第3話

「ごめんなさい」

 老婆はついに、観念した。

普通の子供ならば、いざ知らず…

この子は、自分たちの手にはとても…

「ほら、行くぞ」

無情にも、老人が妻をうながす。

 この子には、罪がない。

その事が、彼女の心をさいなんでいた。

「いいから、早く!人が来る」

「ごめんなさいね」

未練がましく、その場に立ちすくんでいたのだが…

仕方なく老婆は、持ってきたカゴを、そぅっと下に置く。

「早く、見つけてもらえますように」

そうつぶやいて、背中を向けた。


 少し離れた路地で、娘が車の中で待っていた。

「本当に…これで、いいのかしら?」

これは、犯罪だ…

その事も、彼女を苦しめる。

「せめて、警察でなくても、病院とか施設に…」

何とかならないか、と娘に訴える。

「だって、仕方がないでしょ?

 私たちが、逆に責められるのよ?

 あの子は、母親に捨てられたの。

 母さんだって、いきなり赤ちゃんの世話なんて…無理でしょ?

 しかも…」

罪悪感からか、やけにまくしたてている娘も、さすがに言葉を濁す。

「いいから、早く出せ!人に見られる」

 老人は、小心者だ。

災いから、一刻も早く、逃れたい…

そう思っているのか、やたらと娘をせかしている。

「あんな、奇形の子供を」

吐き捨てるように言う老人のひと言に、妻は思わず顔を上げる。

「お父さん、それはあんまりです。

 あの子は…可哀想な女の子なんです」

その目は、怒りと哀しみで、赤く染まっていた。

これでは自分も、赤ちゃんを捨てた母親と、一緒なのではないか…と。

「いいから、ケンカしないで!」

こんな台風の夜に、これ以上困らせないで!

娘は両親を一喝すると、荒れ狂う夜の街を去って行った。


「じいちゃん、誰か来たみたいだよ」

 車の音を聞きつけて、少年が窓の外をのぞこうとする。

「気のせいだよ、早く閉めなさい」

家の中では、片づけて大わらわだ。

「でも…玄関に、誰か来たみたいだ」

 だが少年は、引き下がろうとはしない。

「風の音だろ?気のせいだって」

そう言う老人だったが…

ついに孫に説き伏せられ、しぶしぶ玄関へと向かった。

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