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そもそも、この島は、20年に一度、「財宝」の眠る洞窟の入り口が開くようになっている。

潮の流れの関係で普段は隠れている洞窟が現れるらしい。

なぜ20年に一度なのか、詳しいことはわかっていない。気まぐれな海流の所為なのか何なのか。

ただ、その「財宝」は人に害をなすものであり、その呪いと言われている災いは、主に夜に働くと言う。だから、20年毎に来るその年、その期間には、島の人々は夜に歩くことをしない。

しかし、ただ一人。

夜に海辺にいなくてはならない存在がいる。

「財宝」の呪いのかからぬ、唯一の人物。

それは、金の瞳に金の髪をしているという。

金の髪と瞳を持つ者のみが、夜の島に佇み、「財宝」を守り、誰も近寄らぬように見張るのだという……



とは言うけれど…。

カイは目を細める。

その見張り役になる家系というものが五家ほどある。

その家系の者たちが、「財宝」を守るすべを伝えらる。呪いと言われるモノに対しての抗体のようなものが、5つの家系にそれぞれに継がれるのだ。

その抗体の影響が顕著に表れる部分が、瞳と髪である。

20年に一度、五家のいずれかにいる15~20歳くらいの人物の一人が、金の瞳と髪に変わる。



それが、今回、私だったってこと。

そして、入り口が閉じる時にカイの役目も終わる。

カイは浜辺を歩き、黒い海を見ながら再び息をつく。

見張り役の各家系の該当の年齢の人物一人が、それぞれの家にある籠りの塔と呼ばれる白い小さな小屋で過ごす。眼と髪の色が変わらない人物たちは、つかの間の一人暮らしをするだけだ。

ただ、色の変わった本人だけが、その小屋の隠し通路を使い海辺へ出て行く。

島の人々が、誰が見張り役であったのかを知るのは、入り口の閉じた後のこととなる…。



カイは、物憂げな目で、黒い海を眺め続けた。

そして、何かの気配を察知して浜辺の一角を見る。


「……本っ当に、あきらめが悪いのね」

カイは、大きなため息をついた。

今夜もカイの目の前にいるのはレウリオだ。

「それで?どうしてまたここにいるの?」

「寝てたんですよ」

と事も無げに言う。

「…は?」

カイは、あきれた声を出した。

わざわざ夜にうろついて、しかも、わざわざ外で寝るという、レウリオの考えがまるでわからなかった。

「ただ黙って待っているだけだと暇で、つい寝てしまってました」

と笑って言うレウリオに、信じられない、と首を振った。

「何それ……寝るなら、宿で寝ていればいいじゃない」

そうまでして、夜に外にいたいの?

そう言いたげな目をしているカイに対し、レウリオはニッと笑ったままである。


カイは、そのレウリオの目を真っ直ぐに見た。

少々鋭い目元は気高く、真摯な光がある。決して嫌いな目ではない。

カイは、少々羨ましい気持ちを交え、レウリオの目を見つめていた。カイに見つめられながらも、レウリオは顔色一つ、変えない。


「一体、君は何なのですか?何が特別なのですか?」

そう聞いてきた。

カイは、ああ、昼にも聞こうとしていたっけ…、と思い出していた。

「私はね…」

そう言いかけた時。

わずかに足音を聞いたような気がした。

そして、背筋がゾクリとし反射的に振り向く。

しかし人影一つ見当たらない。


「…今、誰かいなかった?」

緊張を解かないままカイはレウリオへ尋ねた。

「ああ…いた」

レウリオも表情を引き締め剣に手を置き、カイと同じ方向へと目をやる。

緊迫しているからか、口調が変わっている。

カイは、草むらの向こうに何か光ったのを見た気がしていたので覗いてみたが何もない。

あるのは、夜にだけ咲く月待花と呼ばれる黄色い花だけだ。これが夜露に濡れ、月の光で光って見えたのか?

…いや、そんな光ではなかった。

もっと…銀色の…それとも限りなく白に近い金色なのだろうか…そんな色だった。

そのまま草むらに座り込む。

何だろう…イヤな感じがした…。

昨夜の、一瞬見えた帆影と同じだ。

そう思いながら、カイは手近の月待花をむしっていた。


「誰かいましたか?」

カイを追ってきたレウリオが尋ねる。

口調は戻っている、さっきの口調のままでも別にいいのに…。

そんなことを思いながら、カイはまた黄色い花をむしり取った。

「いいえ…誰も…。誰もいなかったわ」

そう言いながらも、また一つぶちっと花をちぎっている。

自分が花をむしっていることには気がついていないようだ。

レウリオはカイによってむしり取られ点々と草の上に散っている黄色い花の残骸を見た。


「…その花、全部ちぎってしまう気ですか?」

レウリオにそう言われ、はっと気付いた様子で自分の周囲を見る。

「え…?あ…もったいない。かわいそうなことをしたわね……」

カイのその言葉に、レウリオは、へぇ、と意外そうな顔した。

「草花には優しいのですね」

その言葉に、カイは、心外、という表情をする。

「何よ、それ。私は優しいわよ」

誰にでも、と言おうとして、カイは口をつぐんだ。

誰にでも?…この姿では、島の誰とも会っていないのに…

カイの、心の中など知らぬだろうレウリオは、笑って言った。

「そうですか?この3日、おれが見たのは、ほとんど仏頂面か、あきれ顔。もしくは、挑戦的な笑いだけ。

話をするといっても、一方的に夜歩くなと命令しかされてません。優しさの欠片も貰ってないですよ」

「酷いこと言うわね」

カイも笑った。


しかし、心の中では先ほどの気配が気にかかる…。

一体、何だったのだろうか…あの銀色の光…

カイはエイヴァリを思い出した。

そういえば、あの人の目、一瞬、銀に見えた…。

そして、すれ違いざまに感じた妙な緊張…

ひょっとして、あの人物なのだろうか。

そう思い、もう一度、月待花の咲いている草むらを見た。

花は何も答えない。

「どうしました?」

レウリオに声をかけられ、カイは、また我に返った。

「気に障りましたか?」

そう言われカイは、笑いながら答えた。

「そうね。とっても傷ついたわ」

にっこりと、自信たっぷりに笑ってみせる。

先ほど感じたいやな思いを隠すかのように。

「傷ついたっていう感じの顔ではないでしょう」

レウリオも笑ってみせる。

どこか皮肉げで、その割に悪意の無い笑み。

自信ありげに笑ってみても、常に不安がつきまとっている自分とは全く違う笑い。

カイは、レウリオの目から視線を外し、洞窟へと移した。


あと、数日…

カイは、思わず、小さくため息をつく。

「…そう言えば、この辺りの場所は、島の人たちにとって顔色を失って動けなくなるほど、怖い場所なのですか?」

レウリオが思い出したように聞く。

カイも、思い出しふふっと小さく笑った。

そう…この姿でならば平気なのだが…

カイはいたずらっぽく目をきらめかせ、笑いながら言った。

「そうね。この場所が一番、呪いを受け易い場所だから」

本当か、と言いたげなレウリオに、そうよ、と更に笑ってみせる。

「さ。今日は、もう帰った方がいいわ。夜に出歩かないで、っていうのを抜きにしても、遅いわよ」

そう言って立ち上がり、じゃぁね、と歩き去ったのだった。

「あ…見張り役のこと…」

とレウリオは言いかけたのだが、カイはスタスタと去って行ってしまっている。


レウリオは、昼といい、今といい、聞いたことに対し答えが返ってこなかったことを、すっきりしない思いでいた。

でも、まぁ、確かに夜が遅い…。

レウリオは仕方なくその場を後にした。

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