第8話神の名を冠するもの

 アナタはアイドルに『突っ込まれた』ことがありますか?……俺はある。


 『八方神』……

 この大陸の誕生より存在し、それぞれ東西南北・北東北西南東南西を司り、この大陸を支えていると言われている八柱の神。


 その中でも東西南北を司る四柱の神は『四支神よんししん』と呼ばれ、その力は他を圧倒していた。

 『四支神』たちが一年かけて大陸を一周することで大陸に四季が訪れる。


 『四支神』の名にはそれぞれ『神』の文字が入っており、別名『神の名を冠するもの』と呼ばれ、人々の畏怖・崇拝の対象にもなっている。


 MMORPG『GUILTYorNOTGUILTY ONLINE』略して『ギルギル』……その公式オンライン設定資料集より抜粋。


 「……で、その一柱の一つ、炎の化身『神魔』がお前ってことなのね?」

 「そうだ」

 そう答えた、俺の横にいる深紅で巨大な竜は、少し頭を上にあげた……ひょっとして、ドヤ顔してるのかな?


 昨日野盗達から俺を守ってくれた時は、近づくことができないほどの高温だったが、今は普通に横にいて話ができる……どうやら気を使って温度を下げてくれているらしい、気遣いのできる竜ってなんか新鮮だ。


