、殺されるかと思ったの」


 二人が敵対的な視線を向けても、吸血鬼は涼しい顔色のままだ。


「訓練じゃないって言っただろう? 私は、敵でも味方でもない」

「……あなたは、何様のつもりなのでしょうか」


 見兼ねて立ち上がったリリアス。

 彼女は【英雄化】を行使し、その手には杖槍を構えている。


「いい心掛けだな。殺意は感じるものじゃない、備えるものだ」

「あなたがカガリさんの紹介でなければ、とっくに攻撃しています」

「なにを遠慮している? したければすればいい。ここは、そういう場所だ」


 ジリジリとひりつく睨み合いが続き、一触即発な空気が漂っている。


「リリアスさん? どこに……」

「すみません、ひろとさん。下郎と同じ空気は、吸いたくありませんから」


 最後に吸血鬼を一瞥してから、魔法戦士は出ていった。


「場所を変えようか。少し、お前たちと話がしたい」


 皆の同意も待たずに、ヴラドも席を立つ。

 また不意打ちされるかもしれないと、ひろとたちは最大限に警戒したまま、一応は彼女に付いていくことにした。



「まず一つ。おめでとう、童貞君。やっと英雄の片鱗を掴んだようだ」


 墓地を歩みながら、ヴラドは気さくに笑った。墓地と言っても、立派な墓石が建っている訳ではなく、大きな石が無造作に積み立てられているだけ。そんな古めかしい名もなき墓石が、そこら中に散見される。


「聞いたよ。お前は【半人半霊】なんだってな。身の振り方や物事の価値観、小さな言動ひとつ取っても、英雄と深く【同調】することが求められる。じゃないと、上手く英雄のちからを引き出すことができないからな」


 ヴラドは名もなき墓の花の入れ替えをしたり、盛ってきた一升瓶で、お酒を注いだりしている。「知人の墓じゃない」どうやら他人の、墓の面倒を見ているらしい。


「とことん、不利な契約だよ。普通なら、親和性が高いだけで、ほとんどの力を引き出せる。お前は、ハードモードの縛りプレイをしているようなもんだ」


「……だから、追い詰めたんですか。もっと、ボクたちを同調させるために」


「いや、単純に新しい玩具だと思ったし、普通に死ぬと思ってた」ヴラドは、気兼ねなく本心を垂れ流しながら、「縛りプレイには間違いないが、メリットもある。お前は、半分がジークフリートそのもの。同調によって、【新たな力を解放】するたびに、その聖気や能力は、かつての英雄と同程度まで引き上げられる」


