英雄譚(12) ヒーローはお姉さんをとっかえひっかえ。


「うん、うん。ひろと君なら、朗報を持ってきてくれるって信じていたよ」


 翌日の放課後。


 カガリは、いけしゃあしゃあと手のひらを返している。昨日の別れ際に見せた、ゴミを蔑視するような目つきではなく、宝物を見つけた光りある眼差しだ。


「かつて大英雄は、竜を殺した際に、竜血を浴びた。それによって、彼女は竜の力を獲得した。それが、この【竜体化ドラゴニック】。伝承に基づくなら、その身体は星をも砕き、天を割る。それくらい破格の代物だってことさ」


 ひろとは右手を竜体化させているが、数秒と経たない内に元に戻ってしまった。

 ほんの少しの間だけでも、意識を持っていかれそうになったのだ。


「聖気が、まだまだ足りていないようです」


 リリアス先生が、よろめいたひろとを胸で受け止めた。


「先生……ボクは、こんな状態で戦えるのでしょうか」


「現状では、厳しいですね。しかし、こればかりは仕方ありません。運動と同じで、使っていないと聖気はついていきませんから。すこしずつ鍛えて、聖気のキャパシティを高めていきましょう」


 パチンっと、カガリは何か思いついたかのように指を鳴らして、


「うん、うん。これから、ひろとくんの強化訓練だ」


 おおおぉっと一同は声を上げているが、ひろとは嫌な予感しかしなかった。


「えっ……あ、あの! そんな余裕は、あるんでしょうか。ボクたちっていま、けっこう危ない状態にあるんじゃ……」


「むーぺる。危ないからこそ、鍛えるの」

「弟、強くなる。お姉ちゃん、とっても嬉しい」


 ノリノリなユノと結菜からして、やはりこれはどこか怪しいようで、


「いやでも、強化訓練中に襲撃されるとかは……」


「うん、うん。もちろん、その想定かな。大丈夫だよ、訓練の内容はひろとくんが思っているよりも、ちゃんとしたものだ」


「……その内容は?」


「これから三日間、ひろと君には、ひとりずつデートをしてもらう」


 ひろとは、年代物のパソコンみたいにフリーズした。

 ……となりのジークフリートさんは、ムスっと腕を組んだまま突っ立っている。


「どこがちゃんとしているのか、聞いてもいいですか……」


 するとカガリは、心底意外そうな顔をして、


「本当に、大変なものだよ? デートといっても、それは息抜きじゃなくて訓練なんだ。いつ、どこで、だれに襲われるか分からない。緊急時には、咄嗟の英雄化も必要だ。一日中、聖気を張り巡らせる必要があるからね。瞬発力と持久力が、改善される」


 たしかに、ニ四時間態勢で集中し続けるというのは、かなり過酷な訓練だろう。


「デートは、何時までですか?」

「そうだね……スタートから寝付くまで。起きたら、担当を交代かな」

「でもボクたちは、住んでいるところが……」


「うん、うん、親御さんに許可は取っているかな。ひろと君、今日はユノちゃんの教会に泊まりなよ。明日は結菜ちゃんのお家、最後はリリアスちゃんだ」


 ピキリとこめかみに怒りを籠めているのは、彼専属の英雄さまだ。


「ちょっと、いいかしら」


「うん? 三日間に渡る、七二時間の強化合宿だ。なかなか、訓練としては的確だと」


「これは、貞操の危機なのよ! あなたたちに、ヒロを渡すつもりはないわ!」

「っ!? ちょっ――えっと、フー!?」


 彼女は、ふんと腰に手をあてがった。


「なにかしら?」

「そんな……えっと、さすがにそこまでのことは、されないんじゃ……」


 ジークフリートは、分からずやな彼にカチンときていた。


「なに? それとも、ヒロは『そういうコト』がお望みなのかしら」

「ちっ、ちが! ボクはただ、フーの思い込みがどうなのかなって!」

「それじゃあ、彼女たちに流されないって約束できる?」

「できるよ! ヒーローは、高潔でなきゃいけないんだし!」

「昨日、あれだけわたしの裸を、見ていたのに?」

「うっ……」

「視線は、ドコにいっていたのかしらね?」

「ううっ……!」

「触ってみた感想は、どうだった? 思っていたより、柔らかかったんじゃ――」

「悪かったです! ボクが悪かったから、もうやめてくださいぃ!」


 ひろとが昨日の淫らな記憶を排除しようと、ぐがああと頭をかきむしっている。

 むしろあの状態でまったく意識しないというのは、無理なのではないか。

 とにもかくにも憂さ晴らしできたようで、英雄さまのご機嫌はマシになった。


「ちゃんと警戒するんだよ、ひろと君? アイスストームが欲しているのは、君なんだから。うかうかしていると、大切な彼女を奪われちゃうかな」


 アイスストーム……そうだ、結局、昨日はどうなったんだろう?


「昨日の敵は、どうしたんですか。たしか一二人いたと思いますけど……」


 カガリは、パサリと日報を放り投げた。


《大量逮捕 聖華学院への不法侵入 動機不明 学生時代を懐かしんだ犯行か》


 昨日、戦った場所に行くと、そこにはマーキングチョークや、キープアウトのテープが。


 外にはパトカーも停まっていて、聞き込みも行われている様子。


「彼らの因子は、取り除いたからね。ただの人間として、お巡りさんに御用かな」

「因子って、取り除けるんですか?」

「契約者もそうだよ。因子なら力づくで、契約者なら儀式で取り除ける」


 カガリは右手をグイグイと、ドアノブを捻るように回して、


「因子の場合……人間の魂と、英雄の魂を、分離させるんだ。強制的に引っぺがすことで人間は元の魂に戻る。でも、これはね? とぉ~っても痛いから、死ぬ方がまだマシだよ。心臓を、生きたままぶち抜かれるようなものだからね」


もしもあの時、リリアス先生に助けてもらえなかったら……。

そう思うだけで、ひろとの顔は、さあっと血の気が引いていった。


「結局、敵の拠点も不明なままかな。彼らは全員、下っ端の下っ端。どれだけ痛めつけても、吐ける情報もなかったかな」


「ボクたちの戦いは、始まったばかりだということですね」


 カガリは、「よく分かっているね」と、同意して、


「ゲームの開始さ。私の学園に籠城するより、外に出た方が魚は釣れる。今度はそこそこの駒を投入してくるだろうね。ひろと君が連れ去られるか、敵勢をぶちのめして居場所を割るか、ひろと君の貞操がなくなるか。一世一代の、大博打といこう」


 カガリの号令によって、ひろとたちは解散した。


 まずは初日――ユノとひろとのデート作戦。敵が釣れればいいし、釣れなくてもひろとの強化訓練となる。待ったはない、一回ミスったらゲームオーバーのクソゲーだ。


 本来ならこの作戦に、緊張感をもって臨むべきなのだが……。

「ひーくん、ひーくん」

「……どうしたの、ユノちゃん」

「どうしたら、ユノと交尾してくれる? ユノ、英雄さまの種が欲しいの」

「……(焦)」

 デート開始から五分、ひろとに降り掛かる災難は、まだまだ続きそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る