二十一話 再会

 オムライスのおいしい店に連れて行ってもらってから一週間と少し。

 月乃はとある会社の一室にて、面接を受けていた。実はあの時、祭と話しているところを同僚に見られていたらしく、祭がお目当てだった彼女を中心に無視されるようになってしまったのだ。


 いよいよ潮時と感じた月乃は、祭が口にした縁という言葉を思い出し、せっかく募集要項が書かれた紙をもらったのだから、これもなにかの縁だと思い記載されていた番号に連絡したのだ。


 ――そして挑んだ今日。面接官は眼鏡にカッチリしたスーツ姿の男性と、きりっとした女性だった。

 緊張しつつも、月乃は面接官ふたりの質問に答え、やがて面接も終わりにさしかかる頃。


「最後に、いいかしら?」

「は、はい」

「もし、うちで働いてもらうことになったら、支部に勤務という形になるけれど、それでも構わない?」

「もちろんです」


 月乃が頷くと、女性はにこりと微笑む。


「そう。よかった。それじゃあ、いつから来られるかしら? 前のところには、まだお勤めなのよね? こちらとしては、できるだけはやく来てくれたら嬉しいんだけど」


 思わぬ言葉に月乃が驚くと、女性の隣に据わる男性がカチャリと自分の眼鏡を押し上げている。


「失礼、雲野さん。彼女はせっかちすぎてね。……今ので分かっただろうが、採用だ。きみに担当してもらいたい支部もすでに決まっている」


 月乃は即時採用が決定した。なんだかトントン拍子で話が進んで怖いくらいだ。

 だが、この機会を逃してずるずるとあの店に居残る気もない。


 その後月乃は店側に辞めることを伝え、両親にも話をした。月乃が今月末で辞めることを知ると周りの態度はさらに悪化したが、気にしなかった。

 

 ――そして、むかえた新しい職場への出勤一日目。


 初日ということで、面接を担当してくれた女性……加賀内 小夜子が同行してくれた。 


「あそこの支部は、支部長がちょっと……なんというか、癖が強くて」


 困ったわと小夜子が言うので緊張していた月乃だが、件の支部長を見るなり「あっ」と声を上げてしまう。


「やぁ、月乃ちゃん。やっぱり来てくれたんだね! おじさん嬉しいよ!」

「大上さん!?」


 つまり、トントン拍子で決まったのは大上の推薦があったから。自分はずるをしたのかと月乃が顔を曇らせると、察した様子の大上がすぐに口を開いた。


「誤解しないで欲しいけど、おじさんは加賀ちゃんたちにはなにも言ってないから。ね?」


 と小夜子に確認するように問いかける。


「ええ。それにたとえ口利きがあろうと、不適格な方はお断りですもの」

「というわけで、月乃ちゃんが気に病むことはなんにもないよ。……でも結局こうやって巡り会うということは……運命!?」

「……大上さん、それ以上喋るならセクハラと見なしますわよ」


 小夜子の目が怖い。だが、月乃の視線に気付くと彼女はすぐに笑みを浮かべる。


「こちらが支部長の大上 祭さん。といってももう、ご存知よね? なにかあれば、私に連絡してちょうだい。できる限りの対応をするから」


 小夜子は月乃に名刺を手渡すと「それじゃあ、大変かもしれないけど頑張ってね」と去って行く。

 月乃は頭を下げて、祭はひらひらと手を振りそれを見送った。


「さて、それじゃあ、もうひとりも呼ばないとなぁ」


 祭が奥の部屋にむかって「おーい」と声をかける。

 すると、不機嫌そうな顔をした彼が顔を出す。月乃を見ると、驚いた顔をしてさらに数倍不機嫌な顔になった。


「……なんで来るんだよ」

「さっき加賀ちゃんの前でも言ったんだけどさ、これは運命じゃない?」

「おっさんには聞いてない。――こんなとこじゃなくて……もっとあっただろ。お前はそれを選べたはずだ」


 向けられた言葉は怒っているように聞こえるが、その表情は怒りとは違う。心配されているのだと月乃は思った。


(でも、なんでそんなこと分かるんだろう)


 彼とはオムライスを食べたときに初めて会話らしい会話をしただけなのに。


(あれ……でも、前にもこんな風に心配してくれて……)


 差し伸べられた手、ココア、おにぎり、ハンカチ、上着……ぐるぐると覚えのない情景が脳裏に浮かぶ。


 それから、真っ白い世界に現れた明るい色と、水面越しにきらめいた星空。

 

 月乃が一番印象的だった知らないはずの光景を頭の中に描いた瞬間、わんっと犬の鳴き声がして――パチンと泡が弾けるように全てがクリアになった。


「――っぇ、ええええっ!? 和くん!? 大上さん!? ミコまで! なんでわたし忘れてたの……やだ、この年で物忘れ!?」


 知らないなんて、そんなはずはない。

 あんな出来事を忘れられるはずがなく、なかったことにはできない。

 それなのに、どうして自分は忘れていたのだと月乃は驚き、混乱する。


「……は? え、思い出した?」

「ははは、やっぱりそうなっちゃったか。犬がおじさんのところに来た時点で、こうなると思ってた」


 和は月乃の混乱に釣られたように目を丸くしており、祭は腹を抱えて大笑いする。


「ミコがさぁ、大事な月乃ちゃんを助けてーって来たんだよ。悪意も積もり積もれば無視できない特案を引き起こすからねぇ~。それで、様子を見に行ったら、なんか大変そうだったから~」


 ちなみに、最初に店に来た時和が驚いていたのは、ミコが祭の前に現れたことも月乃があの店で働いていることも知らなかったからで……してやったりと笑っているのは祭とミコだけだ。


「で、でも、ミコはなんでここに――」

「え、月乃ちゃんのボディーガードだから、だいたいくっ付いてるよ。ここは特別な場所だから姿が見えるだけ。ね? なーんにもおかしくない!」

「おかしいことだらけなんだよ……!」

「え? え? えぇっ……?」


 混乱する月乃に、だから言ったのにと頭を抱える和。ひどく混沌とした状態の中、お行儀良くお座りした犬だけが満足そうに「わん」と鳴いた。

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