英雄譚(26) ヒーローと吸血鬼の混浴温泉。


「吸血鬼ってのは、便利なもんでね。舐めただけで同じ血が作れるし、輸血なんて専売特許だ。いやはや、出血死しなくて良かったという話だよ、少年」


 目が覚めると、ひろとは湯船に浮かんでいた。


 ここは、露天風呂……?

 身体がほんのりと温かな湯に浸かっていて、むにゅんとした質感が背中に。

 ん……むにゅん?


 なにかがおかしいと思ったひろとは、隣に視線を向けてみると……。


「え、ええっ!? うっ、ウラドさん!?」


 例の吸血鬼は、ひろとを抱えていた。

 彼女の豊かすぎる肉層はひろとの背中に添えられ、両腕で彼を支えている。

 もちろん、露天風呂の混浴につき、ひろともウラドも全裸だ。

 なにより耐え難いのが、ウラドが自分の下半身をジっと見ていること――。


「そう暴れるなよ、少年。温泉で泳いじゃ行けないって、おばあちゃんに教えられなかったのか?」


「そ、そういう問題じゃ……っ!」


「ああ、私だけ見ていたら不公平か。それじゃあ……」


 ウラドはザバッと立ち上がり、ひろとの前で仁王立ちする。


「わっ、わわわわわわ……っ!」


 ウラドの胸には、峻嶺じみた肉の壁がたぷんと揺れ動いている。

 圧倒的スケール。視界を覆い尽くす贅沢なボリューム。

 その頂きにはバラ色の輪がぷっくりと君臨している。

 しかし肝心の一角は肉の内側に陥没していて、顔を見せていない。

 下は……湯煙に隠れていて、ギリギリ覆い隠されている。

 これも吸血鬼だからなのか、首から下には、一本の体毛も生えていない。


「ふふっ、相変わらず反応が渋いな、少年」


 これだけさらけ出しても、ひろとの一部はまだ鞘を抜いていない。

 依然として、鞘に収まったままだ。


「反応って……これから、戦うということですか」


 そんな見当違いな言葉を吐いて、スンと真顔になっているひろと。

 やれやれとウラドは嘆息を漏らし、彼女はひろとを抱き寄せる。


「う、ウラドさんっ!? あっ……むぐわぁっ!?」


 物分かりの悪い少年には、お仕置きだ。

 ウラドはひろとの顔を自分の胸へと押し付け、また赤子のように抱き抱える。


「――ッ!!? う、ウラド、さん……っ」


 そうして、吸血鬼の美女によるお仕置きが開始された。


「溜まっている話もあるだろう。どれ……私もひとりのお姉さんとして、少し面倒を見てやる」


 ちゅぷちゅぷと、ウラドの手先がひろとの腰へと伸びる。

 水面はウラドの腕の動きに合わせて揺れ、ひろとの儚い吐息が漏れる。

 そんな悶える少年を愛おしそうに見つめながら、ウラドはただ同じ動作を繰り返していく。


「カガリに頼まれたのでな。私はお前たちを叩き直すため、それなりの試練を与えた。まあ、生きるか死ぬかは、お前ら次第だ。結果的に、上手くいったようだな」


 ひろとの「うっ……あっ……」という切ない声も、ウラドにかき消されていく。

 なに、そこまでおかしなことはしていない。

 ただ彼女は、訓練・・を施しているだけなのである。


「う、ウラドさん……っ!」

「もう限界か? ふふふっ……早いな。我慢ができない男は、嫌われるぞ?」

「で、でもっ……そんなこと、言ったって……っ!」

「これも訓練のひとつだ。忍耐強さが、より英雄を英雄としていくのさ」


 ちゅぷ、ちゅぷちゅぷ、ちゅぷ……と、湯が波を立てて揺れ動く。

 生き苦しそうにするひろとだが、彼には反論も許されない。

 また胸の肉へと埋もれさせられて、息を吸うか、乳を吸うかの二択に迫られた。

 そうして、エビ反りになったひろとへと、ウラドはさらに追い打ちをかける。

 我慢の限界に達したひろとは、ぷはっと息を吸い込み、そして……。


「あっ、ひゃ……ひゃひゃひゃ、やめて、くらひゃい、ウラドさっ……ひゃあっ!」


 ついに、爆笑を漏らしてしまった。

 ウラドはナニをしていたわけではない。

 ただ、ひろとのお腹をくすぐっていただけなのである。


「ふっ、ようやく笑ったか。だが、なかなか耐えていたな」

「お腹は弱いので、その、できればやめてください……」

「お腹以外なら、いいのか?」

「へ? ま、まあ……特に、問題はありませんけど……」


 じゃあ次は、本当に弄んでやろうか?

 ウラドの肉食動物めいた眼光が、ひろとの下半身へと向けられ、彼女はしゅるりと舌舐めずりをする。


 なんとも、可愛い獲物だ。

 その果実はまだまだ青く小さく、だからこそウラドの興が乗る。

 それはぱくっと食べてしまえるほど、一口サイズのお菓子にも見えた。


「ダメよ。それ以上を望むのなら、分かってるでしょうね?」


 しかし、ここで全裸の竜殺しさまが牽制に出た。


「それにヒロ。あなた、分かっているでしょうね?」

「ふ、フー……分かってるって、なにが……」

「あんなにいい声で鳴いて、鼻の下を長くして、随分といいお世話だったようね」

「ち、ちがっ! あれは、くすぐられていただけで……っ!」

「わたしはわたし以外でなんて、認めていないの」

「だ、だから、フーは何の話を……」

「今度、また聖気の供給をするわ。訓練で使い果たした時にでもまとめてやるから、覚悟するのよ」

「ま、また……この前みたいに……」

「さて、どうかしら。今度はもっと、激しくなるかもしれないわね」

「……っ!」


 ぷんすかと怒りながら、彼女は温泉を後にした。


「さて、少年――次は、背中を流してやろう」

「えっ」


 邪魔者がいなくなったのと見るや否や、ウラドのお世話が再開された。

 と思いきや、たちまちジークフリートがピシャンと扉を開けて参戦。

 吸血鬼と竜殺しによるお世話は、その後しばらく続いたのだという……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る