英雄譚(7) ヒーローはお姉ちゃんと『体育』がしたい。


「ん」


 放課後。

 ガラリと2組に入ってきた少女は、ひろとの席に行くなりそう言った。


「え、と……」


 緑と黒が入り混じったポニーテール、前髪の左右にはおさげがある。緑色の瞳はお花の模様が浮かんでいて、どこか引き込まれるような魔力を感じる。


 身長はそこそこ高め。首も腰もお尻も全体的に細いが、胸部だけは錐のように突き出ている。凛冽な目元と輪郭が、少女のクールな雰囲気にいっそう拍車を掛けている。


蓬生結菜ほうじょうゆいな


 一言だけ伝えて、結菜はトントンとひろとの肩を叩く。


「行こうって、ことなのかな……」


 たしかリリアス先生は、また放課後にと伝えていた。

 おそらくだが、結菜は先生の使いなのだろう。


「ずっと気になっていたのだけれど、この学園は本当に広いのね」


「聖華学園は、東京でも一、二を争うくらいの、敷地を持ってるんだ。高等部もあるし、校舎の数は、全部で一三。専用の棟も、多く建てられているよ」


 よく見ると、結菜の制服は、中等部が着る生徒のものじゃない。

 向かっている先も、聖華学園の高等部だ。


「結菜先輩? ここ、体育館の倉庫ですよ?」


 何も言わないまま、結菜は倉庫に入った。


「来て」、要件は端的に、ひろとが入ったあと、ガララと入り口を締め切った。

「あの……結菜、先輩?」


 二人きり(正確にはもうひとりいるのだが)になってから、明らかに結菜はおかしい。

 急に距離を縮めてきて、じぃーっと見つめたままだ。


「弟」


「……はい?」


 なに? ……え? 


 ……おとう、オトウト? どこかの外国語だったりするのかな?


「あの、すみません。先輩は、いまなんて」

「先輩? ちがう。……お姉ちゃん」

「……??」

「あたし、お姉ちゃん。ひろと、お姉ちゃん、呼ぶ」

「……」


 ああ、なるほど。

 この人はこの人で、どこか頭のネジが外れているに違いない。


「結菜先輩? ボクは一人っ子なので……姉弟は、いないと思いますけど」


 すると自称姉は、ズイと顔を近づけてきて、


「お姉ちゃん、呼ばなきゃ、ダメ」

「……でも、ボクは結菜先輩の弟では」

「一人っ子、寂しい。ずっと弟、欲しい」


 結菜は、グイとひろとを抱き寄せた。

 しかし、いきなりのことで、ひろとは大きくバランスを崩し、


「わっ――わわぁ!!?」


 結菜が、M字開脚になってひろとを受け止めた結果……。


「……っ!」


 お花の柄の、ピンク色のショーツ。

 視界いっぱいに広がるおパンツは、それはそれは、大変すばらしい景色だった。


「あっ! ご、ごめんなさい!」


 結菜はもじもじと、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、


「いいよ……お姉ちゃんと、体育、する?」

「っ!!?」


 お姉ちゃんと、体育、する。

 これほど男子おとうとの気を引く日本語が、果たして他にあっただろうか。


「いっ、いやその……いまのは、事故で!」

「体育。したくない?」


 したい。したいかしたくないかだと、全弟がしたいに決まっている。


「ま、待ってください! 結菜……お姉ちゃんの言う、体育って」


 聞いているのかいないのか、結菜は、さっそく制服を着替えていく。

 カバンの中から取り出した、体操着とショートパンツ。

 この格好だと、結菜のスレンダーぶりがいっそう強調されている。


 上から下まで細身なのに、胸にはミサイルのような凹凸があるなんて、視線がそこにいかないわけがない。その身体美を、食い入るように見つめていると、結菜はひろとの手を取って、それを自分の胸に押し付けた。


「う、うわ、うわわわわわっ!」


 一瞬で顔を真っ赤にして、目をぐるぐるとさせるひろと。

 対極的に結菜は、真顔のまま平然とひろとに胸を揉ませている。


「ねえ……お姉ちゃんのこれ、どう?」

「ど、どうって……」

「悪く、ない?」

「う、うん……その、なんというか……」

「準備運動、大事。ちゃんと、ほぐして」


 結菜的にはこのラッキースケベが、準備運動のつもりらしい。

 

「ゆ、結菜先輩!?」


 そうして結菜はひろとをマットの上に押し倒して、ほんのりと頬を染める。


「じゃあ……体育、始めよっか」

「え、えと、その……ええっと……」


 結菜がひろとに覆い被さったその瞬間、彼女を引きはがすように、とある少女が割って入る。


「ほんとうに……油断も隙も、あったもんじゃないわね」


 見かねたジークフリートさまがついに降臨した。


「うっ……竜殺しの、大英雄」


 苦しそうに、ひろとから後ずさりしているのは淫乱姉。

 ジークフリートは、場が悪そうな顔のひろとを、自分の胸に押し付けると、


「ヒロは、わたしの契約者なの。あなたにも、この意味が分かるわよね?」

「でも……ひろと、あたし、弟――」

「分かるわよね?」


 結菜は「ううっ」と言葉に詰まり、ジークフリートは嘆息をこぼす。


 やはり、竜の血を浴びた自分の影響で、契約者のひろとにも、あらゆる不運が舞い込む体質となっているらしい。

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