英雄譚(1) ヒーローへの第一歩。


《おはサメでーすぅ~! 今日も一日、サメばりましょぅ~!》


 訳の分からないVtuberの目覚ましで、ひろとは起き上がった。


「あれ? ここは、ボクの……」


 自室、ベッド、スマホに、昨日の夜セットした、Vのおはよう目覚めし。


 ひろとは確かめるように自分の身体をペタペタと触り、どこにも傷がないことに信じられず、試しに上着を脱いでみても、やっぱり無傷のままだ。


 あんなに鮮明な光景で、意識もあって、痛さもあったのに、全部ただの夢?


 いや……日付が、変わってる。

 スマホの日付が正しければ、今日は【自分が殺された翌日】。

 やっぱり、なにかがおかしい。


「ひろと~! 早く起きなさい~!」


 色々と考え込むひろとだったが、母親の叱咤で、完全に目が覚めた。


「やばい……遅刻する!」


 急いで制服に着替えて一階に降りると、朝食中の父と目が合う。


「おや? ひろとくんが寝坊だなんて、珍しいね」

「あ、あはは……ちょっと、よくない夢を見て」

「どんな夢だい?」


 他校の美少女からラッキースケベをもらった後に、ぶっ殺される夢。

 なんて、口が裂けても言えないよな……。


「大したことないよ。……えっと、それよりさ。ボクって昨日、いつ寝たか覚えてる?」


 父さんは、きょとんと箸を止めて、


「いつも通りの時間だよ? 夜の一〇時まで、リビングでテレビを見て、それからひろとくんは部屋に戻って……どうして、そんなことを聞くんだい?」


「い、いや! べつに、なんでもないよ!」


 まさか、本当にアレはただの夢だったのか?


 ひとりで博物館にいったぼっちっぷりに頭がイカれて、ついに本来の記憶すら、上書きするようになってしまったとか?


「いっ、行ってきます!」


 支度を済ませたひろとは、そんな惨めな顛末から逃げるようにひた走る。


 だが、おかしくなってしまったのは頭だけではないようで、走っても、走っても体力が切れない。どころか、明らかに足が速くなっている。


 それは道行く自転車や自動車を、易々と追い越してしまうほどで、追い越された学生やサラリーマンは、ぎょっと目をむいている。


「うぃ~、徹夜で仕事なんてよ~! 呑まなきゃやってられねえぜ!」


 すこし先の交差点では、10トンクラスの大型トラックが、危険な蛇行運転をしている。


 街行く人々は、車内の彼がどんな人物であるか、何を言っているのか聞き取れるはずもない。


 けれどひろとだけは、おかしな〝気〟を感じ取れて、


「右に……行ってみよう。なんだか、良くないことが起きる気がする」


 予想は、的中した。

 右に曲がった道路では、大型トラックが、通学中の小学生たちへ突っ込もうとしている。


「おいおいおい、あいつヤベえぞ!!」

「逃げて!」

「早く逃げろ、逃げるんだ!!」


 周りの学生や大人たちも声を上げるが、子供たちは足が竦んで動けない。

 大型トラックが相手では、助けに入れる者もいないだろう。


「おい、君!!?」


 ――だが、たったひとりだけは、この時も果敢に飛び出していて、


〝ヒーローは……誰かを見捨てるようなことはしない!〟


 バギンッ! と、重機同士が衝突するような轟音が鳴った。

 たった、片腕。


 どうしてそんな行動を取ったのか、自分でも分からない。ただ、「止めなきゃ!」と思うと、自然と片手を突き出していて、トラックを力ずくで停止させていた。


「あ……ぇ、……えぇっと……」


 助かった――いや、救った? 誰が……ボクが、片手で?


 え、いや……これは、現実? ボクは、どうしてしまったんだ!?


「ごめんなさい! それじゃあ、また!」


 いつものクセで、ひろとは謎に謝罪してからその場を去る。

 ダッと駆け出していくも、ちょっと力を込めただけで、地面がミシリと割れる。

 数十mを跳躍するのも簡単で、ますます、自分が気味悪く感じる。


 ……けれど、ほんのすこしだけ、【英雄ヒーロー】みたいな自分が嬉しくもあった。


「なに、これ?」


 ボクの右手が、竜の鎧に覆われている。

 ほんのりと黒みの混じった、紅蓮の竜鱗。

 でもそれはたったの一瞬で、まばたきをすると、きれいさっぱり無くなっていた。


「マズイ、こんなことをしてる場合じゃ!」


 学校から響くチャイムの音で、ひろとは思い出したように走りだした。

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