9

カイは夜の闇を見つめていた。

明日、入り口は閉じる…多分、その前に、エイヴァリが、何かをしてくるだろう。

…彼から、この島を守らなくては。私は、守り人…見張り役なのだから。

しかしカイは疑問を抱いていた。

何故エイヴァリは一人で事を運ぼうとしないのか。

カイは考えながら、いつものように暗闇に紛れながら浜辺へと向かった…



歩いていたカイが、その足をぴたりと止めた。

「…エイヴァリ」

月待花の草むらから、ゆっくりと銀色の髪が現れる。

カイは、エイヴァリの銀の瞳をまっすぐに見つめた。

エイヴァリも、カイを食い入るように見る。

「私ね不思議だったの。確かに、私はほぼ一晩中、この浜辺を歩いているけれど、あなた一人、あの洞窟の奥に進んでいく隙はいくらでもある。

歩いては行けないだろうけれど、闇に紛れて小船であの中まで行けば、あなたの望むものを取ってこれるわ」

エイヴァリの目を見つめたまま続けた。

「なのに、あなたは私に手伝わないかと言ってきたわ。……おかしいわよね。一人の方が好き勝手できるのに」

そこで一旦言葉を止めて、じっとエイヴァリの顔を見た。

「エイヴァリ。あなたの身体は、浜辺を歩くくらいしかできないんでしょう。

あなたの身体じゃ、あの中に入って、あの物質に触ることができないんでしょう」


だから…

私ならば、あの物質に触れるから、手伝えと言っているんだ。

おそらく、いや絶対にエイヴァリは完全な見張り役ではない。

40年も前に島を出て行った人物が、見張り役の家系に伝わっている抗体を持って行ったとは思えない。

エイヴァリの銀の目と髪は、父親の体内にあったものが継がれて出てきたものだろう。

薄いのだ。ゆえにその力も不完全。


挑むような目で見つめているカイを、エイヴァリは、ふっと軽く笑った。

「見た目だけではなく、性格まで別人なのだな」

カイは目だけで余計なお世話だと告げた。

「お前の言った通り、おれは、あの中のものに触れられない。純度が高すぎる。…中に入ることはできたがな…」

カイは、3日前の夜に見た気がした帆影を思い出した。

あれは気のせいではなく、エイヴァリの船影だったのだ。

あの時、洞窟に入って行ったというのか。


カイは肩をすくめた。

「私は手伝う気はないし、あれを持ち出すのを許すわけにもいかないわ。触れないんだったら諦めて」

カイの言葉に、エイヴァリはわずかに笑った。

「お前は、自分のその役目を、何とも思わないのか?」

その言葉に、カイは一瞬、眉をひそめ、言葉を詰まらせる。

「いやだろう?普通は逃げたいと思うはずだ」

カイは、唇をかみしめた。

…そう、私は自分の運命がいやだったからこそ、あがいた。

その思いを読んだように、エイヴァリはたたみかける。



「自分の命と引き換えに、入り口を閉めるなんて、おれの父親じゃなくても、逃げるだろう!!」


「…そのせいで、多くの人が死んだのに!?」



遺跡の中には、次の見張り役の家々に伝えるための抗体と、浜に撒くための中和剤が置いてある。

前の見張り役が作ったものだ。

抗体も、中和剤も、中のものを使用しなければ作れない。

その遺跡に行くには、洞窟の奥の扉を入って行く。

その扉は外から開けて中から閉める。

そうしかできないようになっている。

いや、扉は洞窟が顔を出す年に、海水が引くことにより、自然と開いてしまう。

しかし、洞窟がまた海に沈む時、海水が満ちても扉は閉じない…

それを閉じなくてはならない。


エイヴァリの欲しがるモノ…それが、海に流れ出てしまったら…

この島では、魚を食すことができない。

また、潮風にも毒素が含まれているので、人は住めなくなる。

ここを捨て他へ住めばよい、と言うかもしれない。

しかし、20年ごとの、そのことにさえ目をつぶれば、この島は心地よい島であるのだ。

見張り役は、中から扉を閉め、20年後に使う中和物質と抗体を作る。

いかに抗体があるとはいえ、ずっと中にいれば身体も弱まる、少しずつ、蝕まれ、朽ちていく。

それが運命なのだ…島を守るための…



