16

暖かいなぁ…海水って暖かかったんだぁ…

サナは、夢うつつにそんなことを思っていた。

海水…?でも息ができている……。

目をあけて周りを見たいのに、自分の目は、その思いを裏切るかのように開かなかった。

すごく眠い…

サナは、今一度そう思い、再び深く眠りにつく。

眠りに落ちる瞬間、波に揺られているような感覚があったが、現実なのか夢なのか、考えることはできなかった。




明るい日差しが感じられ、サナは、ゆっくり目をあける。

まだ、とても眠い…

そう思いつつ、身を起こした。

きちんと身体は動く。麻痺もしていなければ、痺れてもいない。

ただ、ものすごい眠気で、重く感じるだけだ。

いったい、どれくらい時間が経ったのだろう…

と、思ったとたんに心臓がドクドクと激しく鳴りはじめた。

サナは、顔色を変えて起き上がった。


ここは自分が過ごしていた籠りの塔だった。

昨日、出て行く時に、きちんと片付けた小屋。

また絶対に戻ってくると信じ、その通り、戻ってきた。

なんだか自分が見張り役であったことも、入り口が崩れたことも、みな夢の中の出来事のように思えた。

それとも、今ここにいることの方が夢なのだろうか?


では…レウリオは…レウリオの事も夢なのか?

彼はあの時、どうなってしまったのだろう…。

覚えているのは、突然流れ込んできた海水と、その直前に聞こえた自分を呼ぶ声。

不安に駆られ、サナは、重い身体を無理矢理引きずって外へと駆け出した。

街の中、人込みを駆け抜ける。

みな、見知った顔ばかり。

だが、サナの探す顔がない。

どこにもいない…


サナは、浜辺まで来ていた。

探す姿はここにも見えない…

「そんな…」

サナは、小石につまずいて、そのまま、へなへなと座り込んだ。

呆然と座り込んだまま、力が入らず立ち上がれなかった。


「今度は石につまづいたのか」

ふいに、声が聞こえる。

レウリオが笑いながら立っていた。

「ほら、立って、と言ってももう砂まみれか」

そう手を差し伸べてくるのは、探し求めていたその人。

サナは、その手を借りずよろめきながらも立ち上がり、そして思わず拳を振り上げていた。


「な…何よ!! どこに行ってたのよ!! どうしてたのよ!!

目を開けたらレウリオいなくて…死ぬほど心配したのに…」


ポカポカと、レウリオを殴りながら、サナは泣いていた。

レウリオは、その非力ながらも打ってくる拳を身体で受け止めながら、やはり笑っていた。


「勝手に早合点して、外へと飛び出していったのはお前だろう。おれもあの家にいたぞ」

「え……?」

「君はまる3日も寝ていたんだ。おれが水を飲もうと少し君の傍から離れた時に目を覚ましたんだな。

そして、一人で勝手に勘違いして走って出てきた、という事だ」


笑いながら言うレウリオを見ていて、急激に安心し体の力が抜けていった。

崩れるサナを、レウリオがしっかりと受け止め抱きしめる。


「……エイヴァリは…?」

「あいつは…」


レウリオの話によると、海水が流れ込んできた時に、レウリオは流されかけるサナの手を掴んだ。

その逆の手をエイヴァリが掴んでいたそうだ。

二人で、サナを浜辺まで運んでくれたらしい。

柄だけになったあの剣を手にして、一言

「こいつとお前への借りは返したぞ」

とレウリオを睨みながら言い、去って行ったらしい。

髪の色は、銀ではなく青味がかった薄墨色になっていたそうだ。


サナに教えるつもりは全くないが、エイヴァリは意識のないサナを少しの間食い入るように見つめていた。

あの目は、サナに対する想いの表れだと思っていた。

オリハルコンも欲しいが、サナのことも手に入れたい…

サナがおびえていた視線はそういう目なのだ。

……誰がお前なんかに渡すかよ……

レウリオの睨みを鼻で笑ったエイヴァリは静かに立ち去った。


サナは自分の髪を手にとって見た。

明るめな茶色と化している。

多分、剣と共鳴した時、体内の抗体がほとんどなくなったんだと思う。エイヴァリも、私も…。

ようやく本当に見張り役でも、守り人でもなくなったんだ…。

ほっとしたように微笑んだ。


レウリオは、そんなサナを見つめていた。

真摯なまなざしでも、からかっているまなざしでもなく、優しい目だった。

サナを、とてもとても大事に想っている目…。

サナは静かに目を閉じる。

そして、そっと重ねられる唇を受けていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る