12

日は沈みつつある。

サナは、まもなく変わる自分の目や髪のことも忘れ、エイヴァリへ走り寄ろうとした。

だが、今日は入り口の閉じる日…

呪いと呼ばれる毒素の一番強くなる日。

街の人々も急いで家へと向かっている。

サナはその流れと逆の方向へと行こうとしているのだ。

レウリオたちの姿が人々の影となり、一瞬、見えなくなる。


その一瞬が


ひどく不安になる。


矢も盾もたまらず、サナは人ごみの中を縫うように走った。

しかし。

その場にいるはずのレウリオたちは、先ほどの一瞬の間に消えていた。

サナの心臓はますます早くなる。

海には、ようやく名残をとどめている太陽の光。

雲がその夕暮れの光に照らされ、まるで金色の海のようだった…。

きっ、と口を引き締めると、サナは浜辺へ走った。

誰かが「危ない」とか「どこへ行く気だ」とか呼び止めていたような気がする。

しかし、サナの耳には届いていなかった。



浜辺には誰もいない。

サナはゆっくりと辺りを見回した。

数日前に、自分がむしってしまった月見花の草むらへと足を進める。

サナはそこで立ち止まり、一度目を閉じてからゆっくりと開けた。

眼鏡を外し、結っていたお下げをほどく。

りん、とした金の瞳には、苛立ちと怒りが含まれていた。


「エイヴァリ!! いるのでしょう!?」

咎めるような声で辺りを見る。

洞窟へと目をやるが、潮が引くまではまだ時間があった。

「エイヴァリ!!」

返事はなかったが、代わりに、カサリ、と草を踏む音がした。

金の瞳を後ろへと転じる。

そこに、金の髪と対をなす、銀の髪のエイヴァリが立っていた。

金の瞳が、その銀の瞳を睨みつける。


「…レウリオに何を言ったの?」

苛立ちながら尋ねるその声に、エイヴァリは軽く笑った。

「別に…ただ、今夜はあの中に歩いて行けるほどに潮が引く、と言っただけだ」

小馬鹿にしたような響きがそこに含まれていた。

エイヴァリは、自分を睨んでいる金の瞳をあざけるように見返した。

「おれがそう言わなくても、あいつならここへ来るだろう」

……それは、そうかもしれない。

この男に怒るのは間違えているのかもしれない。

「……本当に、それしか言っていないの?」

「ああ。それとも何だ?お前の正体でも教えておけば良かったのか?」

その言葉に答える代わりに、エイヴァリを鋭い視線で制した。

空は青みを帯びた灰色になっており、潮も引き始めている。


「あの人は…?」

どこにいるの?と聞こうとして、はっとして周囲を見回した。

あの後、すぐにこの場へ来ていたとしたら…。

幸いにしてその姿はない。

ほっと、安堵の息をつくと、エイヴァリが再び冷たく笑った。

「それほど心配か……それほど大切か…。金の瞳と髪のお前でも、あいつが大切か」

昼と同じことを繰り返すその銀の瞳を、やはり昼と同じように睨み返した。

「髪の色や、目の色は関係ないでしょう」

そう…目や髪が金色だろうが、黒だろうが関係ない。

レウリオが大切だ。

「お前は、おれに手伝う気などないのだろう」

あくまでも食い入るように自分を見る銀の瞳は、何故か哀れむような色があった。

「島は守りたい、あの小僧も守りたい。自分は死にたくない、そして、おれには手伝いたくない」

エイヴァリが歌うような節で言う。

「どれかを諦めなくてはならないだろうが。……お前の考えていることを言ってやろうか」

エイヴァリが一旦言葉を切り、浅く笑いながら続けた。


「お前は、おれもあの中へ閉じ込めるつもりだろう。自分と一緒にな」

金の瞳は、挑むような、それでいて悲しそうな色を含みつつ、笑いながら頷いた。

「ええ、そうよ…それがいやなら、あなたは諦めて」

…私の考えていることがわかっていたなら、何かをしてくるはず…

そう思いつつ、油断なくエイヴァリを見る。

エイヴァリは海を見た。

「もう、すいぶんと潮が引いたな」

確かに潮はかなり引いていた。

完全に砂が見えているわけではないので、多少はぬれるが、十分に歩いてその洞窟まで行けるだろう。

「そこをどいて」

凛とした声と瞳が、エイヴァリに向かって告げていた。

「……何をする気だ」

「決まっているでしょう。中和剤を浜に撒くの。あなたの手伝いをしようとしまいと、これはやっておかなくてはならないことだわ」

少女は服が濡れるのも構わず、ザブサブと海の中へと足を進め、洞窟へと入って行った。


追いかけたエイヴァリは、冷たく光る銀の目で、少女を見下ろしていた。

少女は洞窟で薬の入った入れ物を手に取り、また出て行こうとしているのだ。

エイヴァリは、まじまじと目の前の少女を見た。

その薬を持って、本当に浜辺に撒き、そして次の見張り役のために抗体を置いてくるだけのつもりか?

体内にある抗体が薄いエイヴァリにとって、洞窟の中に入っていくのは、あまり気が進まない。

入れることは入れるのだが…。


数日前に、ここへ入った時に抗体を探し手に入れようとしたが、それらも、またオリハルコンで作られた棚の中に入れられてあり、半端な体質のエイヴァリには取れなかった。

その抗体は、今、取り出され少女の手の中にある。

しかし、無理に奪おうとすれば、おそらく即座に海にでも投げ捨てるだろう。

入り口付近でにらみ合いながら対峙する二つの影。


「なるほど、本当に歩いて渡れた」

エイヴァリの後ろで、聞き覚えのある声がした。

はっとして、金の瞳も銀の瞳もそちらへと視線を移す。

「来たな」

エイヴァリは、にやりと笑った。

…彼に歩いてここまで来れるということを教えたのは、確実に…本当に確実に、彼が

ここへ来るように仕向けるために…

金の瞳が、エイヴァリを睨み上げる。

少女より先にエイヴァリがレウリオへ近寄ろうとした。

「エイヴァリ!」

エイヴァリの腕に飛びつき動きを止めながら、レウリオに二つの瓶を投げた。

「これ受け取って!!」

レウリオは落ち着いた動作で受け取った。

「…これは?」

エイヴァリは自分の右手にしがみついている少女を振りほどこうともがいている。

少女は必死でエイヴァリを止めながら大声で言った。

「片方が中和剤で、片方が抗体よ!それを持って、早くここから離れて!!!」


それを言い終わるか終わらないかのうちに、抑えられていたエイヴァリが少女を弾き飛ばし、体勢を立て直しながら立ち上がった。

「痛っ……」

壁に肩をいやというほど打ちつけ、少女は顔をゆがめた。

そんな少女をエイヴァリはちらりと一瞥し、そのままレウリオに向かって行った。

「そいつをこちらへ渡せ」

「…これか?」

「ダメ!! 早くそれを持ってここを離れて!!」

少女が肩を抑えながら叫んだ。

受け取った二つの容器を一旦懐に入れ、すっと腰に履いた剣を抜き、エイヴァリへと向けた。


「お前、今、サナを傷つけたな」

レウリオが静かな声で挑む。


「何をしているの!?あなたも早くここを出て!!」

全身を強く打ちつけたので、動くのが辛そうな少女は、痛みをこらえた声でそう告げていた。



その直後に「え…?」と目を見開いた。

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