ナイトメアウェイカー編

第5話ナイトメア病

 アナタはアイドルに『人工呼吸』をしたことがありますか?……俺はある。


 「俺」、二十五歳、”元”時給制契約社員、アイドルオタク。

 ゲーム中に寝落ちして異世界へ転移し、あいどる24そっくりの女の子たちと異世界を冒険中。


 百戦騎士アイアスとの戦闘からちょうど一か月たった。

 俺はあの時住んでいた『2DK』のアパートを引っ越し、現在、都市部から若干離れた地域の一軒家に住んでいる……絶対に夜中とかうるさくなるだろうとわかっていたから。


 ところで今俺は重要なミッションを遂行中だ。

 邪悪な魔王を倒すための必殺技を覚えるのよりも、よほど重要なミッション……それは『お箸』と『すする』の練習だ。


 現実世界のこの日本で、『お箸』と『すする』ができないと、美味しい料理のおよそ三分の一(当社比)が食事できない……これは由々しき問題である。

 なので俺は心を鬼にして、スパルタで『お箸』と『すする』を教えている。


 「マスター……もう、指がつりそうですぅ……」


 異世界あいどる24・初期生ファースト、アンジュが『子供用お箸』を持ちながら情けない声で訴えてくる。


 「ダメだアンジュ。これができるようになるまで今日はご飯抜きだ」


 「えーー」


 「き、厳しすぎます」


 異世界あいどる24・初期生ファースト、ミユキも目に涙を浮かべている。


 「すみません……フォークがあるじゃないですか、フォークじゃダメなんですか?」


 「ダメ、絶対ダメ」


 俺は異世界あいどる24・初期生ファースト、ノノアの訴えに、首を横に振って答えた。


 「みんな頑張って。お昼は『らあめん』を食べに行くんだって」


 異世界あいどる24・初期生ファースト、マキアは、すでに『お箸』も『すする』も習得済み。

 こういう直感的・感覚的なことはなぜか天才的にできてしまう。


 「みなさん、チカラを入れる場所を変えてみましょう。鉛筆を持つのと同じ要領です」


 異世界あいどる24・セカンドシスターズのリイナは、論理的に解決するのが得意らしい。

 人に教えるのもうまい。


 「みなさんファイトぉー」

 異世界あいどる24・セカンドシスターズのシイナとミイナは、奴隷になる前の貴族時代に、すでに習ったことがあったらしい。応援にも熱がこもる。


 ……もうお昼になった。

 まだ三名ほど完璧ではないが、強行するしかないようだ。

 俺たち八人は、近くにあるラーメン店『陽陽』へ訪れた。


 「へいらっしゃい!」


 「味噌を3つ、醤油を3つ、塩2つ」


 ……いよいよ対決となる。全員割りばしを割り、戦闘態勢に入った。


 「いいか、さっき教えた通り『すする』は、まず口を『オ』の形にして、口から空気を吸って鼻から空気を抜くイメージだ」


 「はい」


 「……ズズッ、ズズズッ」


 「やった、できましたマスター!おいしい~!」


 おおー、家にいるときは全然できなかったのに、『ラーメン』が目の前にあると、どうしても食べたくて必死に頑張る……これが『好きこそものの上手なれ』ってやつか、勉強になるな。


 重大なミッションを終え、一回りも二回りも大きくなった俺達は帰路につく。

 (イメージね、イメージ)



 ……さて、あれからも俺達はレベリングと様々なクエストをこなし、大分強くなったし、有名にもなってきた。


 二回ほど殺し屋っぽい人達にも出くわしたが、どれも返り討ちにしてやった。

 もうその辺の殺し屋くらいじゃ相手にならないほどレベルも上がったしね。

 そもそも俺達は、この異世界のファルセイン王国城下町に住居を持っていないため(夜は『オルタナティブドア』で自宅に帰る)寝込みを襲われる心配もない。


 今日も全員を連れて、異世界のファルセイン王国城下町の奴隷市場前にやってきた。


 「あれから一カ月たったので、今日は待望の後輩を仲間にしようと思う」


 「おーやったー」


 「また賑やかになりますね」


 「今度はどんな子かなぁ?楽しみですぅ」


 「すみません緊張します」


 「とうとう私達にも後輩が……」


 店内に入ってみる……あれ?いつも出迎えてくれる店主がいない?