 今は丁度、その神魔からこの世界の事を色々教わっているところだ。


 「そう、その感じだ。クアトログラムは魔法陣に四つの入れ物が付いていて、そこに該当する属性の球を当てはめていくというイメージだ。いいぞ、集中集中……」


 この竜、教え方が結構うまい。

 「お前のクラスは精霊魔導士である『精霊王アレクタリス』……

 魔法を使うには精霊の力を借りなくてはならない、精霊を体で感じろ」


 この世界では四大元素の精霊が存在していて、契約によって力を貸してもらえる。魔法を行使するときの『詠唱』は、精霊に対して協力を要請していると考えていい。


 「そこで『神の言霊』だ!」

 「ア、アルガン・ベナ・オウ・ドラリュ……」


 「ダメだダメだ、お前はまずその滑舌の悪さを何とかせねばならんな」

 「そんなこと言っても……」

 「いいか、通常の詠唱なら多少滑舌が悪くても意味が通れば発動できるが、『神の言霊』はしっかり発音しないと途中でキャンセルしてしまうこともある」

 「えー、それは困る」


 「ゆっくりでもいいから、最初はしっかり発音することに注意しろ。あとはひたすら反復だな」

 「ひえ~」


 「この『神の言霊』は、通常の詠唱を神の言葉に置き換えて唱えることで、大幅に時間を短縮することができる魔導士の秘術。

 使えるものはこの地上でオレとお前を含めて十数人程度、存在を知っている者もおそらく数十人程度だろう」


 「そんな凄いのを使える俺ってやっぱり特別?」


 「調子に乗るでない、今のお前ではせいぜい詠唱の半分程度を変換するのがやっとだろう。ちなみにオレは詠唱全てを『神の言霊』で唱えることができる」


 「なーんだ、シュン……」


 「まあ、特別なのは確かだ。オレが保証しよう」

 「ホント?」


 そんなこんなで数日神魔と過ごしたおかげで、この世界のことはなんとなく理解してきた。

 でも俺にはいまだに理解できない、このゲームのシステムがある……『罪システム』だ。


 「なんで『罪システム』なんてものがあるんだ?このシステムのせいで女性や子供の奴隷がすごく多い気がするんだが」


 「確かにお前の言う通りだ。言い訳するつもりはないが、今の状況を想定して考えたシステムではなかった」


 神魔の声のトーンが変わった。


 「本来は対人戦で自分の持っているペナルティを相手に押し付けたりして、相手を不利に、自分を有利にするために、罪をアイテム化して交換できるようにした。

 現実ではなんてことないことも、この世界では罪になったりして、面白おかしく対戦できるようにしたものだ」


 ……確かに、このゲーム『有罪か無罪かを戦いで決めるこの理不尽な世界で、生き残るため勝ち進め!』

というキャッチフレーズもある。


 持っている『罪』が多いと何かと不便なので、戦略的に対戦して効率よく罪を減らすという要素も面白さの一つではあった。


 「決して今のこの世界のように奴隷を増やしたり、斡旋したりする目的で組み込んだわけではない。あくまでゲーム本来の面白さを追求するためのシステムだったのだ」


 「なるほどな……でも現実にそのシステムのせいで被害を被ってるキャラもいるから、なんとも」

 俺はこの世界に来たばかりの時に出会った盗賊風の奴らのセリフを思い出していた。


 「フヒヒヒヒ……

 丁度良かったぜ、あと一回で『奴隷位』に落ちちまうとこだったんだ、こいつに貰ってもらおう」


 あの時は神魔に助けてもらったから事なきを得たけど、神魔がいなかったらどうなっていたか……そういう目にあった人は結構いるんじゃないだろうか。


 「わかっている……さすがにオレも申し訳ないと思い、虐げられている人々を救おうと奮闘していたのだが、いかんせんこの姿になってしまい……」


 「確かにドラゴン、しかも伝説級のモンスター『神魔』が来たとなると、襲いに来たと勘違いされても仕方ない」


 「しかも我々『神の名を冠するもの』には『呪縛』がある」


 「『呪縛』……? 四支神が一年かけて大陸を一周することで大陸に四季をもたらすっていう……」


 「そう、それだ。どんなに巨大な力を行使したとしても、これだけは外れない」


 神魔はこの『呪縛』のせいで、毎日決まったルートしか動くことができず(食べ物を探すなどの多少の移動はいけるらしい)世界を冒険することはおろか、他の人に出会う事すらできない。


