11

サナは自分の荷物をこっそりと片付けていた。

片付けるといっても、大して物はないのですぐに終わる。

机の上に一冊のノートを置く。本と一緒にもち歩いていたノートだ。中には、この2年で調べたことが細かくメモされている。

…今日、一日…

正確には、半日だ。ざっと籠りの塔の中を見渡す。

片付けたとはいえ、サナは明日には自分の家に帰る気でいた。

…エイヴァリ…そして本土の客人レウリオ…何もなければ良いのだが…

サナは、いつものように本を手にして外へと出た。



レウリオは、本土の実家から何か届いたと連絡を受けたため、その荷物を受け取るべく、指定の場所へと歩いていた。

頭の中は、昨夜、聞いたこと以外もの何かありそうだと、すっきりとしない心持ちであった。

前方にエイヴァリの姿が見えた。ゆっくりとした足取りで、こちらへ向かって来る。

…あいつは…

レウリオは険しい目でエイヴァリを見た。

…あいつの目…

エイヴァリの目は銀色だった。

…確か黒い目だと思っていたが…

ゆっくり、ゆっくりと近寄ってくる。銀の瞳でレウリオを見据えながら…。



いつも下ばかり見て歩いているサナは、今日はしっかりと前を見て歩いていた。

だから早くに、その二つの人影を見つけることができた。

見つけたとたんに走り出していた。

うつむいているおかげで人にぶつかってばかりいる彼女は、今日は必死で走っているせいで人にぶつかりそうになる。


「エイヴァリ!!!」


レウリオがエイヴァリと対峙しそうになった、その時。

エイヴァリめがけて何かが飛んできた。

と同時に、鋭く、とがめるような、それでいて悲鳴のような声がかぶさる。

エイヴァリは、その飛んできた何かを軽々と止めていた。サナがいつも持ち歩いていた本だ。

飛んできた方向へと目を向けると、サナが息を切らして、本を投げつけた格好のまま、こちらを見ているのが見えた。

エイヴァリは、ゆっくりとレウリオからサナへと目を転じ近寄って行く。

レウリオは腰の剣に手をかけ身構えた。

エイヴァリが、サナに何かしたらすぐにでも…。

しかし、エイヴァリは何をするわけでもなく、ただ目を細め、面白そうにサナを見ながら、本を手渡した。

サナは、本を受け取りながら、丸い大きな眼鏡の下からエイヴァリを睨み上げている。

「……それ程、大切か…」

エイヴァリは、サナに低くそう呟くと、サナの横をすり抜け去って行った…

サナは、しばらくエイヴァリの背を睨んでみていたが、通りを行く人々がサナへと視線を向けているのに気がつくと、とたんに真っ赤になり頭を下げた。

「ご…ごめんなさい、ごめんなさい。お騒がせをして…何でもありませんから」

その様子を見て、そうか?本当に?と思いながらも、人々は動き始める。

レウリオも体の力を抜いた。

サナとレウリオの目が合う。

しかし、すぐさまサナは気まずそうに目を伏せた。



サナは、ほっとため息をついていた。

一瞬、エイヴァリの後を追おうかとも思ったが、どうせ夜に会うだろうと思い、その場に留まった。

そして、気まずさに顔を上げられずにいた。

レウリオに、昨日あのようなことを言ってしまった上に、いつもの自分ではないような、今の行動…。

どうして良いかわからず、サナは顔を上げずに「ごめんなさい」と謝った。


「あいつと何かあったのか?」

レウリオが聞いても、サナは首を振るだけでそれには答えなかった。

「あの…昨日は…言い過ぎました」

「いや。気にしていない」

そう答えるレウリオを、そっと見上げた。

真摯で、それでいて何かを問いたそうな目をしていた。

その目を見返すことができず、また視線を伏せた。

「サナ、あいつのことを何か知っているんだろう」

そう言われたが、しかし、サナは何も答えられず、目を伏せたまま首を振った。

レウリオは静かにため息をついた。


「サナ、お前は、あの見張り役のことを、どう思っている」

驚いて顔を上げると、真摯な目のままレウリオがサナを見ていた。

「どういう、こと……ですか」

「…いや、いい…」

サナは、もう一度レウリオを見た。

レウリオは遠く深い目で、何かを見通しているかのようにサナを見ていた。

同じ食い入るような視線でも、エイヴァリのような不快さはない。


ぶつかってばかりで、フラフラと危なかしくて、世話の焼ける奴だと思っているのだろうな。

でも、保護者としてでも、守ってもらえたのは、本当は嬉しかった…。

『…それ程、大切か…』

エイヴァリの言葉を思い出し、そうなのかもしれない、と思った。

大切…なんだろう、きっと…自分でもわからないけれど…。


「あの…」

サナは、思い切ったように、顔を上げた。

「今夜だけは…今夜だけでいいので、外に出ないで下さい」

「ああ、聞いた」

レウリオは笑いながら答える。

その顔を見て悟った。

ああ、今夜も出歩く気だ。

理由は聞いたはずなのに。

この人に利益なんて何もないのに…。

「どうして、あの場所に行きたがるんですか?」

「何でだろうなあ」

とレウリオはやはり笑っている。

サナも、ああ、やっぱりそうなのだろう、と少し笑った。


「…諦めが悪いって言うのは、決して、悪いことではないと思うんです、私…

 諦める、というのは、楽な、逃げる手段の一つだから…」

サナは、視線を落とし気味にして、そう、ぽつり、と言った。

「…けれども、今夜だけは!!今夜だけは本当に出歩かないで!

 エイヴァリにも会わないようにして、大人しくしていて!!」

サナはレウリオをまっすぐに見てそう言った。

そして

「…おねがい…」

とつぶやいた。


サナは帰ったふりをしてレウリオを見守った。

エイヴァリが近寄らぬように…


そんなサナにレウリオは気がついていた。

物陰に隠れながらついてくるサナに対し、ため息をついた。

…ったく、これだから放っておけないんだ、君は…


レウリオは本土の家から送られてきたものを受け取る。

思っていた以上に大きな包みで、何だこれは…?と少なからず困惑した。

まあ、送ってこられたものならば何かの役に立つ…んだろうな?親父殿?一応は信用してるんだから、な?

と言葉に出さずに自分の父へ問いかけていた。


そして、やがて日は暮れ人々は家路を急ぐ…。

レウリオも宿へと向かう素振りを見せた。

サナは安堵のため息をつく。

良かった…。

自分の髪や目も、まもなく色が変わるだろう。

一旦、家へ…

そう思った、サナの目に。


エイヴァリが映った。

レウリオに近寄り、何か一言、告げ、そして、去って行く…


ドクン

不吉な予感にサナの心臓が大きく鳴る。


…一体何を言ったの…?



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