英雄譚(18) ヒーローに降り掛かる試練。


「ク、ソ……」


 どれだけ意識を失っていただろうか。

 ひろとは目が覚めると、辺りが灼熱に覆われていることに気が付いた。

 砂浜の上で、舞い踊る炎の旋風。轟々と燃え盛る、紅蓮の柱。

 体調は最悪で、皮膚にはジンジンと突き刺すような痛みがある。

 しかしそんな地獄の中でも、倒れているわけにはいかなかった。


「っ……ユノちゃん、結心お姉ちゃん、リリアスさん!!!」


 仲間たちが、倒れている。

 幸いにも意識はあるようだが、ひろと同様、火傷や裂傷が見られる。

 放置しておけば、無事では済まないだろう。


「うぉィ! 次々と雑魚ばっかきやがって、ろくに釣れやしねぇじゃねえかァ!!? ジークフリートっつうのは、どいつなんだァ!?」


 遠くの方では、フリオースがスマホに怒声を飛ばしている。


「あァ、ガキだとォ!? どいつもこいつも、ガキじゃねえか! チッ、切りやがった……まあいい。分かんねえのなら、全員ぶっ殺しゃあ、済む話だよなァ!?」


 フリオースは、ザッザッと、砂を蹴散らしながら近寄ってきて、


「ボクだ。ボクが……ジークフリートだ」


 せっかく名乗り出ても、フリオースは「ぁ?」と目を皿にしている。


「笑えねェぞ、ガキ」

「ウソじゃない。キミたちの欲しい力が、これなんだろ」


 ひろとは、右手にジークフリートの篭手を纏う。

 それが本物だと分かったからこそ、フリオースは高笑いが止まらなかった。


「ゲァハハハハハハハハハハッ! おいおィ、英雄さまの慧眼は、どうなってンだァ!? こんな道端に落ちてる犬のクソみてェに無価値なゴミが、どうして抜擢されてンだよ!?」


「何とでも言え。ボクは、お前を倒してみんなを守る」


 フリオースはピタッと笑いを止めて、穴が開くほどひろとを見つめている。

 また、なにか仕掛けてくるつもりか?

 彼の脅威を見て取ったひろとが、先に殴り掛かろうとするも、


「っ……視界、が――」


 ボワッと炎の渦によって、視界が遮られる。ひろとは腕で顔を覆うも、その一瞬の隙が戦場においてどれだけ致命傷になるのか知り得ていない。


「ぐっ! ……あ、がぁっ!!?」


 ズグンッと、肉を抉るような悲惨な音が鳴った。


「遅ェ。判断も、覚悟も、分析も、行動も、何もかもが遅過ぎる」


 フリオースの右腕が、ひろとの胸郭にざっくりと突き刺さっている。


 彼がどんな狙いで、何をもぎ取ろうとしているのかは、ひろとにも分かって、


「あァそうだろうよ、痛ェよなァ!? 魂を分離するっつうのはよ、生きたまま臓物を摘出されんのと同じくらい痛ェ! てめェには、そういう顔がお似合いだぜェ、贋作ァ!」


 ひろとはありったけの力で、フリオースの右腕を制止させている。

 もしも魂をぶち抜かれてしまったら、英雄の力も全て失ってしまう。


 そんな一心で必死の抵抗を続けているのだが、まるでこれは全神経を直に触られているような苦痛で、耐えきれぬあまり目鼻口から多量の体液が溢れてくる。身体は、みっともなくぶるぶると震え上がり、死を感じ取った生理現象で、性器は無意識のうちに射精した。


 自分の中にあった僅かなプライドも、チェーンソーでズタズタに切り裂かれるような、生涯最大の屈辱。


 だが幸いにも、抵抗の有無にかかわらず、この場でひろとは【分離】できない。


「あァ? ……おいおいおィ! まじで、本物サマじゃねえかァ!?」


 フリオースがひろとの胸から引きずり出したのは、遺物――バルムンクの柄。

 魂を引きずり出そうとしても、契約者は因子と違い、無理やりにはできない。


「こいッつァ、【儀式】じゃねえと分離できねえが……生きてなくとも、儀式は可能だ。手足を一本ずつもぎ取って、一つずつ歯と目玉を毟って、超安心安全に運んでやらァ!」


 フリオースはひろとを突き飛ばして、劫火の剣を顕現させた。

 さあさあ、いざ二二世紀風、反英雄による拷問の幕開け――といったとこで、


「なっ……ウソ、だろ。てめェ、は……」


 男の驚愕をよく味わうように、少女はこくこくと頷いている。


「うん、うん。ギリギリ、間に合ったと言えるかな?」


 二人の間に割って入っているのは、ひろとたちの学園長だ。


「おィ……聞いてねェぞ!!? どうして【楔の大英霊】がここにいる!? てめェは、学園に引きこもってるって話じゃあ!!?」


「うん、うん。ジークフリートは、稀代の大英雄だよ? その契約者である彼に、護衛が付かないはずがないかな?」


 フリオースは、カガリから大きく距離を取った。


「逃げ得だなァ。通りで、虫がいい話だと思ったぜ」


 火炎のポータルに入って、男はさっさとその場から離脱。


「ひろと君」


 意識が朦朧としているひろとに、カガリは告げた。


「大敗だね。やっぱり、君は英雄になれない」

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