英雄譚(22) ヒーローは強化合宿に出ます。


「うん、うん。随分と奇妙な器だとは思っていたよ。ひろとくん……やはり君は、半人半霊だったんだね」


 翌日の放課後。

 学園長室に行くと、カガリは手のひらを返して、ひろとを出迎えている。

 周りには仲間のお姉さんたちも集まっていて、皆、無事であったようだ。

 腕や足に包帯を巻いていたりするだけで、深刻なケガは見られない。


「ほんとに、気付いていたんですか?」


 彼女の手のひらドリル具合には、ひろとが、むむっと不満気だ。


「英雄と人間の間で、聖気のパスというのは、極めて円滑に行われるものだよ。枯渇したから、裸で擦り合わせなきゃいけないなんて、そんな不便なシステムがあるはずもない。だけどね、ひろと君なら納得だ。キミは彼女で、彼女はキミなんだから」


 カガリが、ピッと指を向ける。すると空中にスクリーンが投影されて、そこには昨日の戦闘が映し出されている。


「うん、うん。彼は、【終炎の兆しデスペラード】のフリオースで、間違いないかな」

「どういうことなんですか? どうして別組織のリーダーが、ボクたちを……」


「共闘と見た方が、いいんじゃないかな。アイスストームは、連日、ひろと君を襲撃していた。けれども、想定外に、聖華学園の勢力が強かった。そこで彼らは外部組織と協力して、ひろと君たちを一網打尽しようとした。いわゆる、利害の一致ってやつかな」


 ちょうどテレビでは、昨日、都市郊外の浜辺一帯が焼き払われたことを取り上げられている。まだ海開きではなく、幸いにも死傷者はゼロと報告されている。


「カガリさんは、どうして出てこれたんですか? たしか、学園から出られない誓約が」


「うん、うん。アレは、私の【実体化】だよ」

「……フーみたいに、意識だけを具現化させたのでしょうか」


「正解かな。だから、戦闘力は皆無なわけで、彼が逃げてくれたのは、ラッキーだったとしか言えないね。【竜殺し】を渡さないためには、そうする他なかったのさ」


 けど、今度は通用しないだろう。

 フリオースは、アイスストームにクレームを叩き付けに言っただろうし、カガリがデクだということも割れているはずだ。


「デスペラードは、トイトブルクに本拠地を置く反英雄崇拝の組織。日本では、それほど大きな勢力ではありません」


 リリアスの指摘に、カガリは同意した上で、


「うん、うん。数は確かに少ないけど、質はバカにならないかな。それはリリアス君も、身をもって経験したはずだよ」


「慢心しておりました。次は倒します」


 その返答の速さからは、自信のほどが見て取れるが、フリオースは一級で、リリアスは二級。階級はひとつしか変わらないが、そこには天と地ほどの開きがある。


「アイスストームにも、一級因子がいるかな。後は二級がひとりと、三級以下が十数名。彼ら連合の主力は、三体というわけだ」


 対して聖華学園は、三級因子が二人に、二級因子が一人、英雄が一人。

 主力の数では勝っているものの、等級で見ると絶望的だ。

 やつら連合との決戦は、ひろとに懸かっているといっても過言でない。


「ひーくん。強化訓練は、どうだった?」


「えっと……それなりに、聖気は付いたと思う。でも、フリオースクラスは、まだ厳しいかもしれない」


「ひろと。もう一回、訓練する?」


 結菜が望んでいるのは、ちがう意味の訓練な気がしないでもない。


「したいところだけど……カガリさん、ボクたちに猶予は」


「ないかな。昨日の戦闘で、こちらの戦力が全て割れた。だったら、後は攻め込むだけだよ。いまさら訓練なんて、殺してくださいと言っているようなものかな」


 ……絶望的な、状況だ。仮にフリオースをどうにかして抑え込めても、アイスストームにも強力な一級因子がいる。


 一斉に襲撃されたら、打つ手がないことは明らかだ。


 それでもひろとは、「勝てない」とは思えなかった。


「ボクが、倒します」


 ありありと、決意の見て取れる一言だった。


「本当に面白いね、ひろと君は」カガリも、彼の意思は否定しないまま、「けれど、現実を分析することも、英雄には必要かな。ひろと君の右手は、ほぼ無敵と言えるほど強い。でも、たった右手だ。夢を掴むには小さすぎる」


 ひろとにも、それは分かっていることだ。

 だからたとえ時間が無くても、すこしでも強くならなければならない。


「特訓しては、いかがでしょうか。聖華学園の中でなら、連中も手出しできません」


 リリアスの意見は合理的に思えたが、カガリはそれが悪手だと知っている。


「それが一番マズイ手かな。よくよく、思い返してみなよ。相手は面倒だという理由で、一帯を焼け野原にするような大悪党だよ。籠城なんてしようものなら、無関係な人まで巻き込まれかねない。正直、いまも学園にはいて欲しくないかな」


「休暇を頂けませんか。決着するまで、ボクは学校を休みます」

「うん、うん。英雄らしい英断だね」


 とんとん拍子で進んでいく会話には、結菜も、ユノも、リリアスも納得できず、


「カガリさん。それは、えっと」

「すこし、残酷だと思うの。出た瞬間に、ひーくんが襲われちゃったら……」

「カガリさん。何卒、ご助力いただけませんか」


 こうなることは、分かっていた。しかしひろとに考えを改めるつもりはなさそうだし、他に打つ手がないことも事実。犠牲者が増える前に、死ぬならさっさと死んでもらった方が人類のためだが、ジークフリートが悪の手に渡ることもマイナス過ぎる。

それらを考慮すると、カガリの頭にはひとつの選択肢しかなかった。


「うん、うん。あまり、貸しを作りたくはないんだけど、仕様がないかな」


 カガリは、スマホで通話を掛けると、「一週間、三人と一体、七〇〇万」すごい省略の要件を伝え、プツっと切った。


「これからキミたちには、強化合宿に取り組んでもらうよ。期間は一週間で、場所は都市郊外にある秘境。指導員は、腐れ縁の怪物かな」


「ええっと、でも、ボクたちと一緒にいると、巻き込まれちゃうんじゃ――」

「巻き込まれてもいい人材さ。場所も田舎で、ここにいるよりかはずっといい」


 ピコンと四人のスマホに通知が鳴る。開いてみると、いつの間にか四人のSNSグループができている。これもカガリによるものだろうか? グループチャットには、目的地の詳細が記されている。


「まずひとつ、学園から出たら、人目に付く場所を歩くこと。キミたちの行き先が分かれば、連中だって無差別な攻撃はしない。二つ、合宿は安全を保障するものではないこと。三つ、私の顔に泥を塗らないこと。いいね?」


 三人と一体は、お互いに顔を合わせてから、カガリに笑顔で向き直った。


『ありがとうございます!』

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