 ひろとはまさかと思い、右手を英雄化してみると……驚くほど疲れない。

 この調子なら、一時間戦っても疲労すら感じないだろう。

 当初、すぐにへばっていたひろとと見比べると、目覚ましい進化だ。


「フーは……ボクを、見守っていてくれてたんだね」


 ジークフリートは首を縦に振った。


「すこし、意地悪だったかしらね。ヒロが気を失っている間に、わたしから提案したの」


「大丈夫だよ、ありがとう、フー。おかげで、バルムンクを呼び出せたし……でも、あの剣は、強すぎる気がする。使っていて、怖いって思うくらいに」


「ええ……呪いの剣とも呼ばれていたくらいに、凶悪なひと振りよ」


 バルムンク。

 それはかつて竜殺しを成し遂げ、幾多の戦場で伝説を残してきた一刀だ。


「バルムンクは【不治】を宿しているの。それは斬った傷を、永遠に癒せない呪い」

「それは、かすり傷でも?」


「勿論よ。対処しないと、いずれ出血によって死に絶えるわ。それだけ強力な破壊性を秘めているから、竜をも殺すことができたの」


 かすり傷だろうと、必ず致命傷へ繋げられる。

 これはかえって、ひろとには困る武器だ。

 今回は《血の魔物》だったから良かったものの、人間にはとても使いたくない。


「あとは、【熾烈】ね。バルムンクは、聖気を急激に吸い尽くすの。一気に聖気を搾り取ることで、刀身が格段に強化される。その瞬間火力は、《神をも殺す》わ」


 不治と熾烈。

 この二つの性質をもつバルムンクなら、倒せない相手はいないだろう。

 たとえば、まったく価値の目が無かった、この吸血鬼でさえも。


「無理よ。ヒロが使えるのは、まだ片手と剣だけ。本気の彼女じゃ、遊び相手にもならないかしらね」


 分かってはいたが、いざ言われると、ひろとの心に来るものがあった。


「で、でも、前よりはまだやれるんじゃ」

「バルムンクの消耗具合は、身をもって体感したはずでしょ?」

「うっ……」

「右手ならまだしも、バルムンクの長時間使用は無理よ」

「う、うううぅ……っ!」


 悔し気に見悶えるひろとはさておき、ウラドは残りの二人へと視線をやる。


「二人は、死なない程度にはマシになった。だが、もう二人は雑魚のままだ」

「ヴラドさん、そんな言い方は……っ!」

「無駄に擁護するからいけない。昨晩、どう見てもお前たちは足手まといだった」


 ヴラドは、血と酒を混ぜたろくでもない飲み物を煽りながら、


「因子の等級は、英雄との親和性によって決まる。英雄がお人好しのバカなら、因子も、バカほど適性がある。反英雄もそうだ。だから反英雄の因子は、悪党であることが多い」


 それは、二人にも理解できていることだ。

 ユノは啓示書に忠実であり、結菜は豊穣を求めている。

 だが、それぞれに与えられた因子は三級であり、上級の一級や二級とはほど遠い。


「反英雄と戦いたくば、成長しろ。三級止まりじゃあ、早々に戦力外通告だ」

「で、でも……ユノは、因子なの。英雄さまみたいに、強くなることは……」

「可能だ。現にお前たちは、《血の魔物》との戦いで、力を引き出していただろう」


 たしかに、いつもより聖気が漲っていたし、強力な異能を行使することができた。

 アレが、ただの勘違いでないのだとしたら……。


「因子は、英雄との親和性によって等級が決定される。だが、その因子は不変ではない。宿主の魂が【真】に迫るほど、因子はいっそうと輝きを放つ」


 ユノは啓示書に載っていない徹底抗戦に出て、結菜はひろとのためにと決意を固めた。

 その必死さが、仮に因子を呼び覚ますのだとすると、二人は仮設を立てることができる。


「大天使さまは、何もわからないユノに、天啓を授けてくれたの。ユノはずっと啓示書の通りにしてきて……でも、導きにないことも必要なのかな」


 答えは、まだ分からない。けれど、それはかつてのひろとの助言に似ている気がして、ユノはちらりと視線を送る。ひろとは笑みで返し、ユノはほっと安心できた。自分の足りないものが何かを、少しだけ分かった気がしたのだ。


「私は……」


 結菜は【豊穣】にあやかりながらも、心はずっと貧しかった。

 拠り所が欲しかった。

 だけど、結菜はようやく自分の使命を見つけ出した。


【弟を守る】と誓った時――結菜の心は、これまでになく【豊か】になっていた。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんのことを、信じてるから!」


 結菜は顔を上げて、ひろとの頭を撫でた。


「うん。お姉ちゃんに、任せて」


 そうして親睦を深める三人を、ヴラドは注意深く見つめている。

 ちいさな火の粉が燻り出したような、か弱い聖気が、ユノと結菜に灯っている。それはまだ小さくも、やりようによっては【昇華】に至る。加えて、この場にいない彼女も、希望の芽は吹いている。


「トレーニングの内容が決まった。上手くいけば、お前たちの魂は【昇華】できる。上級因子になれるかもって話だ」


 ウラドの宣誓を耳に、三人は驚きを露わにした。


「う、ウラドさん……本当ですか?」


「ああ、少年も分かっているだろう。その白髪も、隣のデカパイも、そしてきっとあの金髪も、ひろと――お前に、心を預けているんだ」


「それは、とても嬉しい限りですけど……つまり、トレーニングの内容は」

お世話・・・だ。お前たち女三人は、日替わりで少年のお世話・・・をしろ。昼は全員で訓練、夜は個別のお世話・・・・・・だ」


「なっ!!?」


 ひろとは慌ててなにか反論しようとするが、ジークフリートはぶすっとふくれっ面。きっと、その見方が正しいからだろう。そしてユノは嬉しそうに飛び跳ね、結菜も頬を赤らめている。こんな四面楚歌(?)で、反論は残念ながらできなかった。



「そう言えば、ですが……ウラドさん。リリアスさんは、どうでしょうか」

「一番心配がいらない個体だ」


 ウラドは「単に、力を付けるという意味ではな」と含みのある言い方をしてから、


「あいつには、憎悪が渦巻いていた。戦士にとって、憎悪は更なる闘争を生む。戦闘狂のオイフェに倣うのなら、その姿勢は間違いではない」


「リリアスさんを、人殺しにはさせたくありません」


 奇しくもウラドは、戯言をほざく少年に感心した。

 その瞳が、あまりにも真っ直ぐすぎていたからだ。


「……好きにしろ。ただあいつが、【その気】だということだけは教えてやる」

「ありがとうございます、ヴラドさん!」

「殺人鬼に、お礼をするな。お前もリリアスに嫌われるぞ」


 残りの酒は、すべて適当な墓石に振り撒いているヴラド。

 普通にコミュニケーションの取れてる彼女は、本当に反英雄なのだろうか?

 そんな顔をするひろとに、ヴラドは面倒くさそうにひと息をついて、


「虚しくなったんだよ。いまこうしている理由は、それだけだ」


 辺りに建てられている墓石には、よく見ると切り傷が付けられている。

 たとえばそれは……無人島に漂着した時、日付を数えるようなマークに近似している。


「ひとつの墓に、最低一千。私が殺してきた、人間共が眠っている」

「いっせん……」


 見る限りここの墓の数は、全部で数十はある。

 彼女の言葉が本当だとすると……それは、確固たる【反英雄】の証だった。


「最初は、気持ちよかった。滅茶苦茶な力が手に入って、気に入らないやつを片っ端からぶっ殺していった。だが……最後に残ったのは、何もなかった」


 だから山奥で一人寂しく、廃れた寺と籠っているのだろうか?

 不格好な埋葬は、あるいは彼女なりの懺悔なのかもしれない。


「許されるわけないし、許されたいとも思っていない。私は死ぬまで孤独で、だれかに呪われ続けて、やがて死ぬ。そういう死に方に臨んで、もう何百年だか経っているわけだ」


 ヴラドは本当に淡々と、何の迷いもない眼差しで言っている。

 これは、彼女なりの誇りなのだろう。そう思ったひろとは、特に言及をすることなく、自分たちのことだけに集中した。


「ヴラドさん! 一週間、よろしくお願いします!」

「よろしくじゃねえ。生きたきゃ頑張って生きろよ、少年」


 そうしてひろとたちの、訓練とお世話が交錯する、魅惑的なトレーニングが幕を開けた。

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