カイは、見張り役の家系に生まれ、そのことを教わりながら、常に疑問に思っていた。

一人の犠牲の上に成り立つこの生活は何かおかしい、と。

そう思い、何とかできないものだろうか、と少しずつ、調べていた。

20年目が来るより2年も前から、ずっと…。

そして、髪と目の色が変わり、今回の見張り役が自分だと知り、更に調べた。

明日入り口が閉じる、という今日という日でも、それは変わらなかった。

運命に抗いながら…

たとえ、自分がだめであっても、次回の見張り役のためになるかもしれない、と…。


「確かに、この運命は私もいやよ…

でも、私は自分が助かりたいからと言って、ただ逃げて、何人もの命を失う結果を招くのはもっといや!!」

カイは、再びエイヴァリを睨みながら、きっぱりと言った。

「私は、あなたに手は貸さない。……絶対に!!!」

エイヴァリは、冷たく光る銀の瞳でカイの金の瞳を見つめた。

対をなすかの如く輝く金と銀。

しかし、二人はまったく相容れないものである。


しばらく視線をぶつけ合っていたが、やがてエイヴァリが、カイに嘲笑し、言った。

「そうか…お前がそう思っていても手を貸してもらう」

どうやって…?

カイ表情だけで問う。

エイヴァリは、そんなカイの顔を見て更に冷笑し、街の方を見る。

「いつも、お前と一緒にいるあの保護者気取りの若造…」

その言葉に、カイはわずかに顔色を変えた。

「レウリオ…?」

しかし、カイは、すぐに顔色を戻し、エイヴァリに負けぬくらい、冷たく笑った。

「人質にでもするつもり?あなたには無理よ。あの人、多分強いわよ」

直感的に、レウリオのことを強いと感じていたが、しかし本当のところはどうなのだろう。

エイヴァリは冷笑したままだ。


「この剣…」

と、自分の持つ剣を抜いて見せた。

わずかに金色を帯びた細身の剣。

「父親にもらったんだがな…この島で作られたものだそうだ」

カイは、再び、わずかに顔色を変えた。

「まさか…40年前に消えた宝剣…」

エイヴァリは冷たく笑ったまま言う。

「そう。純正ではないが…わずかにあの物質…オリハルコンが混じっている剣だ。

純正ではないから、おれが持てるのだがな…よく切れるし毒も帯びている」


カイは笑みを消した。

「毎夜、おれはこうやって出歩いている…べつに、こそこそと隠れながら来ているわけではない。

なのに、なぜ宿屋の親父がわからないと思う?」

カイは、不信なまなざしでエイヴァリを見た。

そう…この3日間、続けて夜歩いているのに、島の住人に眉をひそめられることはない。人目を避けているのならばまだしも…。

「暗示…」

カイがそう言葉に出すと、エイヴァリはおかしそうに笑った。

「あぁ、そうだ。おれは、宿から出ていない、という暗示をかけておいた。

暗示をかければ、人質でも何でも作れる、あいつじゃなくても島民の誰でも」

「…!!」


カイは、息を飲んだ。

「そんなこと…!!だったら、私にかければいいじゃない!!私に手伝わせるようにすればいいじゃない!!」

そう言うと、エイヴァリはカイの金の瞳を一瞥した。

「やってみたさ。幾度もな。そう…さっきもやってみた。しかし、お前には通用しなかった。だから、直に言ってるんだ」

そうか…この男の食い入るような視線は…そうだったのか…。


「さぁ、どうする?」

剣をカイに突きつけながら、エイヴァリは言った。

どうする…?

自分の中でも反復していた。

レウリオに話し注意を促すか、もしくはカイへの協力を仰ぐか?

それとも、この男の言うとおりにするか?

エイヴァリの冷たい目を前に何も言えずに、それでも、その目を見据え苦悩した。



後ろから砂を踏む足音がする。


はっとして振り向くとレウリオが近寄ってきていた。

カイは、もう一度エイヴァリへと向き直ると、エイヴァリは冷たく笑っている。

カイは、苦悩で険しくなった表情で、その顔を見ていた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る