英雄譚(13) ヒーローはシスターも導きます。


「男の子への高感度を上げる方法。1.手をつなぐ。2.褒める。3.ゲロチュウ」


 観覧車に揺られながら、ユノは啓示書を読み上げている。


「……3は、ちょっと、違うんじゃないかな」


 ひろとは引き攣った笑みで返すが、ユノは、「んぅ?」と不思議そうな様子。


「最近は、流行ってるらしいの」

「どこで?」

「アニメとか、漫画とか、歌でも聞くの」

「お願いだから、その啓示書をすこしは疑った方がいいと思うよ」

「のーえん。天使さまは、ぜったいなの。間違っているはずがないの」


 ダメだこりゃ……。

 そもそもこの啓示は、いったいだれが書いているのか。ユノは予言と言っていたけど、どうやら天使さまというのは悪辣な趣味があるらしい。


「むっ……ひーくんを犯せって、出てきたの」

「ボクの思考が読み取られている!!?」

「ひーくん、犯すの」

「落ち着いて、ユノちゃん。それは啓示じゃなくて、悪魔のささやきだよ」

「むっ……そうなの?」

「うんうん、だからボクのズボンに手をひっかけるのはやめよっか?」

「たしかに、大きくなってないの……」

「いや、そういう問題じゃ……」


 観覧車を終えた後は、遊園地内を散策。平日の夜なのに、どこもかしこも人だかりができている。今日は週末だからだろうか?


 とりあえずは、休めそうな場所を探すことに。


「あぷれり……ホテルがないの。これじゃあ、ひーくんの種をもらえないの」


 危ないことに、彼女はもうすでにその気である。


「ねぇ、ユノちゃんはボクに対して、どういうイメージを持ってるの? 誰にでも、そういうことを言っちゃ危険なんだからね」


「ひーくん、心配してくれてるの?」

「当然だよ。というか、ボクにだけ警戒心が無さすぎると思う……」

「英雄さまに、選定された人間。ひーくんは、善人に違いないの」

「……だから、安心ってこと?」


「それにね、英雄さまの子孫は、必ずその資格を受け継ぐの。英雄さまの子は、英雄なの」


 なるほど、力あるところに異性が集まるのは、どの時代も必然であるらしい。

 とはいっても、自分はそれほど色を好む性格でもなく、


「気に掛けてくれるのは、嬉しいことだよ。でもそういうのは、段階を踏まえてからじゃないかな。もっと、お互いのことを知るとか……」


「ひーくんは、ユノのことが知りたい? ユノが、気になる?」

「ええっと……」


 これは、返答に困ったぞ。

 答え方次第じゃあ、フーにまた、癇癪を起こされる気がする……。


『ふんだ……しないわよ、失礼ね』


 この声も、いまは聞こえないフリをした方がいいだろう。


「あっ! ここで一旦、休憩にしない?」

「ひーくんとなら、どこだっていいの」


 ひろとは近くのスロープにベンチを見つけた。

 二人仲良く腰を下ろしながら、売店で買ったチュロスをもぐもぐしている。


「ここ」


 ユノは、スマホでとある駅のトイレを表示させる。

 そんな奇妙なものを見せつけられても……と、ひろとは困惑顔だ。


「ここって……トイレ、だよね」

「そう。ここが、ユノが産まれた場所なの」

「……え?」


 ひろとの手にあったチュロスが、こつんと地面に落下した。


 ……あり得ない。生まれた場所って、どういう意味なの?


 そんなひろとの動揺にも気付けないまま、少女は真顔のまま語っていく。


「ユノはね、教会に引き取ってもらったの。だからユノには、お父さんもお母さんもいないの」


「……」


 その事実もすごいことだが、なによりもすごいのは、ユノが顔色ひとつ変えてないこと。

 少しくらい悲しんだり、怒ったりしたらどうなんだろうか。

 思えばこれまでに、ユノの真顔以外の表情を見たことがない。


「ユノには、何も分からなかったの。だれも、教えてくれる人がいなかったから。でもある日、啓示者さんがこれを持ってきてくれたの。啓示書に従えば、救われる。天使さまの因子も授かって……ユノは、とっても救われたの」


 邪推はあまりしたくないけど、だから彼女は、ボクと繋がろうとしてるのだろう。


 今年で一四歳のユノは、きっと愛の意味も知らない。笑ったり泣いたりすることも知らないんだ。だから頼れる英雄さまを、求めているのかもしれない。


「でも、なんだか、不安になる時があるの。啓示書があるはずなのに、なにか、足りない気がしてて。……ねぇ。ひーくんは、ユノになにが足りないと思う?」


「えぇっと、それは……」


 困った。これは、とんでもない爆弾だぞ。

 変な回答をすれば、ユノとの関係が破綻し兼ねないし、逆にキマリすぎた返しをすれば、超音速でユノちゃんルートへと突入し兼ねない。


 なんなんだ、これは、どこのギャルゲーなんだ!!?


 ぐおおおおぉと悶絶するひろとだったが、最終的な答えは変わらなかった。

 そもそも自分は、建前やお世辞みたいなのは嫌いだ。

 ただ心の中で思ってることを、そのまま伝えるだけ。


「ボクだって、なにも分からないよ。今だって不安になることもあるし、足りてないものばかりだ。だけど、分からないことを怖がってても、仕方ないよね。嫌でも明日は来るんだし、だったら、楽しんだ方がいいんだと思う。明日は、なにがあるのかなって。ボクもずっと孤独だったから、少しでも良い未来を掴みたいんだ」


 おそらくそれは、特別な回答ではない。

 悩みまくった中学生くらいの子なら、誰しもが考えうる、ありきたりな結論。

 けれどユノには、飾り気のないストレートなひろとが、きらきらと輝いて見えた。


「ありがとう、ひーくん」


 その時、生まれて初めて、ユノは笑った。


「……っ」


 不意打ちをくらったように、ひろとは思わず息をのんだ。


「どうしたの、ひーくん?」


 直ぐに真顔へと戻ったユノは、自分の異変にも気付けていない。


「ううん……そろそろ、行こう。すっかり暗くなっちゃったし」

「ホテルは、あっちだよ?」


 せっかくの雰囲気が、いつものユノ節で台無しだった。


「い、い、か、ら! ほら、行くよ!」

「強引なのも、嫌いじゃないの……」

「どうしてそこで照れてるのーっ!」


 まだ中二のひろとだが、子守をする気持ちが分かったような気がした。

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