英雄譚(19) ヒーローは彼女の過去を見る。


 これまでの記憶が、コマ送りにされていくような、数奇な世界にひろとはいた。

 不思議な感覚だ。

 身体がふわふわと浮遊していて、目を閉じているのに、どんな世界なのか分かる。

 何より奇妙なのが、自分の記憶に、知らない誰かの過去が混ざっていること。


『ごめんなさい』


 記憶の中――小さな少女に科された最初の試練は、孤軍奮闘だった。

 まだ一二歳に過ぎない彼女は、英雄に至る命運にあった。小さな体躯で、至宝の大剣を振り翳し、幾千もの敵勢を打ち払う。


 味方はいない。「どうしてこんなやつと」と、戦線離脱してしまった。


『ごめんなさい』


 若かりし頃の彼女は、まだ、命の選別を知らない。祖国のために、彼ら、カルンヘルの敵兵を殺すしかなかった。闘争に臨むアイテルフタの高原は、今や無数の屍に覆われて、ただ一人佇む少女は、生気を失ったかのように崩れ落ちる。


 守りたかった命の行方は、どこへ潰えたのか、もう分からない。


 されどこの犠牲で、祖国と民草は守られた。

 人々は安堵し、安寧と幸福を過ごすことができるだろう。


『ごめんなさい』


 しかし街に帰った少女に待っていたのは、謂れのない中傷と、石の雨だった。


『ハッ、バカも休み休み言え! そんな身体で、敵軍を全て打ち取っただと!!?』

『悪魔よ! 彼女には、悪魔が付いているに違いないわ!』

『悪魔の使いめ! 二度と、その気持ちの悪い面を見せるなァ!!』


 誰も彼も、少女の功績を認めようとしないどころか、忌み嫌い、迫害した。石が少女の額にあたり、血が流れた。数々の罵倒で、胸に洞が空いた気持ちになった。


 それでも、折れるわけにはいかない。

 自分が戦わなければ、祖国と彼らは、滅びゆく定めにあるのだから。


『……』


 二度目に敵勢を葬った時には、少女は、謝罪も涙も流さなくなっていた。

 決して慣れたのではない。ただ、人らしい生き方を諦めただけだ。


「――ヒロ、ヒロ!」


 どこかからか、声が聞こえてくる。夢の中で見た少女と、同じ声の。

 朧な意識の中で、ひろとはジークフリートが涙ぐんでいるところを見た。

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