3

次の日。

島にまた一人、島民以外の人が来た。

続けざまに島外から人が来たということで少々さざめきあっていた。

名前をエイヴァリというらしい。

サナは、あまり興味なさそうに、その噂の飛び交う中を歩いていた。両手でしっかりと本を大切そうに抱えながら、何かを考えているような顔をしていた。

そして、道の角を曲がる。


トン、と誰かにぶつかってしまい、丸い大きな眼鏡がずれる。

あ…また…昨日も人とぶつかって転んだばかりなのに…と慌てながら頭を下げる。

「ご…ごめんなさい」

眼鏡を直しながら謝ると

「おや、また君か」

と苦笑混じりの声がした。

え…?と、見ると昨日ぶつかった人物がどこかあきれた様子でサナを見ていた。


「あ…ご…ごめんなさい、ごめんなさい」

「そんなに何度も謝らなくてもいいですよ…足の怪我は大丈夫ですか?」

サナは、目の前の人物が自分の膝の包帯を見ていることに気が付き、自分も膝を見た。

「まったく大丈夫です。…ああ、すみません、大げさに包帯なんか巻いて…」

何かと言うと謝るくせでもあるようだ。

「だから、そう謝らなくてもいいのだけれど……ところで、この島に図書館などはありますか?」

レウリオは苦笑しつつ、道を聞くことにした。

サナは、ああ、と頷き

「それでしたら、向こうの2つ目の角を左に…」

と言いかけ、

「良かったら案内しますよ」

と、おずおずと申し出た。

はちみつ色の髪の人物も、それはありがたい、と頷いた。


自分はレウリオという、と名乗のる。

…知ってる。

サナは、心の内で呟きながら、私はサナといいます、と答えた。

「あの…この島には何をしにいらしたのでしょうか…?」

こんな時期に、と言外に言われたようでレウリオは苦笑した。

「おれの家、本土のアラス礼拝堂のある家なのですが」

とレウリオに言われ、サナは一瞬きょとんとしたが、すぐに真顔になった。

「アラス礼拝堂…アラス司祭様の!?」

「ああ、知ってました?」

「有名な聖職者のお名前ですよね!?そこの…おぼっちゃま?」

サナがそういうと、レウリオは苦笑しながら首を振った。

「ぼっちゃまはやめてください。

おれはそこの三男なんですよ。家は長兄が継ぐことが決定したんですが、そのことを祖母の縁者に知らせようとしたものの、何度送っても手紙が返ってきてしまうため、おれがこうして直に知らせにきました」


ちなみに、とレウリオは自分の腰に下げている剣に軽く手をやり、自分は聖騎士として兄たちを守ろうと思っている事を告げた。

「なるほど…そのかたと連絡はついたのですか?」

「いや、ずいぶんと前に一家全員亡くなっていたようです」

「ずいぶん前、というと…どれくらい前のことですか?」

「ええと、確か40年ほど昔だったと聞きましたが」

という言葉にサナは、さっと顔色を青ざめさせた。

そして意を決したようにレウリオを見上げる。

「あの…夜は出歩かないほうがいいですよ…」

そう小さな声で忠告をした。


レウリオは、ああ、そのことか、と三度苦笑した。

自分が二晩続けて夜歩いていることは、結構知られているらしい。

「夜歩くことは、そんなに危ないのですか?」

レウリオのその質問に、サナは困ったような目をした。

「ええ…あの…この島には財宝、みたいなものがあって…」

と、気弱そうな声で話すサナに、レウリオは頷いた。

「ええ、聞きました。夜だけ入り口が開いて、それで夜歩く人は呪い殺されるという」

レウリオの言葉に、サナはこくこくと首を縦に振った。

「そうですよ、殺されたら…大変じゃないですか。だから歩かない方がいいです」

心配そうな声のサナに、レウリオは笑った。

「あいにくですが、呪いとかというものはまるで信じちゃいないものでして」


仮にも聖職者の家系の出のレウリオだが、その手の話はほぼ噂や昔話に尾ひれがついた程度にしか思っていなかった。

「そうは言いましても…その、おばあ様の縁者のご家族が亡くなったのは、その呪いのせいかもしれないのですが…」

というサナの言葉にわずかに眉をよせる。

どういう意味なのか…という事だろう。

呪いの類の話を信じてもらえていない事を知ったサナは、ため息をつく。

「そう言えば、見張り役とか名乗る人物がいましたが、あのかたは一体…?」

夜の浜辺にいた彼女からも、呪いの話を聞いたばかりだ。

レウリオのその問いに、サナは何かを言いかけ口を開いた。

しかし、サナの目に一人の見慣れぬ男性が映り、そちらに気を取られた。


この島の住人ではない…あの人が、やって来たもう一人なのだろう。

男性はゆっくりとした足取りで、歩いてくる。25~26歳といったところだろうか?

それほど大柄ではないその人物は、すれ違いざまにサナと目が合った。

その一瞬、サナはビクリと肩を震わせる。

その男性の目が銀色に光ったように見えたのだ。

もう一度その男性の目を見るが、褐色の虹彩と、黒い瞳孔…サナと同じ目の色だ。銀などではない。

見間違い……?

