*粒

「これ美味しいわね」

 新作の菓子を受け取った画員の妻が言うと

「ウチの料理人の新作です、中の餡を工夫したそうですよ」

と少年が応えた。

「うん、粒小豆がいい味出しているわ」

 妻が頬張っていると

「私にも幾つかくれないか」

と言いながら生員がやって来た。

「私にもくれないか」

「生員どのは甘味好きじゃないんじゃない」

「姉上に持っていこうと思って」


*集中

 生員から珍しい菓子を貰った画員は、さっそく妻の部屋に持って行ったが、彼女は絵を描くのに集中していて夫が来たのも気付かなかった。

 画員は部屋の片隅に菓子と茶道具ののった盆を置くと、そっと部屋を出た。

 何であれ、夢中になれるものがあるのはいいことだと画員は思うのだった。


*声もなく

 自室で絵を描いていると、背後で気配を感じた。

「何か用?」

 画員の妻は絵筆を止めて訊ねるが応える声もなく消えていった。

 続きを描こうと紙上に目をやると、竹林の中に祠が描かれていた。

「ここに住みたかったのね」

 彼女は丁寧に絵を仕上げていった。


*騙し絵

「あれ、まだ全然描けてないじゃないか」

 茶菓子を持って来た画員が、妻の前に広げられた白紙をみて声を掛けた。

「そうなの、騙し絵って結構難しいわね」

 茶碗を受け取りながら妻が応えた。

「お前は正直者だから騙すことなんかは出来ないんだよ」

 画員が冗談めかしていうと妻は笑顔で頷いた。


*余白

「夫人、頼まれた絵、出来ましたか」

 少年が聞くと画員の妻は紙を広げながら

「一応、完成したんだけど、ここをどうしようか考えているの」

と余白を示した。

「俺が詩を書くよって言ってるんだけどな」

 側にいた画員が口を挟む。

「いや、このままでいいと思うよ」

 生員が応じた。そして

「この空白の部分が見る者にいろいろなことを語るんだよ」

と言うのだった。


*消える

「いったい、何があったんですか」

 店に来た画員の妻に少年が訊いた。

「泥棒が捕まったのよ」

と答えながら、妻はそのあらましを話した。

 数日前、図画署から大量の筆や紙が消える事件があった。それらが市場で売られていたのだった。

「出入りの業者が犯人だったの。賭博で借金をしたんだって」

「素人は賭け事をするものではないですね」

 パティシエ船員を思い出しながら少年は応えた。


*役割

「夫人、今日も残業ですか」

 少年は画員に聞いた。

「そうなんだ、重要な役割を担っているようなんだ」

 画員の答えに少年は

「夫人の実力からすれば当然ですよね」

と賞賛する。

「だけど、上の方ではあいつの能力をあまり評価していないようなんだ」

「女人ゆえでしょうか…」

「さあな」

 画員は履き捨てるように言った。

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