15

「エイヴァリ…?」

サナは、動いた気配に声をかける。

エイヴァリはそれに答えずに、自分の持っていた細身の剣を手にした。

純正ではないがオリハルコンの混じった剣…

混じり物が多い所為か、ほのかな光りもない。

暗闇で何も見えないが、エイヴァリはその剣を手にしながら、岩を触っていた。


「何をしている?」

「ここから出たいのだろう」

「うん?」

「先ほども言ったが、この狭い空間であるにもかかわらず、息苦しさがほとんどない、ということはこの岩のどこかに隙間があるということだ。ならば、その隙間を見つければ良い」


冷たくそう言い放った。

なるほどな、とレウリオもサナも同じように隙間を探す。

レウリオはエイヴァリへ低い声を向けた。


「言っておくが、おれはまだ、お前を信用したわけじゃない」

「だろうな」


エイヴァリは先ほどまで、サナを使ってオリハルコンを持って行き悪用しようとした人物だ。

それをレウリオたちに邪魔されている。

それに、サナにオリハルコンを顔に投げつけられ、怪我を負わせられた。そのことを根に持っていないとは限らない。

更にレウリオは、エイヴァリの目を思い出していた。

サナはこの男を、怖いと言っていた。

エイヴァリのサナを見る目は、気にいらない。

サナを食い入るように見つめる視線は、レウリオには狂おしくもサナを求めるものに見えていた。

そんなレウリオの思いをよそに、エイヴァリはサナへ声をかけていた。


「お前は、見張り役のことについて色々と調べていたらしいが、なぜ、この剣が宝剣と呼ばれていたかは調べなかったのか」


そういえば宝剣については無くなった事くらいしか調べていなかった。

純正ではないのに…なぜ宝剣なのか。

なぜ、入り口に飾ってあったのか…。

答えられないサナに対し、エイヴァリはまあ仕方がないのかもしれないな、と低く笑った。


「おれの父親がこれを盗んだ時点で、この剣の意味もなくなったので、その役割が伝えられなくなったんだろうな。

これは、こういう事態の時に使用するために作られたそうだ」

そう言いながら、岩の一部をエイヴァリは丹念に調べ始めた。

隙間を見つけたらしい。

どうやら上方にあるようだ。


「万が一、この洞窟が崩れた場合…何らかの形で見張り役ではない人間が入り口を閉じるのに巻き込まれた場合を考えて…」

そこで言葉を止め、エイヴァリは、サナを呼んだ。

レウリオは自分のとなりにいたぬくもりがいなくなり、エイヴァリの横へと移動するのを感じ、憮然とした表情を浮かべた。

何だ、この喪失感……。

闇の中なので誰にも見られなかったから幸いなのかもしてない。



「オリハルコンと、抗体が共鳴するのはうすうす気が付いているだろう」

そう「財宝の呪い」と呼ばれるオリハルコンか、潮の流れか…

どちらかに共鳴し、20年に一度、見張り役の家系の人物の誰か一人の、瞳と髪が金に変わるのだと思っていた。

エイヴァリは、闇の中で銀の瞳を光らせた。


「見張り役は、自分の体内の抗体と、この剣を共鳴させて、岩を切り裂くことができる。この剣が純正でないのは、共鳴が強すぎないようにするためだ、と聞いた」


なるほど。エイヴァリの抗体では薄すぎる…。

ならば、私か。

サナは、エイヴァリの持つ剣を手探りで受け取った。

そして、先ほどエイヴァリが見つけたらしき隙間を自分も見つける。


「ちょっと待てよ…。その剣と抗体を共鳴させても、見張り役には何もねぇんだろうな」

レウリオが、エイヴァリの声のする方を睨みながら聞いた。

まさかとは思うが…見張り役の命と引き換えなんて言わないだろうな。

レウリオのその思いを読み取ったのか、エイヴァリは、さぁな…と答えた。

「さぁなって…お前…」


レウリオは剣へ手をやる。

サナの命を奪うようなものであるならば容赦はしない。狭くとも、刺すことくらいはできる…。

その気配を察し、ため息交じりで返答がかえってきた。


「落ち着け。おれだって知らないんだ。もともと、見張り役というのは、この島が平穏であるための犠牲だからな…」

「死ぬと決まったわけじゃないわ。可能性があるなら、やってみましょう」


サナの落ち着いた声を聞き、レウリオはしぶしぶ柄から手を離す。

確かに、何もしないよりは、いいのかもしれないが…。


剣を手にしたサナは、幽かな感覚を覚えた。

これは、この感覚は知っている…

昼に浜に立った時に感じる、あの妙な声が聞こえ、血が逆流するような感覚だ…

剣がサナの中の抗体を、全て吸い尽くすかのような…

昼の黒い髪の時には、顔色を変えてしまうほどのあの感じだ。

あまり、好ましいものではない。

わずかに不安が押し寄せてきた。

その時、隣に誰かが立ったのがわかった。

誰か、ではない。無論レウリオだ。

そうだ…この人がいれば、何も不安に思うことはない…

サナは、そっと片手を伸ばし、レウリオのその大きな手に触れた。

ほら…怖くない。

微笑み、そして、ためらわず剣を隙間に突きたてた。


一瞬、サナの髪とエイヴァリの髪は、目がくらむほどのまばゆい光りを発する。


レウリオは、自分の手を掴んでいるサナの手が、熱を帯び、火のように熱くなったのを感じた。

それと同時に、まぶしい光……暗闇にいた目には痛いほどの光でほんのわずかな間とはいえ何も見えなかった。

それらは一瞬の事ではあった。

サナの手がレウリオから離れる。

岩がまるで溶かされたように、穴が開いた。

と、同時に海水が、勢い良くどっと流れ込んできた。

「サナ!!!」

彼女の手を再び取ろうと伸ばしたのだが……


サナは自分の手がひどく熱を持ったのを知った。

このままではレウリオの手を燃やしてしまう。

そう思い、手を離した。


まばゆい光の中、一瞬で剣が柄だけになったのをかろうじて見た。

熱で岩に穴が開く。

そして、海水がすごい勢いで流れ込んでくる。

ああ、そうか…岩にあった隙間のところまではまだ海水はきていなかったのだけれど、下の方まで穴が開いたから…


サナは、海水に飲み込まれながらも、そんなことを、ぼんやりと考え、そのまま深く深く意識を閉ざした…



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