その男性は立ち止まることなく去っていく。

知らず知らず力が入っていたようで、ほっと息をつくと同時に肩が下がった。


「……知り合い?」

サナの様子をみて、レウリオがそう尋ねた。

「え…?…いいえ。見たことの無い人です。今日この島へ来たっていうもう一人の旅の人ですよ。多分」

サナがそう言うと

「いやに緊張していたように見えましたが」

と、レウリオは今の男性の後姿を振り返った。

「だって…知らない人ですし…」

とサナはうつむきがちに答える。

「でしたらオレもそうですね?」

と、にやりと笑うレウリオに、サナは、そうでしたね、と笑って答えようとした。

だが、その笑みは、ぎこちないものとなる。


レウリオは、サナのそのぎこちない笑みには気がつかないようだった。

もともとが気弱そうなサナだ。人見知りが高じていると思われているのだろう。

サナは、今のエイヴァリという人物が気にかかり、もう一度その後姿を振り返った。

エイヴァリは、浜辺の方…あの洞窟がある方向へと歩いていったように見えた。

そのことを不安に思い眉を寄せた。

「…どうかしました?」

レウリオに声をかけられ、はっと我に返る。

「いえ…何でも…」

と首を振ったが、それでも気になり、もう一度振り返る。


そんなサナを見て、レウリオは言った。

「気になるなら行ってみますか?」

え…?とサナは驚いたようにレウリオを見上げた。

「あちらの方角…見張り役とかいう人がいた海辺ですね…向こうに行くのが気になるんでしょう?」

と言い、勝手にエイヴァリの消えた方向へと歩き出す。

「ちょ…ちょっと待ってください…」

サナは、あわててそれを追った。

「気になるというか…あの場所には近寄らない方がいいと思っただけで…あの…聞いてますか?」

浜に行きたくないと思っているサナは、必死にレウリオに向かって声をかけているのだが、レウリオはどんどん先に行ってしまう。


「…いない…」

結局、浜辺まで来てしまったサナは、その場にエイヴァリはおろか、人が一人もいないのを見て、ほっとした。

けれども、ここまで一本道なのに、どこに行ってしまったのだろう…。

見渡していると、レウリオは一人で海辺まで行っていた。

「も……戻りましょうよ」

サナの呼びかけはレウリオには聞こえていないようだ。


いやだ…ここにいたくない…。

サナは、そう思って、大きな声でレウリオを呼んだ。

「お願い!! 戻りましょう!!」


あまりに必死なサナの声に、レウリオは何事かと振り返えると、サナは顔色を失くして細かく震えている。

そんなサナに驚くというよりは呆れが勝った。

「そんなに怖いですか、ここが」

そう言われサナはうつむいた。


どう言えば良いのだろうか…

妙な声が聞こえ、血が逆流するような感覚がある事を…

サナは、上手く伝えることができず、ただ、うつむいたまま首を振った。

そんな、ただ首を振るばかりのサナを見てレウリオは息をついた。

「わかった、戻ろう」

あまりにもあきれ過ぎたためなのか、口調がぞんざいになっている。

しかし、レウリオのその言葉に、サナは安堵したように息を吐き頷いた。


歩きながら、顔色が戻ってきたサナを見て、レウリオは聞いた。

「そんなにあの場所がイヤか?」

口調は砕けたままになっている。

サナは、それに気が付きうつむいたままわずかに笑った。

「ごめんなさい…やっぱり、あの場所は…島の人にとっては忌む場所ですから」

そして、立ち止まり

「図書館はあそこです」

と、一つの建物を示した。

「ああ、そうか…ありがとう」

レウリオの言葉に、いいえ、と首を振ったサナは、空が既に色を変えている事に気がついた。

一面のピンクがかった黄金色…

夕暮れ時だ!

街の人も帰路を急いでいる。


しまった!!!  戻らなくては!!!!


サナは、再び顔色を変えた。

「あ…あの、もうすぐ日没なので私、帰ります。図書館ももう閉まってしまう時間です。明日、来ることをお勧めします!」

と少々早口でレウリオへ告げる。

「あ…! 見張り役のことは」

とレウリオが言いかけるが、サナは既に足早に戻り始めていた。

「また、明日にでも」

という一言だけが返ってくるだっけだった。


サナは走り出していた。

…日没まで、戻らなくては…!

眼鏡の奥の黒い瞳がキラっと光る。

日が沈んでも、しばらくの間であれば、なんとかなるが、できれば外にはいたくなかった。

ドアをくぐり、しっかりと閉じる。

…間に合った…。

必死で走った所為で息が上がっている。

しかし、それだけではない鼓動の早さがあった。


一度目を閉じ、息を吸い込んでゆっくりと開ける。


眼鏡を外し傍らの鏡を見た。

そこにいるのは、金色の目と金色の髪の少女。

これはカイ…

夜の島の見張り役、財宝の守り人…



変わったのは目と髪の色だけ。

そして、眼鏡が無くても見えるようになるので外しただけ。化粧をしたわけでも何でない。

しかし、それだけで、まるで違う少女に見える。

サナの時は、常に猫背でうつむきがちなのに対し、カイの時では背すじを正し、相手の目を真っ直ぐに見ることができる。背も5センチほど高くなったように…自分では思える。

見た目が変わると、性格も変わるものなのだろうか?

いや、本当は中身もまるで変わっていない。

ただ…


見張り役、守り人になっただけ。


そうして、自身ありげな微笑みをしてみる。

サナの時ではできない微笑み。

だが、その目はどこか悲しげで物憂げだった……。

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