8
サナは、街を歩きながらエイヴァリを探していた。
昨日の「余計なことを教えるな」とは、どういうことなのかを知りたい。
それに、銀の髪の人物についても、エイヴァリに聞かなくてはと思っていた。
しかし…
見つけたところで、サナから話しかけていけるとは思えない。
この姿では、いつもうつむいて、考え事をしているだけなのだから…。
サナは、ため息をついた。
「誰かを探しているのか」
そう声をかけられ、顔を上げるとエイヴァリ本人がサナを食い入るような目で見ながら立っている。
やはりゾクリと背筋が寒くなる。
サナは、一瞬身を小さくしたが、すぐにエイヴァリを見上げた。
「…あなたを、探してました」
「ほぉ?」
「あなたは、……一体、何者なの」
やっとの思いで、サナがそれだけ口にすると、エイヴァリは抑揚のない声で言った。
「浜へ行こう。ここで立っているのも何だろう」
一方的にそう言い、スタスタと歩いていく。
サナがついて来ることを疑ってもいない様子だ。
浜……
サナは躊躇した。
この姿で、あの場所へは行きたくない。
しかし…
結局、サナはエイヴァリの後ろをついて行った。
「この場所は嫌いか」
エイヴァリは、サナを振り返って言った。
強張っているサナの顔を見て、わずかに笑ったが、目にはどこか軽蔑したような色があった。
「夜は平気なのにか」
「…やっぱり夕べの…いいえ、その前の夜も。…あなたなんですね、ここにいたのは」
緊張のためか、それとも、この浜へ来ているせいか、サナの声は震えていた。
自分の前で小さくなっているサナを見て、エイヴァリは、また冷たく小さく笑った。
「まったく…別人だな、本当に…」
その言葉に、サナは顔を上げる。
「それは、あなただって同じないですか!!!」
自分でも思いもかけぬ程の大きな声が出た。
そのおかげで少し冷静になれた。
「あなたは一体、何者なんですか」
先ほどと同じ質問をする。
「おれの父親はこの島の出身だった」
エイヴァリはそう言い、意味ありげな目でサナを見た。
この島の出身…?
サナは、はっと思い当たった。
「まさか……あの、40年前の…」
エイヴァリは、何も答えず、ただ黙ってサナを見ているだけだ。
「そう…なんですね…?」
あなたのお父さんのせいで、あの時、この島が、どんなことになったのか!!
サナは、エイヴァリに詰め寄りたいのを我慢するかのように、目を閉じた。
言ったところで自分はその当時に生きていたわけではない。
落ち着こう。
そして、エイヴァリと視線を合わさぬようにしたまま、尋ねた。
「銀の髪はもっと長かったけれど…」
エイヴァリは、サナから目を離さずに答えた。
「今月になっていきなり髪と目の色が変わった。父から昔、聞いたことはあったよ。あの人自身がそうであったということを」
知っているのか…
では、守り人のこと、見張り役の、その役目のことはどうなのだろう。
サナは、エイヴァリの視線から逃れたく、うつむいたままでいた。
「しかし、まさか、おれの髪や目まで変わるとは思っていなかった。それに、金と聞いていたのに、まさか銀とはな…」
そう言って、すっと自分の髪に手をやり、その黒髪を脱いだ。
するり。
と、長い銀の髪が出てくる。
サナは息を飲んで、一歩よろけるように後ろへ下がった。
昼なのに、色が…
凝視するサナを見つめるエイヴァリの目もまた、銀色であった。
「目の色は、自分の意思でなんとかなるのだが、この目立つ髪はどうにもならなくてな」
サナ自身も、日没からいくらかの間は、自分の意思で何とか髪と目の色を抑えられる。
それと似たようなものだろう。
エイヴァリは、相変わらず抑揚のない声で続ける。
「あの洞窟の奥に何があるのか、おれは知っている」
その言葉に、サナは眉を寄せた。
「あの中にある、モノを使えば、世界だって手に入れられる…そうだろう?」
ゾクリ。
寒気がして、サナはエイヴァリから逃げようとするかのように、また後ずさりをした。
そのサナの右の腕を、エイヴァリが掴む。
そして、また食い入るようにサナを見た。
「どうだ…お前も手伝わないか?見張りという役目なんか…その自分の運命なんか、ばかばかしいだろう?」
サナは、エイヴァリの視線に耐えられずに、また目を閉じる。
「お前はいやじゃないのか?その役目が…」
エイヴァリの声に、サナは必死で首を振った。
確かにいやだ…逃げたい…
けれども、逃げてしまったら、40年前と…この男の父親がしたことを繰り返すことになる。
あの時は…見張り役の家系の者たちが、島民たちが何人もが…
そう、髪の色も目の色も変わっていない抗体の表に出ていない普通の人たちが、知識のみだけで入り口を閉じ、そのために、犠牲になっていった…
見張り役の家、すべての血が絶えるのではないかと思えるほどの…
サナは目を開き、エイヴァリの手を振り払った。
「…させません…」
泣きそうに震えている声で、一言そう告げた。
そして、必死にエイヴァリを睨む。
…使わせない…私が、そうさせない…。
エイヴァリは、鋭い目でサナを見る。
すっと片手をもう一度、サナへと伸ばしかけ、そして止まった。
射るような視線も、サナから離れ後方へと向けられる。
「何をしている」
後ろからかけられるその声に、サナも振り向いた。
レウリオが、エイヴァリに負けぬほど鋭い目で睨んでいた…
「ん…?」
レウリオは封書を配達人に渡していた。
昨日、サナから聞いた話、今の島の現状、何だかわからないが抱えた微妙なもやもやした気持ちもそのまま記し、父の元へ手紙としてすぐに届けて欲しい旨を申請したところ、手紙程度ならば、と許可がその場で出された次第である。
配達人がこれから船で届けてくれる。
もしかすると明日にでも返事が来るかもしれない
その時、エイヴァリに声をかけられ、迷いながら、その後ろをついていくサナを見かけた。
…あいつは、昨日の…また、からまれたのか?
