英雄譚(23) ヒーローたちはまだ弱い。


 ひろとたちは学園を出て、目的地である寺院へと向かった。道中、アイスストームと思しき男たちの視線をひしひしと感じたが、平日の昼間ということもあって、奇襲を受けずに済んだ。


「ここで……合ってるんだよね?」

「山奥、鳥居、階段」

「たぬきさんとか、クマさんが出てきそうなの」


 カガリマップに従っていくと、手入れもされていない荒れた境内に到着した。

 昔ながらの石畳は風雨に侵食され、苔が石造りの階段を滑りやすくしている。


「ひーくん、気を付けてなの」

「うん、ありがとうユノちゃん」


 先手必勝と、ユノがひろとと腕を組んで先導する。

 ふにゅっ、ふにゅんっ……柔らかな感触が右腕に纏わり付いた。

 えへへとはにかむユノの笑顔も、ひろとには悩殺ものだ。

 ごくりと、息を呑むひろと。


 しかしこれに対抗するかのように、結菜がひろとの左腕にしがみつく。


「ひろと、危ない」

「あ、ありがとう……お姉ちゃん……」


 むぎゅむぎゅと、今度は固い質感が左腕にかけて伝う。

 結菜は「ひろと」と呟いて、耳にふーっと息を吹きかける。

 ひろとがこそばゆそうにすると、「ふふふっ」と笑む結菜姉。

 してほしいこと、何でも言って?

 そう伝えてくるお姉ちゃんに、ひろとは二度目のどきりが入る。


「「……」」


 そうして必然と始まってしまった、女の戦い。

 バチバチとにらみ合う結菜とユノを差し置いて、今度はお姉さんがひろとを背中から支える。同時に、破壊的な胸の質感が、ひろとを襲う。


「ひろとさん。危ないですよ」

「え、えと、その……」


 そう言えばと、ひろとは先日にことについて思い出す。

 結局、彼女との会話は途中で終わったままだった。

 リリアスさんにお説教じみた真似をしてしまったことに、ひろとは少なくない罪悪感を覚えている。


「大丈夫ですよ、ひろとさん。こんなわたしにも、叱ってくれる方がいる。そう分かっただけで、本当に、救われましたから」


 リリアスがそっと囁き、ひろとは驚いたように顔を向ける。


「……っ」


 リリアスは、生まれて初めての微笑みを浮かべていた。

 まなじりを細くして、わずかに口角をつり上げた、慎ましい微笑。

 その大人な表情に、ひろとは思わずどきりとする。


「ひろと?」

「ひーくん?」

「な、なんでもないよ、ユノちゃん、結菜お姉ちゃん!」


 しかし二人に咎められて、ひろとは慌てて階段を上る。

 朽ちた鳥居をくぐると、雑草に占拠された境内に到着した。


 寺の周辺には住人らしき姿も見当たらない。かつてここに暮らしていた人々はどこへ去ったのだろうか。空気は寂寥感に満ち、風が寺の破損した窓から吹き込んでくる。傍らには鐘楼台がそびえ、古びた鐘は風に揺れて微かな音を奏でていた。誰もが去った後も、寺はただひとり、静かに過去の面影を抱えている。


「えっと……だれか、倒れてる……いや、寝てるのかな?」


 そんなお寺の軒先の下で、グデーっと横たわっている女性。

 ひろとは呑気に観察していたが、リリアスは即座に戦闘態勢へと入る。


「反英雄……っ!」


 彼女の纏っている気は、聖気ではなく邪気である。

 しかしひろとは、あの女性が敵だとは思えず……。


「待って、リリアスさん! あの人……たしかに、反英雄だけど」

「敵意が、感じられないの」


 肩まで伸びた黒髪に入り混じった金髪と銀髪は、ぼさぼさと縦横無尽に跳ねている。肌はシルクのように白く煌めき、首と頬にはコウモリの入れ墨が入ってる。


 服装はスーツスタイルらしく、上はシャツで、下はパンツ。が、どっちもよれよれで、シャツに関しては第二ボタンまで開けている。むちむちとはみ出ているほど豊満な双丘が原因らしい。


 靴すら履いていない裸足で、やる気のなさそうな目つき。

「あー」と漏らす亡者めいた呻きにと、彼女からは生気が感じられない。


 大丈夫なのだろうか? と思ったひろとは、とことこ近寄り、


「ばくん」

「っ!!?」


 女性が、ぎゅっと握り潰すように右手を閉じた途端、ひろとは目の前が真っ暗になった。

 ……地面に、倒れてしまったのか。

 まったく頭が回らず、身体に力も入らない。極度の貧血状態だ。

 いまの一瞬で、何をされたのかも分からない。


「ひーくん!」

「あいつ、やっぱり敵!」


 ユノと結菜は一転して反撃へと転ずる。

 ユノは持ち前の拘束術を発揮し、結菜は豊穣の草木を呼び起こす。


「ばっくばくん」


 だがこの二人も、瞬く間に貧血状態に陥りダウンしてしまった。

 ……血だ。

 ひろとと、ユノと、結菜の身体から、血液が吸い取られている。

 外傷もなしに、血だけを抜き取る力――吸血鬼だ。


「最も古い吸血鬼と呼ばれた反英雄――ウラド・ツェペシュ、その担い手か」


 アレは吸血鬼伝承のモデルとなった、古の反英雄のひとり。

 リリアスは冷静に相手の本質を見切り、先んじて距離を取った。

 きっとあの異能は、《一定距離内にいる対象だけを吸血する》はず。

 ならば一旦距離を開けて、遠距離攻撃での迎撃に出る。


「まともなのは、一人だけか」

「っ!!?」


 が、吸血鬼はぬるりとリリアスの背後を取っていた。


「く……っ!」


 すかさず杖槍を振り回して、背後を薙ぎ払うリリアス。


「ばかなっ!?」


 あろうことか、杖槍は【吸血鬼の身体を貫通して】、ノーダメージに終わった。


 全身が、血で出来ている?

 そんなバカな――。


「ばくん」


 戦闘開始からわずか八秒、ひろとたちは壊滅した。

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