 最近の俺たちの活躍で、奴隷たちが品薄だとは言ってたけど……少し奥に行ってみる……お?店主の声が聞こえてきた。


 「何をやっているんだ!ちゃんと確認しなかったのか!?」


 「申し訳ございません、運ぶときは袋に入れておくもので……」


 「まったく……せっかく仕入れたのに、まさか『悪夢つき』とは……」


 悪夢つき?聞いたことないな……


 「店主」


 「わあぁ!ビックリした―……旦那様でしたか、お出迎えもせず申し訳ありません」


 「いや、それはいい……店主、『悪夢つき』ってなんだ?」


 「ああ、聞こえておりましたか……

 実は今日仕入れた四人の女性奴隷が『悪夢つき』またの名を『ナイトメア病』という一昨年流行った伝染病にかかっておりまして」


 「ナイトメア病……?」


 「はい、かかってから数日で昏睡状態になり、ずっとうなされ続けたあとに死んでいくので、そう呼ばれています。

 以前の時は王政の命により、かかった村人全員をその村ごと焼き払ったと言います、それほど恐ろしい病気です」


 「村ごと村人全員って…」


 酷い話だ、いったい何人犠牲になったんだ……

 俺はその四人の女性奴隷が気になった…嫌な予感がする。


 「店主、ちょっと俺が見てみてもいいか?」


 「構いませんが、病気が伝染するかもしれませんよ?」


 俺は檻の中に入り、手前の女性から診てみる……やっぱり『あいどる24』だ。

 この娘はあいどる24の『柿崎 香恋』。

 隣にいるのが『水上 杏』。

 奥に座っているのは『空 紅葉』……

 みんなぐったりしてるけど、顔は苦しそう……本当に悪夢にうなされている様だ。


 とりあえず意識があり、一番症状が軽そうな柿崎 香恋似の子に話を聞いてみる。


 「この病気にかかった時のことを教えてくれ」


 「はい……数日前から体がだるくなり、匂いを感じなくなったり、何か食べても味がしなかったりしました。そのうち呼吸が苦しくなってきて……」


 似の子のおでこに触ってみる、微熱だ……三十八度か三十九度くらいか?

 ……俺はこの症状に見覚えがある、そう、『新型ウイルス感染症』だ。

 日本どころか世界中で何百万人という死者を出したまさにパンデミック(流行病)。


 「みんな離れて!そして換気だ、店内全ての扉と窓を開けるんだ!」


 「は、はい」


 ……この世界独特の病気の可能性もある、俺の勘違いかもしれない。

 それならそれで後で俺が謝れば済むことだ。

 とにかく今は最悪の事態を想定しないと……


 「オルタナティブドア!」


 俺は一旦自宅に戻り、数枚の『不織布マスク』を持ってきた。


 「みんなとりあえずこのマスクを」


 もうあまり意味がないかもしれない。

 でもやらないより少しはマシだ。

 その場にいる全員にマスクを着用させ、そのまま奥で寝ている女性に近づく。


 「大丈夫か?」


 抱きかかえたその女性はあいどる24の『伊東 雷華』にそっくりだった……

 呼吸も浅いし、心臓の鼓動も弱い、このままじゃ危ないかも。


 俺はそのまま伊東 雷華似の子を横にして、人工呼吸と心臓マッサージをした。

 これで合っているのかどうかわからない、ちくしょう、もっと保健体育の授業ちゃんと聞いておけばよかった!


 「店主、この娘四人とも俺が買い取る、いくらだ?」


 「いえいえ、『悪夢つき』など貰っていただけるのでしたらお代などいりません」


 「そうか、じゃあもらっていくぞ。みんな、三人をドアの向こうへ、俺はこの娘を運ぶ」


 「わかりました」


 そうして俺たちは現実世界の弟の勤める病院へ。


 *****


 ……マキア達と病院の待合室で座っていたら、白衣を着た弟がきた。


 「兄貴、突然来たと思ったら、えらいことになってるね」


 「ああ、すまなかったな……四人の病状は?」


 「最初の三人は回復に向かっているよ、今は新型ウイルス感染症用の良い経口薬があるからね。

 ただ、もう一人は危なかった、今『体外式腹膜人工肺装置』を使ってる……もう一日遅かったらたぶん間に合わなかった」


 「そうか、よかった。

 ありがとう助かったよ、やっぱり本当に新型ウイルス感染症だったんだな……」

 異世界で現実世界のウイルス感染症……いったい誰が?


