英雄譚(21) ヒーローが死に戻った場所で。


「ここが、運命の場所ね」


 深夜の博物館で、二人は初日に出会った場所へと訪れていた。


 博物館の収蔵室には、まだひろとの血痕が残っていて、警察官が立ち寄ったであろう、キープアウトのテープやチョークラインが散見される。


「あの日、ヒロはわたしと契約した。英雄となったヒロは、瞬時に傷を回復して、瀕死の状態から、復活する【はずだった】」


 ひろとも、その時のことはよく覚えている。

 死んだと思ったのに、彼女の声が聞こえて、気が付いたら家にいた。

 傷も癒えていて、事なきを得た……はずだった。


「ダメだったの。わたしは最短で準備を済ませたのだけれど、契約を結ぶコンマ一秒に、【ヒロは死んでしまったの】。いくら英雄でも、死者と契約は交わせない。ただちに契約は破棄されて、ヒロは死にゆく運命にあった」


 とはいっても、いまも自分はこうして生きているわけで……。


 ひろとは、不思議そうに自分の身体をペタペタと触る。

 実態はある、感触もある……けれど、やっぱり脈は無かった。


「わたしたちにとって死の定義は、魂が分離すること。その器から、魂が流れ出てしまうと、契約を結べない。でも、今回は特殊だったの。ヒロの魂が、器から零れた刹那の時間。【分離しきった】とは言えない、極僅かな【虚空】が、魂と器の間に生まれた。ちょうど契約の準備が済んだのも、同じタイミングよ。だからわたしは、繋ぎとめたの。わたしの魂を半分消費することで、ヒロの虚空を埋めることができた。その結果、《魂だけが生きている器》ができた」


 ジークフリートが手のひらをかざすと、ヒロの胸部が発光した。

 銀と金。半分ずつ織り交ざった球体が、胸の内側で回転している。


「ボクは、生きているの? それとも……」


 ジークフリートはかぶりを振った。


「分からないわ。これは歴史上にない、現象だもの。あえて言うのなら……《半人半霊》。人でありながら、英雄の魂を含む稀有な存在。それが、いまのヒロよ」


 ひろとは、たしかめるように自分の身体を動かしてみる。けれど、あの竜体化以外は、特に人と変わったところがない。――それも、あくまで外見上の話だ。


 膂力や跳躍力を鑑みると、たしかに人外ではある。


「ヒロ……大丈夫?」


 普段は前向きなひろとも、どうリアクションを取っていいのかと、沈黙している。


「ごめんなさい。本当は、人間のヒロと契約するはずだったのに。人としてのヒロを、死なせてしまったわ。これは、わたしの責任よ」


「ちがうよ、それは絶対にちがう」


 ひろとは真っ向から否定して、


「ボクが死んじゃったのは、ボクのせいだ。フーが悪いなんて、あり得ない」


 しかし彼女はこの一件を、自分のことのように重く受け止めている。


「勝手なことをしたんじゃないかって、不安だったの。ヒロが、人間じゃないことにショックを受けて、こんな身体は嫌だって……ヒロの魂を繋ぎ止めたのだって、わたしの独断だもの。知らない女の魂が、半分も含まれているなんて、気味が悪いでしょう」


「それだけは、絶対にちがうよ。ボクは、どんな身体でも嬉しいと思う」


 ひろとの間髪入れない即答だった。


「ボクは、ヒーローになるんだって、夢見ていた。結局、いまも全然遠いままだけど……その夢は、死んでちゃ果たせないことだけは分かる」


「でも、ショックはあるのよね?」


「あるよ。ボクは心臓が止まってるし、学校でバレないか不安だし、色々と、受け止めきれていない部分もある。――けど」


 ガッとジークフリートの両肩を掴んでから、ひろとは真摯に訴えかける。


「ボクがこうしていられるのは、なにもかも、フーのおかげだ。気味が悪いとか、フーを恨むのは筋違いだよ。だから……本当に、ありがとう。ボクを繋ぎとめてくれて、今もボクを支えてくれて。本当の、本当に、ありがとう」


 ジークフリートは瞳を閉ざしながら、沁みるように聞き入っている。


「フー、大丈夫!!?」


 思わずくらりと倒れかけたところを、ひろとが支えた。

 ジークフリートも意想外だったのか、ハッと驚いた顔をしている。


「ごめんなさい。よほど、緊張していたみたいね」

「気にしないで、英雄は謝らないんでしょ?」


「そうだったわね。……ヒロが、初めての契約者だったから。思っていた以上に、不安を抱えていたみたいね。立ち眩みなんて、数百年ぶりよ」


 二人が密接に触れ合っていると、回路パスが出来て、淡い光が灯り始める。

 これも、二人が深く繋がっている証拠なんだろう。


「フーの言う【同調】って……ほんとうに、ボクたちは一緒だったんだね」


「ええ、一心同体だもの。その分、器と魂で差分が発生しているはず。ヒロが本領を発揮できないのは、それが原因よ。動かない心臓に、まだ認識できてないわたしの魂。慣れるまでに、どうしても時間が掛かってしまうの」


「もっと、早く適応する方法はあるの?」

「それは……」


 ジークフリートは、躊躇いを捨てるように頭を振る。

 ほんのりと頬を桜色に染めて、ジィっと、ひろとに色のある視線を送る。


「もっと……わたしのことを、見て、聞いて、感じなさい」


 ひろとは首肯した。


「分かった。これからもよろしくね、フー」

「ええ……ありがとう、ヒロ」




 ――――――――

 作者のあとがき。


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