英雄譚(9) ヒーローは変身すると全裸になる模様。


 前方には、正面口を突っ切って駆け抜けてくる青ローブたちの姿が。


 剣に槍や斧など、それぞれが氷の得物を手にしていて、パキパキと大気を凍らせるほどの冷気を纏っている。アレにバッサリやられたら、タダでは済まないだろう。


『ヒロ、落ち着きなさい。あなたが、全てを倒す必要はないのよ』


 走行中のひろとの隣で、ジークフリートはぷかぷか浮かんでいる。

 戦闘の邪魔にならないようにと、身体を霊体化させている。


「だけど、足は引っ張りたくない」

『力の使い方は、分かる?』

「うっ……それは……」


『英雄に求められるのは、確固たる気概よ。何かを成し遂げたい、誰かを守りたい。トラックから子供たちを守った時のように、強靭な決意を持ちなさい』


 できれば、是非ともそうしたいものだ。

 けれどあの時は、目の前にいくつもの命が懸かっていて、必死だった。

 頭で考えるというよりも、本能からきた咄嗟の行動。

 アレを自分で制御して、自由に使うというのは、極めて難しい。


「何事も、最初が肝心ですよ。まずは、私たちの戦い方を見ていてください」


 リリアス先生に呼び止められて、ひろとはその場で見守ることに。

 前方では、結菜とユノが、敵勢の迎撃に当たっている。


「結菜さんの因子は、【豊穣の戦乙女フレイア】。彼女は、どんな場所でも、テリトリーを形成することができます。その草木もまた、【豊穣の因子】を宿しています」


 緑と黒のオーラが、結菜の総身から溢れ出し、無数の蔦、枝、草、花、根がビキビキと地盤を割って姿を見せる。彼女のポニーテールも草木のように長く伸びて、全身には、花草だけを纏っている。


「あ、あのっ、リリアス先生……変身するときは、やっぱり」


「はい。英雄化にあたって、衣服も英雄が着用していたものに変換されます。一瞬だけ無防備な姿となってしまいますが、心配はありませんよ」


「……っ」


 変身する時、結菜の一糸纏わぬ姿が露わとなった。

 英雄化にあたって、服装が変わるからだろう。

 お腹も手足も細いのに、胸には重力を感じさせない見事な凸が立っていた。体積は大きいのに、輪は小さい。その絶妙なバランスは、芸術品の域を感じさせる。


「【豊穣の御使い】自然物を強化する力。彼女の聖気からして、三級因子といったところかしら。それでも、豊穣の因子を侮ることはできないわね」


 ジークフリートの見立て通り、アイスストームの男たちは苦戦を強いられている。


 男は「ええぃ、こんなもの!」と、迫り来る蔦を氷の剣で斬り払おうとした。


「なにぃっ!!?」


 だが、むしろ蔦に剣が弾かれ、男の身体は自然の猛威に呑み込まれていく。


「えーおす。啓示はぜったい。あなたたちじゃ、ユノには届かないの」


 ユノも変身を果たし、ひろとの瞳には彼女のありのままの姿が映し出される。

 マシュマロのようにふわふわとした双丘を揺らしながらの英雄化。ウエストは細いのにムチムチで、太腿にも豊かな弾力を感じさせる。


 腰まであった白髪は、ぞろぞろと毛量を増やして、まるで翼のように左右へと広がる。紫色のインナーカラーは光を放って、生き物のように蠢いている。

 頭上に現れた黄金の輪っかは、まさしく天使のそれだ。


「クソッ……なんだこれはぁ!?」

「動けん! 動けんぞ!!?」


 ユノが右手をギュっと固めた途端、男たちはバチバチと紫電に侵され始めた。


「アレは、【絶対拘束】ね。かつて大天使サンダルフォンは、裁きの雷で、罪人を捕らえていたのよ。彼女も三級だそうだけど、格下相手なら、脱出はまず不可能ね」


 あっという間に、前衛の七体が制圧された。

 残るは五体の男たちだが、「こんな話、聞いていないぞ!」とたじろいでいる。


「後は、私が引き受けます」


 リリアス先生も英雄化したが、あいにくと先生はひろとが見る寸前に英雄化を終えてしまう。


 服装は、魔法使いの大きな帽子に、白と金で編まれた清澄なローブ。

 杖と槍が一体化したような得物を右手に携えている。


「魔法戦士オイフェは、最強の英雄と呼ばれていたわ。ただの魔法戦士なら、そこまでの名声は勝ち取れなかったでしょうね。けれど、彼女の真骨頂は――」


 リリアス先生は、杖槍じょうそうをビリヤードのキューみたいに、深く狙いを定める。

 そして、ダッ! と地を蹴る音が聞こえた瞬間、


聖なる一撃グロリア!」


 残像だけが取り残されるほどの速さで、先生は男たちを通り過ぎ去っていた。


「が、は……っ!!?」


 時間差で、一斉に倒れ込む男達。

 彼らのみぞおちには、目にもとまらぬ速さで杖槍の切っ先が叩き込まれたのだ。

 これにて、再起不能となった男たち。

 いざ蓋を開けてみれば、圧倒的な実力差だった。


「【近接特化の魔法】。それは、技を磨き過ぎたがあまり、【魔法】と呼ばれたの。彼女の技力は、異なる次元に到達しているわ」


 すごい――みんな本当に、凄すぎる。

 努力すれば……ボクも、彼女たちのようになれるのだろうか?