別にレウリオが気にしなくてもいいのかもしれないが、店を出て追いかけることにしたが、すでに二人の姿はなかった。
どこに行ったのかわからないのではしょうがない、と思ったが、その足はなぜか浜へと向けられた。
そこに向かっただろう、と漠然と感じていた。
果たして浜にはサナの姿があった。
しかし、もう一方は銀色の髪の男がサナを睨んでいる。
サナはその視線におびえている…ように見えた。
どう見ても、楽しそうに会話をしていたという雰囲気ではない。
2人に歩み寄り、銀の髪の男を睨んだ。
「何をしている」
サナは、自分をかばうように立つレウリオの背を、ほっとした思いで見た。
銀の髪の男…エイヴァリは、睨むレウリオを鼻で軽く一笑し、その輝く髪を揺らして去って行く。
一言
「知らぬということは、幸せなものだな」
とレウリオに告げ…
サナは、エイヴァリの背を険しい目で見た。
…余計なことを言うのは、そっちではないか…
「どういう事だ?」
と、レウリオは後を追おうとしたが、サナがレウリオの背を掴んだ。
その、すがるような、半分泣きそうな、困りきった、怯えた目を見て、レウリオは、ため息をつきながら、頭をがしがしとかいた。
「サナ。君は危なかしいから妙な奴にからまれる、と昨日言ったばかりだ。気をつけられないのか?」
保護者のようなその口調に、サナは、ごめんなさい…と呟いた。
「あの目立つ銀色の奴は一体、……また、ぶつかって脅されていたんだろう」
と、レウリオに言われ、ち、違いますよぉ、と首を振った。
同時に、あれがエイヴァリだと気付いていないことも知った。
「ったく」
世話が焼ける、と言うようなため息と共に言うレウリオの声が、いかにも助けたのが面倒だと言っているように聞こえた。
…そうよね……金の髪の少女には、あんなに真剣な目を見せるのに…いつも、ぶつかってばかりの私じゃね…。
サナは、わずかに悲しくなった。
「助けてくれてありがとうございました」
それを隠すかのように深々とお辞儀をして、それじゃぁ…と、戻ろうとした。
「送っていく。君一人じゃ、また誰かにぶつかるだろ」
と、からかうような声で言われ、サナはレウリオを振り返った。
「助けて欲しい、守って欲しい、と頼んだ覚えはありません!」
自分自身で驚くほどの大きな声が出てしまった。
レウリオは、その、泣きそうな、しかし、何かを怒っているような目を見て、からかうような表情を消した。
そして
「ああ、そう」
と、言い捨てた。
言いすぎた…サナはうつむき、そのまま歩く。
あんなにきっぱり言わなくても良かった…
でも、レウリオは、カイの時と私に対する時では態度が違う。
それが悲しかった。
先ほどの“世話が焼けてしょうがない、面倒だ”といわんばかり声は、カイの前では絶対に出さないだろう。
…いや、そもそも自分の正体を隠している私が悪いのだけれど…
サナは、ため息をついた。
立ち止まり、振り返る。
「…どうして、ついてくるんですか…」
すぐ後ろを歩いているレウリオに言った。
「仕方ないだろう。おれの行く方向もこっちなんだから」
そう…ここは一本道だから、当たり前のことなのだ…
わかっている答えに自分でイライラし、落ち込んで再び、うつむいて歩き出した。
人込みの中へ戻ってきたサナは、
「それじゃぁ、ここで…」
と角を曲がって去って行く。
それを眉根を寄せながら見送ったレウリオは
「ったく、わけがわからない」
と、呟いた。
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