英雄譚(24) ヒーローは吸血鬼とベッドで。


「良かったな、相手に殺す気がなくて」


 目が覚めると、ひろとは頭の中が「?」で埋め尽くされた。


「えっ……え、ぁ、えっ……ええええええぇ!!?」


 自分が、見知らぬ寝室で寝かされている。それはいいのだが、目の前の吸血鬼は全裸で、自分も全裸。


 さらにひろとは、彼女の亭亭たる峰筋を鷲掴みしている。指先はたっぷりと埋もれて、贅沢な弾力感が余すことなく伝わってくる。


 でかい……リリアスさんと同格か。

 だがハリはやや劣っていて、彼女の豊満なそれは、重力の影響を感じさせる。

 垂れはある。それでも、この少しの垂れがむしろ現実味を帯びていて、大人な魅力を感じさせる。この大きな霊峰の山頂は埋没している、これもひろとには初めて目にする秘宝だ。


「ふむ。自信はあったのだが、小さいまま・・・・・か」


 吸血鬼はひろとの下半身を見ながら、ろくでもないことを呟いた。


「いやっ……あの、えっと、ボクが寝てる間に失礼なことを――」

「気にするなよ、少年。私が意図的に、こうしたまでだ」

「え? ……それは、なんのために」

なかなか出ない・・・・・・・と、竜殺しが不満気にしていたな。私も試してみたのだが、確かにこれは難しい」


 するりと、ジークフリートも裸のまま、背後からひろとに組み付いてきた。


「だから言ったじゃない。彼は本当の意味で、純然なのよ」

「ちょっと、フーまで、なにをしているの!?」

「なにって、聖気の補給よ。ついさっき、倒れちゃったことを忘れたの?」


 あ……と、ひろとは思い出した。

 ボクたちはこの吸血鬼に、たった数秒で制圧されたのだと。


「あいにくと、ベッドの上までは制圧できなかったがな」


 いったいなにがあいにくなのか、吸血鬼さんは意味不明なことを言っている。

 実際は、ひろとが寝ている間に、二人は色々と試していた・・・・・・・・のだ。ひろとがその事実を知らなかったことは、僥倖と言えるのかもしれない。


「安心して、ヒロ。あなたの貞操は奪われていないわ」

「ええっと、何の話ですか……?」

「ふうむ……もしや、小さい方が好みなのか、少年?」

「なにでそう判断したんですかぁ!?」

「なにでって、ナニを見て判断したまでだが」

「全然上手くないですよ、もう黙っててください!」


 ジークフリートは、はぁっと肩を落としながら、


「吸血鬼っていうのは、三大欲求が強い生き物なのよ。喰らうことを生業としているのだから、仕方ないわね」


 聖気の供給も終わると、ひろとたちは寝室を出た。

 コウモリの壁紙やらカボチャの明かりやら、どことなくハロウィンみを感じさせるリビングに行くと、仲間たちが待っていた。


「ひろと……身体、大丈夫?」

「うん。いまはもう、平気かな」

「いきなり攻撃してくるなんて……あなたが、カガリさんの知り合いなの?」

「腐れ縁だよ。言っておくが、私はだれの敵でも味方でもない」


 吸血鬼は、冷蔵庫と冷凍庫から、ネズミ、イノシシ、鶏、ワーム、それからパスタや、生の米、パン一斤、骨付きの各種ステーキを、まとめて大皿に盛ってきた。「好きなのを食え」と、彼女の常識だと、人間も生き物を丸々食べるものだと思っているようだ。


「ウラド・ロ・ゾノレツ。知っての通り、反英雄だ」


《反英雄》である彼女は、警戒も見せずに食事を続けている。あくまで聖華学園は《英雄派閥》であるのに、敵対することを考えてもいないよう。「お前たちじゃあ、私を殺すことはできないからな」その理由も、堂々と口にした。


「だが、お前たちはそうじゃない。私の気が変われば、【いつでも殺せる】。安心するな、信用するな、英雄と反英雄は、血と聖水だ。手を取り合うことは、あり得ない」


 するするとパスタを食べるユノを見て、ウラドは嘆息した。


「劇毒を盛っている。数分後には死ぬぞ」

「ふええっ!? ユノはまだ、死にたくないなの!」


 ウラドは、呆れかえったように首を振った。


「冗談だが、そういうことだ。いつ、どこで、だれと殺し合いになってもおかしくない。365日、24時間がサバイバルだ。戦場じゃあ、お前らのような平和ボケから死んでいく」


 ウラドは食事を続けながらも、唯一、この場で注意している人物がいた。


「いい目をしている」


 リリアスは一言も発しないまま、背筋を伸ばして席についているだけだ。

 仮にいま戦闘が始まっても、即座に抗戦できるだろう。


「リリアスさん……ウラドさんは、カガリさんの紹介だから」


「分かっています、無礼を働くつもりはありません。しかし、来るのなら迎撃します」


 刹那、


『っ!!?』


 血で編み出した大剣を振り払うウラド。それは、結菜、ユノ、ひろとを一網打尽にたたっ斬ろうと迫り、だが、それに呼応したリリアスが杖槍で差し止めている。


「ウラドさん!? どうして――」


 力の衝突のあまり、バギンッ! とリビングに衝撃が走り、テーブルも椅子も、割れ砕けて四散する。「吸血鬼!!」咆哮するリリアスを、ゲラゲラと笑い飛ばすのは当の本人であるウラド。


「死ね」


 大剣が振り払われると、リリアスは壁まで吹き飛ばされて吐血した。

 続けざまに、ユノと結菜も攻撃されて失神した。


「ウラドさん、どうして……どうして!!」


 ひろとが突撃するが、ウラドは余裕をもって反応している。


 そして、「死ね」と繰り出された、トドメの一撃。惜しくも、竜の右手によって阻害された。血の大剣は粉砕されて、ひろとは続けざまに、彼女の鳩尾をぶん殴る。


「今度こそ、死ね」


 が、吸血鬼に物理攻撃は通じない。

 彼女の血の肉体は、するりとひろとの拳を受け流していく。


「かっ……!」


 そして、一撃。

 ひろとはウラドの左腕によって串刺しにされた。

 

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