 ひろとは、現状に悲観はしていない。それでも自分と彼女たちとで、圧倒的な開きは、まざまざと感じ取っている。


「先生も、契約者なのですか?」


 リリアス先生は、ひろとの前で英雄化を解除する。


「なあっ!!?」


 すると先生のとんでもないバストがむき出しとなった。まさか、英雄化を解除した時にも全裸になるなんて……。


 その大きさは国宝級で、輪も適度な大きさで調和を保っている。これだけ視界を覆い尽くすほどの貫録を備えているというのに、まったく垂れていないのだから不思議だ。その大調和は、もはや神秘の領域にすら君臨している。


「どうしましたか、ひろとさん?」


 ひろとはたじろいでいるものの、先生は何とも思っていない顔だ。

 直ぐに元の服装へと戻り、平然と話し掛けている。


「い、いえっ……その、先生も契約者なのですか?」


「いいえ、私は、二級因子に過ぎません。心配なさらずとも、ひろとさんの方がポテンシャルは上ですよ。ひろとさんは因子ではなく、【英雄そのもの】なのですから」


 とは言っても、今のところは大した活躍もできていないわけで……。

 観戦は大切だ。けれど、これをどう生かしていいのかが分からない。


「ヒロは、深く考えすぎなのよ。本心をさらけ出せば、すぐに使えるようになるわ」


 ふわりと、真上から着地してきたのは、あの学園長さん。


「うん、うん。みんな、本当にお見事だったね」


 あえて『みんな』と表現したのは、皮肉なのか慰めなのか。

 どちらにせよ、ひろとは申し訳なさそうに視線を逸らしている。


「ああ、落ち込むことはないかな。初陣なんて、みんなそんなもんだし、私も期待はしていたんだけど、現実は優しくないからね」


「すみません。せっかく、招いていただいたのに」

「キミは、契約者が英雄になれる条件を知っているね?」

「ええっと……使命をもって、臨むこと。それは覚悟だとか、信念だとか……」


「そういった決意が【魂】を崇高なものにしていくんだ。なのに、キミは未だに、覚悟の意味も分かっていない。ただの子供が、ジークフリートになれるわけがないよ」


 バッサリと、これまでの全てを一刀両断するような酷評だった。


「理解しています……このままじゃ、ダメなんだってことは」


理解わかってないよ。私からすると、キミはただの、ヘタレかな。初戦だとは言うけどね、キミは【大英雄】に見込まれたんだ。その片鱗くらいは見せてもらわないと」


「……すみませんでした。本当に、不甲斐ない結果で」


 カガリはやれやれと、見限ったように視線を外した。


「どこの世界に、謝る英雄がいるのかな」

「いやっ……でも何もできなかったことは、本当で……」

「ソレだよ。キミは何もかも、理由ありきだ」


 カガリは、天上を眺めながら、星々にうっとりと恍惚しながら、世間話でもしているように、どうでもよさそうに独り言を続ける。


「だから、でも、だって、いまは……星々や英雄が、そんなくだらない事情に、感化されると思うのかい? 彼らは……【そこに在る】んだ。ただ生まれ持った才覚を、本能に刻み込まれた使命で果たすだけ。唯一無二の、揺るぎない信念。そうでなくても、せめて狂人クラスの精神強度タフネスさが必要。けれどキミには、そのどちらもありはしない」


 ジークフリートは、実体化して口を開いた。


「わたしが認めた彼なのよ。それは、わたしへの侮辱と同義だわ」


 彼女が相手ならば話は別か。

 カガリは、ゆるりとジークフリートに身体を向けて、


「正直言って、あなたほどの存在が、彼に付く意味が分からない」


「あら、【英雄】なのに、分からないだなんて。あなたの英雄こそ、見る目がないんじゃないのかしら」


 ふふっと、カガリは心底、面白そうに哄笑した。自分をバカにできる存在なんてここ数十年でいた試しもなかったし、竜殺しへまともな反論も用意できなかったからだ。


「うん、うん。それは随分と辛い指摘だね、大英雄」

「分かればいいのよ」


「けれど私には、やっぱり彼が凡人にしか見えない。それも凡人の中の凡人だ。どうしたって、大成できるとは思えないかな」


「あら……まだ、続けるつもり?」


「さすがは、石を投げられながらも、中傷されながらも、人々を守り続けた竜殺しかな。優しさの度合いが、人とは違う」


 ジークフリートは、言葉に詰まった。カガリが何を言わんとしているかを汲み取って、その通りであるとも自覚している。


「彼の本質を引き出そうともしていないんだよね。それじゃあ、ひろと君は覚醒しない。たとえ彼の心が壊れてでも、【問う】必要があると思うかな」


「……」


 一度、問答は行った。


 あの浴室で聞き出した回答はまだまだ青く、次第に成就するものだと思った。

 しかしこのままでは、ひろとが殻を破るまでには至らない。


「もう一度、よく交わしてきなよ。現状維持だと、次はないかな」


 帰路を辿る途中、ひろとはカガリに言われたことを頭の中で反復している。


 現状維持なら、次はない。

 カガリさんの見立て通り、ボクには、足りないものばかりだって分かってる。

 フーにだって、まだまだ言えてないことも多い。


 それは……単に、思い出したくもない過去だから。でもここで向き合わないと、ボクは成長できないと思う。だとしたら、ボクがやるべきことは。


「フー」


 ひろとは少しだけ口ごもった後、決心ついたように顔を上げた。


「ボクを、叩き直してほしい」

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