第2話 トラウマ

紫陽花市あじさいしは中規模程度の都市で過疎でもなく都会でもない。そんな街で深車みぐるまは若くして紙製料理用ラップの特許をとり莫大な財産を得て何不自由なく生活している。幼いころから化学が得意でさらには人の役に立ちたいという優れた性質も持ち合わせていた。いつか便利なものを発明したいと考えていたのが早い段階で実を結んだ形だ。大学に入り在学中に論文をまとめあげ父の資金提供を受け商品化、販売を始めると評判を呼び企業から声をかけられる。紙製料理用ラップの紙の透明化と伸縮性をよくする技術の特許を使いたいという申し出を受け深車は協力することにし特許料をもらうことにしたのだ。会社は部下に譲り渡した。

学生時代は化学、起業してからは経営に熱中していたころはよかったが、大金を手に入れ情熱が一度おさまるとトラウマとなっていた子供の頃の事故目撃体験が毎夜彼を苦しめ始めた。同級生が車に轢かれたのを目の前で見ている。その時彼は何もできず手当はおろか救助を呼ぶこと声をかけて励ますこともできないでただ立っていただけという経験だった。自分の無力さとふがいなさ、人を大切にしようという気持ちがないのかと自分を責めるきっかけとなった。目覚めると夢の内容は覚えていない。しかし、彼を苦しめるものと言えばひとつしかない。彼は自覚していた。

学生の頃はバスケットボールが得意でバスケットボールの国体選手とスポーツ対決をした際、私ではなくアナタを国体に推薦したいくらいだと言われたほど運動神経がいい。速力、俊敏さ、手でバスケットボールを操る動作など国体レベルだ。スタミナもありこの頃は毎日かるく20キロランニングしていた。

栄養のある食事をとり運動をしているので顔色はいい。朝はコーンフレークにフルーツを添え、飲み物はコーヒー。コーヒーは一杯目はブラックで、二杯目はミルクを入れる。しかし悪夢と悲しみを混ぜたような睡眠しかとっていないため目は濁っている。なるべく悩みこんでしまわないようにするため、目覚めると体をほぐす体操をする。上半身を動かすと床に寝転がり体をねじったりして全身の血の巡りをよくする。ラジオ体操もお気に入りだ。悪夢をふり払うように自分への怒りを駆り立て普通の腕立て伏せとはちがう、拳を床に当てる拳立てを汗だくになるまでやる。タオルで全身の汗をぬぐう。

地元の新聞を広げる。全国紙もあわせて数社の新聞を一気に読む。気になる記事がいくつかあり読み込む。そのあとはネットでもニュースで事件をチェックし詳細を調べるのが日課だ。


「ふう。そろそろ家政婦でも雇ったほうがいいかな」

ごみの詰まったビニール袋がいくつか積んであるのを見てつぶやく。ヒーローの活動に熱心になるあまり家のことはおろそかになりがちだ。食事はもっぱら外食で済ます。洗濯はたまってからまとめてやるかクリーニングに出している。


口すぼめマンのベルトには以下のような機能がある。

ガジェットの収納機能:口すぼめマンが使用するガジェットを収納できるポケットやホルダーが付いている。中身は十徳ナイフやマイクロガスバーナー。粘着式GPS追跡タグ、煙幕トーチ、緊急止血剤など。

ネットの収納機能:ベルトから目の細いネットを取り出し犯人を拘束するのにはネットを使い、普段は折りたたんでしまっていて犯人に巻き付けて、からませ縛りあげてしまう。手錠や拘束バンドは使わない主義だ。

スーツは着る前の状態ではだぶついているが胸のスイッチを入れると引き締まっていき体のサイズに合う。ある程度の隙間を残すのでスーツは体の動きを邪魔しない。胸のパーツが下方向に開くようになっており、まず足を入れて次に腕を通し胸パーツをロックする。防御能力はかなり高い。普通のナイフはもちろん、ナタのような大型の刃物で思い切り斬りつけられても刃先を通さない。


心の傷の治療には何か植物を育てたりするのがいい。そう聞いた深車はドライブがてら雑貨店に行き何気なく眺めていると、家庭で育てられる植物の種を見つけ、いくつかある種の種類の中からセロリを選んだ。もともと好きな野菜であったし育つところを見てみたくなった。土をいじるのに必要な道具を買いそろえ車に積み込む。毎日を暮らしていくのに使うもの以外で金を使ったのは久々だ。日常の消耗品とヒーローの装備をそろえる以外に金を使っていない生活をしている。

「ちゃんと捨てないとだめじゃないか」

落ちている空き缶を自販機横の空き缶入れに捨てる。小さな悪事でも気になってしょうがない。正義感を持て余す。

自宅に戻るとさっそく庭に出てどこに畑を作ってみようかと計画しながら歩き回った。こんな時にも少し気を抜くと事故の時の少年の血を流している姿を思い浮かべてしまう。深車は目をつむり軽く頭を振ると雑草を片付ける作業に取り掛かった。どこに畑を作るにせよあたり一面に雑草がない方がいい。買ってきた道具で無心になって作業を続ける。体に汗をかいてきて気分がいい。あらかた雑草を処理してしまうといったん休憩にした。家の中に戻り昼食をとる。普段は外食なので缶詰くらいしかない。肉の缶詰を二つ皿に開け卵を三つ目玉焼きにしてそれも皿に乗せる。食べ終わるとコーヒーを淹れた。食材などはとぼしいがこの家はコーヒーを淹れるためのものはそろっている。豆を挽き湯を沸かしポットを用意すると慣れた手つきで淹れる。ミルクがないのでブラックで飲む。時間の隙間ができるとまた事故のことが頭に浮かびそうになるのを機を紛らわそうと、ネットで植物を育てるための情報を調べて考えないようにした。耕したあとに肥料を埋め込んでおくといいらしいと知る。どうせならと明日にもまた買い出しに行くことに決めた。

深車は深く息を吐いた。ため息なのかもしれない。



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