7

その夜もカイは浜辺へと行く。

今日は誰もいない。昼の話は少しは効果があったのかもしれない。

カイは、そう思い、いつものように軽い足取りで波打ち際を歩いた。

そうして、いつものように洞窟を見る。


あの奥にある入り口から、わずかずつ染み出てくる毒素…それが呪いといわれるモノの正体だ…

その毒素は、この浜へ来るまでの一本道のあたりまでしか届かない、と言われている。

また、体力に自信のあるもならば、入り口が閉じる日以外の日は、さほど影響を受けないらしい。

確かにレウリオを見ていれば、それは納得できる。

だが、40年前には多くの島民が亡くなったという記録を考えると、風の流れや何かで街にも届くようだ。

見張り役は入り口が開いた初日、抗体から作られる中和剤を少量ここへ撒く。

毎夜、この浜を歩くのは、その効き目を確かめることも兼ねている…のだと思う。

見張り役の家系に継がれている抗体。

それらは、20年ごとの見張り役が、あの遺跡の中にある「モノ」から作り出す…

抗体は、ほんのわずかであり、とてもではないが、島中の人の分は作れない。

だから、あの中に入って行けるだけの抵抗力がある、たった一人の人間がいなくてはならないのである。


空にかかる月を見上げ、金の瞳に憂鬱そうな色を浮かべた。

あと、わずか…そう、あと2日で入り口が閉じ、カイは役目を終える。

守り人でも、見張り役でもなくなるのだ。

その時に自分がすべきことを思い、カイはため息をついた。

それは、夜たった一人でこの浜辺にいることがようやく終わる、という安堵のため息ではなく、重い重いため息であった。


そう言えば…40年前の事件の時…あの入り口に飾ってある宝剣が一振り、無くなったんだっけ…。

何故かそんなことを思い出していた、その時。

視線を感じた。

鋭利な刃物か何かのような視線。

カイに不安感を与える、いやな視線。

誰かが見ている……?

振り向いたカイの目に、長い銀の髪の人物の後ろ姿が映った。

それは、月の光りの下、髪自体が光りを発しているかのように、また、カイの金の髪と対をなすかの如く、鮮やかにくっきりと輝いていた。

…エイヴァリ?

とっさにそう思ったのだが、エイヴァリの髪はあれほど長いわけではない。

なぜ、そう思ってしまったのか…

声をかけられずにいるうちに、その銀の髪の人物は歩き去っていった。

カイは追いかけもせずに、その場に立ちすくんだ。


「カイ」

声をかけられるまで、カイは銀髪の人物が消えた方向を見つめていた。

振り返るとレウリオが立っていた。

「どうしたました? 何かありましたか?」

酷く心配そうな顔で聞いてくるレウリオを見て大きく息をついた。

安堵のため息だった。

それを誤魔化すかのように

「今日は大人しくしているかと思ったのに」

と、大げさにがっかりしたように言った。

「それは当てが外れたでしょう、残念でしたね」

カイは今自分が見たことは黙っていた。話したところでどうとなるわけでもない。レウリオには関係のないことなのだ。


「で?何かしら?私に、そんなに会いたいわけ?」

ふざけて聞くと、レウリオは意外にも真摯な目をしていた。

一瞬、カイはその目にドキリとする。

しかし、すぐに

「ああ、あの洞窟の財宝がそんなに気になるのね」

と、にっこり笑ってみせた。

しかしレウリオは何も言わない。

“…何を考えているの?”

カイは、レウリオの目をまっすぐに見つめる。

しかし、その目からはレウリオの考えなど読み取れなった。

カイは、やれやれと肩をすくめる。

「そんな目で見られたら、どうして良いのかわからなくなるじゃない」

ため息混じりに笑いながら言い、その場を立ち去ろうとすると、レウリオが口を開いた。


「カイ。あなたは昼はどこにいる?」


その問いに再びドキリとする。

「それだけ目立つ髪の色だ。昼に見かけたらすぐにわかるはずなのに、一度も見ていない」

「昼は眠っているの」

努めて平静な声で答えた。

「へぇ…どこで」

挑むような声で問いかけられる。

「棺桶」

からかうように答えてはみたが、心臓はドキドキといっていた。

「なんです、それは。あなたは人外の生物か何かですか」

「そうかもね」

「じゃあ、その棺桶とやらは、どこに?」

「内緒」

カイはゆったりと微笑んで見せた。少し皮肉っぽく、そして、自信たっぷりに。

そうして、再びからかうように言ってみる。

「なぁに?昼にも私に会いたくてたまらないわけ?」

しかし、鼓動が早鐘のように打っている。


私は…この人に、本当のことを見破られるのを恐れているのだろうか。

それとも、見破って欲しいと願っているのだろうか。

いや…この人は旅人だ。

この島の…私のことなんかに、手を煩わせるわけにはいかない。

それに、「呪い」のこともまったく信じていなかったではないか。

金の髪と黒の髪…

どちらの私も、2日後にいなくなるなんて。

この人に言っても仕方のないことだ。


カイは、もう一度レウリオの目をまっすぐに見る。

「入り口が閉じる時に、見張る役がする事とは?」

「内緒」

また、からかうような口調でカイは答えた。

「全部、内緒だと?」

やれやれと言うレウリオに

「そうよ…あ、でも名前はカイよ。全部、内緒じゃないわ」

と笑って見せた。

レウリオが再び真摯な目でカイを見る。

そして

「カイ…ね…」

どこか皮肉めいた口調で言った。

「あら、疑っているの?」

一瞬の冷汗を押し隠し、カイは笑う。


カイ、それは守り人の相称であるから嘘ではない、個人の名前ではないだけだ。


「おれは、あなたを嘘つきだと思っている」

何を言っているの?という目でカイはレウリオを見たが、心臓はレウリオに聞こえるのではないかと言うほど、早く大きく鼓動を刻んでいた。

「カイ、あなたは…君は何を抱え込んでいる…何を隠している」

カイは何も言わずに黙って笑った。

ここへ来るな、と何度言っても聞いてはいない、この人物。

ひょっとして、この人ならば何とかしてくれるかもしれない…

カイはその考えを否定し小さく首を振った。


ばかね…

何とかって…何をすると言うのよ…


40年前に、守り人が逃げた所為で、島がどれほどの被害にあったか。

住人のおよそ半分が死んでいったのだ。

守り人の直系が5家中4家まで絶たれた。

跡継ぎ以外の島の外へと出て行った者たちに無理を言い戻ってきてもらい、また守り人の家系を5家に戻した。

今でも、語り継がれるその話。

役目を逃げ出してはいけないのだ。


「……もう帰って」

カイは、レウリオに背を向けた。

レウリオは、それ以上何も言わずに見送っている。


『それだけ目立つ髪の色だ。昼に見かけたらすぐにわかるはずなのに、一度も見ていない』

レウリオの言葉を思い出し、カイはいぶかしんだ。

銀の色も昼は別の色……?

髪の長さはともかく、カイは心の中でエイヴァリが何かを知っている、と決めていた。

あの男に、会わなくては…

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