 「うん、まあそれはいいとして……ちょっとこっちへ」


 「?」


 弟に言われるまま、マキア達からちょっと離れた場所へ。


 「兄貴!あんなかわいい女の人たちどうしたんだよ?彼女なの?」


 ……本当お前達弟妹は似たような思考だな。


 「まあ彼女じゃないけど、似たようなもんかな?全員ね」


 「ぜ、全員ッ……!?」


 弟は絶句しているが、俺は構わず話を続ける。


 「料金の事なんだけど」


 「あ、そうそう、四人とも保険証がないってどういうこと?全額かかっちゃうよ?」


 「それは構わない、ちょっと事情があってさ」


 「ふーん……まあそこは何とかするよ、でも事情は話してほしい。力になれることもあるかもしれないし」


 「うーん、そうだな……日を改めて妹も一緒に話すよ、俺の家に来てくれ」


 俺は弟と妹に今度ちゃんと話すことにした。


 *****


 数日後、三人はすっかり病状が良くなり退院できた。

 伊東 雷華似の子も一般病棟に移り、回復に向かっている。


 今日はみんなで伊東 雷華似の子のお見舞いに来た。


 「元気そうでよかった。症状もよくなってるし、もうすぐ退院できそうだって」


 「はい、何から何まで、本当にありがとうございます。

 呼吸も苦しくて、意識が朦朧として、もうダメだと思っていたら、夢の中で白馬に乗った王子様が現れて、私にやさしくキスをしたんです。

 そしたらそれから徐々に具合が良くなっていって、あの王子様はマスターだったんですね……ぽっ」


 「あっ、それは、その……」


 嫌な予感がよみがえる……


 「イダダダダダ!」


 振り向くとふくれっ面のマキア……


 「イヤイヤイヤ、緊急事態だったんだって」


 「そうですよね、緊急事態ですもんね、わかってますよえーわかってますとも」


 ……全然納得してない顔だ。


 四人ともいるので改めて事情を聞いてみた。

 どうやら住んでいるところの近くで戦争が起こったらしく、家族総出で逃げ出してきたらしい……いわゆる『難民』てやつだ。


 ファルセインの国境近くで、色んな部族の難民たちが集まり、難民キャンプを成型していたら、突然盗賊風のやつらに襲われて家族バラバラになり、さらわれてしまったらしい。


 まったく、いつの時代も、現実世界でも異世界でも、戦争になって一番大変なのは、弱い一般市民たちだ。


 俺は四人に提案してみた。

 「お前達、俺の『異世界あいどる24』に入らないか?

 実は最初からお前たちの事を仲間にしようと思って奴隷市場に行っていたんだ。

 俺たちも冒険しながらお前たちの家族を探すのを手伝うしさ。

 家族が見つかって、冒険したくなくなったら、脱退しても構わない」


 四人は互いを見ながらうなずいて、

 「私たちの方こそお願いします、四人だけじゃ何もできないんです」


 「そうか、わかった。じゃあ今から正式に四人は『異世界あいどる24』だ、チーム名は『悪夢より目覚めしナイトメアウェイカー』とする、みんなもよろしく頼む」


 「はい、わかりました」



 ◆また場面が変わり、暗い部屋に一人でチェスをする男……

 その後ろにハーミットが現れる。


 「ヴァイガン様」


 「ハーミットか、首尾はどうだ?」


 ヴァイガンはチェスの駒を動かすのをやめず、そのまま問いかける。


 「はっ、件のギガンティックマスターですが、どうやら四人の『悪夢つき』女奴隷を仲間にし、病気の方も完治させたようです」


 「ほう」


 「しかもその時に『ドア』のようなものを発現させたと報告がありました」


 「ドア、か……」


 特に驚きもせず、想定内であるかのように話を続ける


 「報告にあった通り、やはり『転移者』のようだな……それならば『ナイトメア病』を治したというのもうなずける」


 「この後いかがいたしますか」


 その問いに答えることなく、チェスを続ける……

 指が止まる、チェックメイトのようだ……


 「私はチェスが好きでな、持っている駒を最大限に生かし、相手の思考を読み、こちらの思惑通りに動かす……チェスも、この世界の戦闘もどこか似ている。

 私の今の地位もそうやって手に入れた」


 「……」


 「こういうのを何というか知っているか?

 『好きこそものの上手なれ』と言うんだ……フフフ」


 そう言うとヴァイガンは立ち上がり、相手側のキングの駒を手にしながらハーミットに指令を出す。


 「クエストを発行しろ、表題は『審判の塔探索』だ。

 私の読みが正しければ、やつは必ずこのクエストを受ける、そこで罠を張る」


 「はっ」


 「百戦騎士も呼べ、この国の騎士が力押しの者だけではないということを見せてやるのだ」



 ☆今回の成果

  ナイトメアウェイカー カレン(20)が仲間に

  ナイトメアウェイカー モミジ(21)が仲間に

  ナイトメアウェイカー アンズ(21)が仲間に

  ナイトメアウェイカー ライカ(20)が仲間に

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る