三
*粒
「これ美味しいわね」
新作の菓子を受け取った画員の妻が言うと
「ウチの料理人の新作です、中の餡を工夫したそうですよ」
と少年が応えた。
「うん、粒小豆がいい味出しているわ」
妻が頬張っていると
「私にも幾つかくれないか」
と言いながら生員がやって来た。
「私にもくれないか」
「生員どのは甘味好きじゃないんじゃない」
「姉上に持っていこうと思って」
*集中
生員から珍しい菓子を貰った画員は、さっそく妻の部屋に持って行ったが、彼女は絵を描くのに集中していて夫が来たのも気付かなかった。
画員は部屋の片隅に菓子と茶道具ののった盆を置くと、そっと部屋を出た。
何であれ、夢中になれるものがあるのはいいことだと画員は思うのだった。
*声もなく
自室で絵を描いていると、背後で気配を感じた。
「何か用?」
画員の妻は絵筆を止めて訊ねるが応える声もなく消えていった。
続きを描こうと紙上に目をやると、竹林の中に祠が描かれていた。
「ここに住みたかったのね」
彼女は丁寧に絵を仕上げていった。
*騙し絵
「あれ、まだ全然描けてないじゃないか」
茶菓子を持って来た画員が、妻の前に広げられた白紙をみて声を掛けた。
「そうなの、騙し絵って結構難しいわね」
茶碗を受け取りながら妻が応えた。
「お前は正直者だから騙すことなんかは出来ないんだよ」
画員が冗談めかしていうと妻は笑顔で頷いた。
*余白
「夫人、頼まれた絵、出来ましたか」
少年が聞くと画員の妻は紙を広げながら
「一応、完成したんだけど、ここをどうしようか考えているの」
と余白を示した。
「俺が詩を書くよって言ってるんだけどな」
側にいた画員が口を挟む。
「いや、このままでいいと思うよ」
生員が応じた。そして
「この空白の部分が見る者にいろいろなことを語るんだよ」
と言うのだった。
*消える
「いったい、何があったんですか」
店に来た画員の妻に少年が訊いた。
「泥棒が捕まったのよ」
と答えながら、妻はそのあらましを話した。
数日前、図画署から大量の筆や紙が消える事件があった。それらが市場で売られていたのだった。
「出入りの業者が犯人だったの。賭博で借金をしたんだって」
「素人は賭け事をするものではないですね」
パティシエ船員を思い出しながら少年は応えた。
*役割
「夫人、今日も残業ですか」
少年は画員に聞いた。
「そうなんだ、重要な役割を担っているようなんだ」
画員の答えに少年は
「夫人の実力からすれば当然ですよね」
と賞賛する。
「だけど、上の方ではあいつの能力をあまり評価していないようなんだ」
「女人ゆえでしょうか…」
「さあな」
画員は履き捨てるように言った。
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