6

昨日、レウリオが行こうとしていた図書館の中にある談話室を一部屋、使用許可を取り、そこに座った。

「えぇと…何から話しましょうか…」

サナはそう言い、少し考えてから話し始めた。

「この島は、普段であれば、夜だって人は出歩いているし、それなりに賑わってるんですよ。

でも、20年に一度、夜がまったく静まり返る年があって…それが今年なんですよ。

あ、一年丸ごとというわけではなく、今の時期の一月くらいなんですけれどもね」


気弱そうな声で一生懸命に説明しながら、サナは自分の知識を探る。

どこまで話して大丈夫だろうか。

どう話せば、気付かれないだろうか。

見張り役が自分であるということに…。

そう考えれば考えるほど曖昧なことしか言えなくなる。

それを、口下手、話し下手なふりをして…いや、演技でも何でもなくサナは話し下手なのだが…ごまかしていた。


「じゃあ、見張り役は、本当に夜、その入り口近くを見ているだけなのか?」

「あ…いえ…普段は誰かが出歩いていないか、入り口付近に異常はないかを見回るだけですけれど、入り口が閉じる時に見張り役がいないと困るんですよ。その…入り口を閉める作業か何かがあるらしくて…」


しどろもどろに言うサナの言葉を怪しみもせず聞いていた。

こういう時、サナの自身なさそうな態度は盾になる。


「入り口を閉じる作業か…。財宝って一体何だ?」


その言葉に、サナは一瞬身構える。

この人の思っているような財宝じゃない、という事がわかれば、もしかして、もう夜に歩かなくなるかもしれない。


「…遺跡です。とっても古い…」

「遺跡?」

「はい。その遺跡から、その…あの…呪いがかかるって…そんなふうに言われています」

「その呪いっていうのが、何となく信じられないんだが」

「の…呪いはありますよ。40年前の見張り役が自分の役目を投げ出して、島を出て行ってしまったらしいんですよ。そして、見張り役がいないことを幸いとばかりに島に来ていた旅の人が、財宝…遺跡に入っていってしまったそうです」

入り口の閉じる、ちょうどその日の夜に。

「で、その旅人は?」

「帰ってこなかったそうです…亡くなったと…。いえ、その旅人だけじゃなく、その年は守り人がいなかったから、島が…島の人たちが多く亡くなったといわれてます」

そう言い、サナは、ほんのわずか上目遣いにレウリオを見た。

「だから…あの…もう夜は出歩かない方が…」

頼りなげにではあるが心配しつつ、サナは言った。

「ああ、考えておく」

「え…考えとく、って…」

サナは、自分の話が結局無駄であったらしいことを悟りため息をついた。


古い遺跡の呪い…毒を持つ小さな虫や、毒素を持つ鉱石などが考えられるが…。

古代遺跡と古代信仰の書物なら、ここよりも、実家うちの方がありそうだな。

帰ってから調べてみるか…、いや、今の状態も知らせておくべきかな。

レウリオは手帳に記した。



話も終えたので談話室を出て、書架を通り過ぎた時だった。

「おい…」

呼び止める声があった。

瞬間的にビクリとして振り向くと、エイヴァリがサナを見ていた。

レウリオはエイヴァリに気がつかず図書館を出て行ってしまっている。

それを止めないエイヴァリは、どうやらサナに声をかけたらしかった。


「は…はい?」

「余計な事を教えるな」

余計な事…?

サナは、その時、再びこの男の目が銀色に光った気がした。

だが、そこにあるのは刺すように鋭いくらい瞳…

褐色の虹彩と黒い瞳孔は、やはり銀色などではなかった。


「あなた…一体…」

この人は、一体何者だろう…?

どうして、こんなに恐ろしいと思うのだろう…。

エイヴァリの方も、食い入るようにサナを見つめる。

「どうした?サナ」

呼ばれて振り返るとレウリオが立っていた。


緊張で強張ったサナの顔を見て、レウリオはエイヴァリをじろりと見る。

エイヴァリは、そのまま黙って立ち去った。

「彼は昨日の…」

そして、隣で肩で息をつき緊張を解いたサナを見た。

「何か言われたのか?」

「道を教えてくれって」

サナはとっさに嘘を言った。

「それだけで、そんなに緊張を?」

いぶかしげに見る、レウリオの鋭い視線に

「…あの人…なんだか恐いから…」

サナは今度は正直なことを言い、エイヴァリの後ろ姿を見た。

決して大柄ではない、むしろ細身である25~26歳くらいの男性…どこか、どうというわけではない。

抱えた本を力いっぱい抱きしめて、エイヴァリの去った方向を見ているサナを、レウリオは、恐いか…と呟きつつ見た。

確かに妙なやつではある…。


「君はどうも危なっかしい。人にぶつかったり、物にぶつかったり」

「…物にはぶつかってません…まだ…」

サナは、小声で言い返したが、聞こえてはいないようだ。

「そんなんだから、さっきのような奴にからまれたりするだろうし」

サナはエイヴァリを思い出し、またわずかにゾクリとした。

うつむいて、黙ってしまったサナにレウリオは多少の謝辞を含めた声を出した。

「…気に障ったか?」

「え…?い…いいえ。そうじゃないんです。気にしてません。まったく」

そう言えば夕べも似たようなことを言われたんだっけ…と少しおかしくなって笑った。

昨日から口調が砕けているのも、なんだかおかしい。


「君はあいつのこと恐いと言っていたが、おれのことは怖くないのか」

レウリオのその言葉に、少し困った顔をした。

「いえ…あの、少し恐いというか…」

人見知り故に接し方がわからず、どうしていいのかわからなくはなるが、エイヴァリに対するものとは違うと思う。

その違うのが何なのか上手く言えずに、サナは言葉に詰まった。

「だろうね。おれを見る時いつも上目遣いで、不信そうな目をしている」

レウリオの笑いを含んだ声に、サナもつられて笑った。

「だって、レウリオさんの目つき、鋭いから近寄りにくい」

サナは、自分がこんなふうに軽口をたたくことに驚いていた。

「酷いな。この目つきは元々だ。仕方ないだろ。それから、さん付けはやめて欲しい」

と、かなり渋い顔で言うレウリオを見て、サナはくすくすと笑った。レウリオも笑っている。


「そう言えば、いつも本を持っているな」

レウリオはサナの手にしている本へと視線を落とした。

「あ、これですか?…見張り役のこととか、島のこととか、自分でもわからないことが多いから、少し調べようかと思って…」

「へぇ…なんで」

というレウリオの問いに、サナは

「自分の住んでいる島の事ですし、興味があるから…」

としか答えられなかった。



本当は…自分の役目のことを調べている…

自分の、この「役目」について…



サナは、その思いを隠すように、微笑んだのだった。

レウリオは、それ以上何も言わずに、その微笑を見つめた。

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