二十話 違和感
「やっぱり、ここの和風オムライスは最高だね」
うんうんと頷きながら醤油ベースの和風ソースがかかったオムライスを食べている青年は、大上 祭と名乗った。
もぐもぐと無言でデミグラスソースのかかったオムライスを食べている少年は、日根 和。驚くことに、月乃が年下だと思っていた少年は二十三歳で、自分よりふたつ年上だったのだ。
よく間違えられると笑ったのは本人ではなく祭で、少年――いや、和は憮然とした表情で祭に肘打ちしていたのは記憶に新しい。
そんなふたりは、政府が始めた各県の土地調査のため地方に出向しているらしい。
ほぼ初対面であるのに、三人でオムライスを食べているなんて不思議な気分だが、考えれば考えるほど……知っている気がしてならないのだ。
(知らないのに知ってるなんて、おかしいよね)
頭にモヤがかかったような、奇妙な違和感。これも、どこか知っている感覚だ。
――そんな風につい考え込んだためか……目の前にある、トマトソースのオムライスを見つめたまま、月乃はしばし止まってしまう。すると、祭が「大丈夫?」と気遣うような声をかけてくれた。
慌てて月乃は顔を上げ、頷く。祭はニコニコした笑顔のまま「嘘だねぇ」とスプーンを置く。
「疲れた~って顔してるよ? 見た感じ、あの店だと月乃ちゃんがサンドバッグ状態じゃない? 人の悪意を受け止めてれば、そりゃ疲れるよ」
「……おい」
柔和な見た目に反してズバズバと物を言う祭を諫めるように、和が小さな声を上げる。
「なごちゃんだって、そう思ったでしょ? ……これは、わんこが呼びにくるわぁ……」
「はい?」
「ん~? 聞こえるような大声で怒鳴ったりして、ひどい店だったなって」
月乃は慌てて頭を下げるが、祭は「あ~、月乃ちゃんが謝んないで」と手をヒラヒラさせる。
「でもさ、合わない土壌で花が咲かないように、人間にだって合う合わないはあると思うよ? そこを折り合い兼ね合いで上手く合わせるのが人間関係のコツって言っても、自分が合わせるばかりじゃ咲く前に養分吸い取られて枯れちゃうよね~」
「…………」
恐らく祭は、あの店の雰囲気を見て察したのだろう。そして月乃もまた、そう言わざるを得ないような表情になっていたに違いない。
「……実は、辞めようと思ってるんです」
関係ない人たちに、なぜこんな話をしているのだと思う。
だが、ポロリとその言葉が口をついて出た。
「うん、いいんじゃない?」
祭は笑顔であっさりと頷く。対して和のほうが慌てた様子だった。
「おい、おっさん……! ちょっと立ち入り過ぎだろ……!」
「だって、真剣に悩んでる子に相談されたんだよ? お茶を濁してさようなら~は不誠実でしょ」
「……だからって、俺たちは――」
なおも言い募る和に、祭は「はいはい」とおざなりな返事をすると、自分のビジネスバッグの中から一枚の紙を出した。
「これ、受け取ってくれる?」
「――え?」
「あそこ辞めるならさ、次の候補のひとつとして考えておいて。――よぉしっ、話は終了、食べよう!」
祭に手渡された紙には、事務員募集と書かれていた。
「……あの、なんでここまで親切にしてくれるんですか」
「んー? 強いて言えば……縁かな」
「縁?」
「だってさ、消えてもなくならないものなんて……運命感じると思わない?」
茶目っ気たっぷりにウィンクされた月乃だったが、さっぱり祭の言うことは分からなかった。分からなかったが、月乃はもらった紙を丁寧にしまい込む。
「さ、月乃ちゃんも食べよう? 腹がふくれれば気分も落ち着くってものさ! ねー、なごちゃん」
「……うるさい。おい、このおっさんはロクデナシなんだ。真に受けんなよ。お前にはもっと――ちゃんとした仕事が合う」
事務員だってちゃんとした仕事だ。
どうしてそんなことを言うのだろうと月乃は首をかしげた。
「……あとでよく見てみるといい。おっさんが渡したやつ、ウチの募集要項だから。いいか? くれぐれも、早まるなよ?」
「ちょっと、ちょっと、なごちゃん。まるでウチに来たら地獄行きみたいな言いかたじゃん。やめてよ~。うちは、アットホームな職場でしょ? おじさんとなごちゃんだって、年齢差を感じないくらいこんなに仲良し――」
「仲良くないです。仕事上の付き合いです」
和はしれっと言うと、自分のオムライスを食べ始める。
「突然の敬語は、ガチで距離を感じるから止めて……!」
祭が泣きまねをしても和はスルーだ。
月乃は思わず笑ってしまった。このふたりらしい、と。
(――らしい?)
きちんと話したのは今日が初めてだ。ふたりがどういう繋がりで普段どういうやり取りをするかも、ここに来るまで知らなかったはず。
(……あれ?)
違和感にモヤモヤを抱えた月乃は、面白そうに自分を見つめる祭とどこか心配そうな和の視線に気がつかなかった。
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