 「オレはもう二年もこの状態だ。正直ウンザリしている」


 「だろうな」


 「そこで提案だ。この呪縛を外すことができる可能性がある手段が一つだけある」


 「本当か?どんな手段なんだ?」


 「それは、オレが死ぬことだ」


 「!?」


 「オレが死ねば、さすがにこの呪縛を続けることはできないだろう。呪縛を解く方法はおそらくこれしかない」


 「で、でもそれじゃあ……」


 「オレはずっと探していた、オレを殺せるものを。そしてついに見つけた、お前だ」


 「え?俺!?……いやっ無理無理無理、それはさすがに無理だよ」


 「いや、お前ならできる……オレの『極炎結界』を解除して、防御力をギリギリまで下げ、そこにお前のクアトログラムがあれば」


 「いやいやいや、それでも無理でしょう?伝説のドラゴンでしょ?それにドラゴンとはいえ、せっかくできた友達を俺の手で殺すなんて……」


 「もちろん今すぐじゃなくていい、数日考えてみてくれ。

 ただ、オレはもうこの方法しかないと思っている……今回お前に断られたら、オレはまた数年間、この呪縛と共に生きていくしかないだろう」


 「そんなこと言わないでくれよ~」

 困った、これはマジで困った。どうしよう……たとえドラゴンでも殺すのは気が引ける、でも断ったら神魔はまた呪縛が解けず数年間このまま……


 俺は悩みながらも、また数日神魔と過ごした……

 神魔と過ごしながら、今度はいつもより神魔を観察してみた。


 世話好きなのはわかっていたけど、ほんとに至れり尽くせり、何でもしてくれる。

 自分の事を殺せる可能性のある人間という事で、多少の打算もあっただろうが、食料はもちろん、汚れたりしたときはお風呂や着替えまで用意してくれた。


 この世界の話をしてくれる時も、いつも真剣に、でも楽しそうに話している。

 この世界のことが好きなんだと思う……俺と似ているところが沢山ある。


 でも、だから思った、もし俺が神魔の立場だったら……

 この世界のことが大好きなのに、呪縛のせいで冒険に行くことはできない。

 毎日同じルートを進むことしかできず、他の人と交流することもできない。


 ……確かに、この呪縛から解放されるなら、殺してほしいと俺も願うだろう。


 その日の晩、俺は勇気を出して神魔に話してみることにした。

 「あの……」

 「あの……」

 あ、かぶった。気まずい空気……


 神魔が先に話し出した。

 「すまん、あれからオレなりに、お前の立場になって色々考えてみた。

 確かにもしオレがお前だったら、見ず知らずの世界で初めて友達になった奴にいきなり殺してくれと言われても戸惑うのは当然だ。

 しかもお前に、モンスターとはいえ命を奪ったという業を背負わせる事になる……オレの配慮が足りなかった、申し訳ない」


 先を越されてしまって、俺も少し焦る。

 「いや、俺の方こそ申し訳なかった……俺もお前の立場で色々考えてみたよ。

 お前もこの世界が好きなんだよな、でも、だからこそこの呪縛のせいで苦しんでいる。俺もお前の立場だったら、きっと殺してほしいと頼み込んでいるよ」


 お互い少し照れながらも、相手の言葉に嬉しさを隠せないでいた。


 そのまま、俺の方から切り出した。

 「だいぶ迷ったけど、お前の望みを叶えようと思う」


 「そうか……すまん、ありがとう」


 「これが今生の別れってわけじゃないし、俺はいつかどこかでまた会える予感がしている」


 「そうだな……オレもそう思う。

 あと、オレを殺したとしても気に病む必要はないぞ。こう見えてもオレはモンスター、人間からしたら立派な討伐対象だからな」


 ……言われなくても、どこからどう見てもモンスターだけどな。


 「オレを殺せばかなりの名声とレアな称号、レアアイテムに大金も手に入る。

 人間たちも虎視眈々とオレの討伐を狙っているだろう」


 「そうなんだ」


 「そうそう、オレを倒した後のレアアイテムは一応とっておいてくれ。

 後から必要になるかもしれんからな」


 「?……わかった」


 そう言いつつ、俺は神魔から少し距離をとった。


 「じゃあ『善は急げ』っていうし、早速やろうか」


 「うむ、これまでの修行の成果、見せてもらおう」


 神魔は自分の絶対防御『極炎結界』を解除し、防御力もギリギリまで落として身構える。


 「神魔、今まで本当にありがとう……お前がいてくれて本当に良かった。

 これからも俺とお前は友達だからな」

 情けないことに俺はすでに半泣き状態……


 「アルガン・ヴェナ・オー・ドラエル

 炎の摩擦 水の渦 地の振動 風の波動

 我が前に下りてその力を示せ 我が怒りを糧とし 汝の敵を焼き尽くせ 極炎属性 四ツ星魔術クアトログラム、ギガンティックフレア!」


 「うむ、見事な詠唱、合格だ」

 そう言って神魔は少し顔を上げた……満足げに笑っているように俺には見えた。


 巨大な火球が神魔に向かって落ちていく。


 「オレを倒したことでお前は今よりさらに強くなる。

 決して力の使い方を誤るな、いいな」


 そう言って神魔は目を瞑った。


 ズガガガ!!


 凄まじい轟音と共に火球は神魔に命中、巨大な火柱が立ち上り周りは爆炎に包まれる。

 「神魔ーーーーー!!」


 気が付けは俺は大泣きしていた。

 この世界に来て初めてできた友達……俺はその友達を殺してしまった。

 でも後悔はない、あいつとの約束だしね。あいつの分までこの世界を冒険しまくってやる!


 *****


 「……とまあ、神魔とのなれそめはこんな感じかな?」


 俺は『やんやん亭』で、メンバー達に神魔の話をしていた。

 メンバーが俺と神魔のなれそめを聞きたいって言いだしたから。


 「男と男の友情……いい話ですねぇ……ううぅぅ、ぐすっ」

 なんでアンジュが泣いてるの?


 「そんなことがあったとは知りませんでした。

 マスターの強さの秘密が少しわかったような気がします」

 マキアも少し目が赤くなってますけど?


 「当時神魔が何者かに討伐されたって、結構大騒ぎになっていたと聞きました」

 「すみません、いったいどんな猛者が倒したのかって話題にもなってましたね」

 さすがミユキとノノアだ、情報収集はお手の物か。


 「つかぬことをお聞きしますが、神魔を倒したのはマスターで間違いないのですね?」

 「そうだよ」

 マキアが俺の顔を窺うように聞いてきた。


 「という事は、大陸の南であるファルセイン国がずっと夏日なのは、やはりマスターのせい……?」

 「えっ?」


 「夏を司る神魔がファルセインで討伐されたので、四支神はずっと今のままの状態で止まっています」

 「えっと、それってどういう……?」


 「つまりマスターが神魔を討伐したその日から、この大陸は季節が止まったままなのです」

 「それって、まずい?」

 「まずいです。春と夏と秋はまあ百歩譲っていいとしても、北のヴァロン帝国はずっと冬ですので」

 「ずっと冬!?」


 「作物は当然育たないでしょうし、ずっと寒いまま。雪害もあるでしょう」

 俺は急に体が小刻みに震えだした。

 「それは……やばいじゃん?」

 「ですね。相当恨まれていると思います」

 オーノー!マジか、まさか神魔を討伐したことでそんな弊害が……


 「みんな、すまんけど今の話は内緒ね」

 「今更私たちが内緒にしても遅い気はしますが……内緒にしておきます」



 俺は現実世界で『滑舌教室』にも通っている。

 そして今日も滑舌を良くする訓練を欠かさない。


 「生麦 生米 生卵」

 「隣の客はよく柿食う客だ」

 「新春シャンソン歌手」


 「おおーマスターやりますねぇ」

 「早口言葉は滑舌を良くするのにうってつけらしいからな」


 「あのギガンティックマスター様、すみません」

 やんやん亭の従業員が話しかけてきた。


 「今ちょっとライターを切らしていまして……魔法で火をつけてもらえませんか?」

 「いいよ、厨房でいいのかい?」

 「はい」


 俺は店の厨房へ行き、コンロの前で詠唱を唱える。

 「我、炎の精霊に命ず 舞え、そして爆ぜよ 炎属性 基礎星魔術……ピャイッ がぶっ」


 「マスター、そこ噛みます?」



 ☆今回の成果

  俺 滑舌力アップ?

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