2
夜とは打って変わり、日中は街にも人がたくさん出歩いている。
不思議なものだ。
財宝の呪いなど、本当に島中で信じているとでもいうのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、路地から出てきた誰かとぶつかった。
「キャッ…」
小さい声がして、一人の少女が倒れ込んだ。
ぶつかった拍子に外れたらしい眼鏡と、手にしていたらしき本が転がる。
「ご…ごめんなさい……私、よそ見してて…」
気弱そうな声が謝ってくる。
そして、落とした眼鏡を探りあてて目にかけた。
ほっと息をつき、それからキョロキョロと見回し本を探す。
「これですか」
レウリオが拾い差し出すと
「あ…はい、ありがとうございます。すみません」
と、頭を下げた。
丸い大きな眼鏡をかけた、目立たない感じの少女。
黒に近い濃茶の長めの髪は、後ろで一本のおさげに結われている。
先ほどの気弱そうな声に合うような、どこか、おどおどとした表情でレウリオを見ていた。
「あの…ケガはありませんでした?」
「あ、ええ、オレはどこも何とも…」
と、レウリオは言いかけ、少女のひざから血が出ているのを目に留めた。
「あなたの方がケガしているではないですか」
え?と少女は自分を見て、ひざの血を見つけ、本当だ…と呟いている。
言われるまで気がつかなかったらしい。
「大丈夫ですか。手当てを…」
とレウリオが言いかけると、少女は
「あ…いいえ。痛くないし、歩けるし、全く大丈夫です」
と頷いている。
そして、本を抱え
「本当にすみませんでした」
と深々と礼をし足早に歩き去る。
まるで、レウリオから「怪我が心配なので送って行く」という言葉が出てくることを拒絶するかのような態度だった。
あまりのことで、あっけにとられて見送ってしまったが…
本当に手当てをしなくて大丈夫なのだろうか。
確かに足を引きずっている様子はない、そして何か急いでいるようだし…。
怪我した少女を一人で帰してしまったことを気に病んだが、とりあえず、あの少女の言葉を信じることにして、レウリオもその場を去った。
少女…サナは、振り向いて先ほど自分とぶつかった相手を見た。
はちみつ色の髪をしたレウリオは、サナとは別の方向へと歩いて行き人混みへと消える。
その後姿を見て、ふぅと息をついた。
剣を腰に下げているから剣士なのかもしれない。目元も険しいからぶつかってしまった時に「どこに目をつけているんだ!」とか何とか怒鳴られるかもしてないと思っていた。
心配してくれてたな。…怖い人ではないみたいだ。
サナは、もう一度息をついてから歩き出した。
丸い大きな眼鏡の下で、目が少し笑う。
おさげが背で揺れていた…。
夜。
結局レウリオはまた出歩いていた。
昨夜と違い、今夜は雨がぱらついている。
それが人の影のない、寂しい風景をより一層寂しくさせた。
雨が降っているし、彼女も今夜はいないのかもしれない。
無駄足だったのか?
と、帰りかけた時だった。
「……懲りない人ね」
後ろから声がした。
振り返ると、目立つ金の髪と金の瞳の少女が、傘もささず雨の中を歩いてきた。
そして、小首をかしげじっと金の瞳で見る。
「わざわざ雨の中、何をしているの?」
夜は出歩くなと言ったはずじゃないの、と心の中で付け足しているのがありありとわかる。
「もう、夜は歩かないで。本当にロクな事が起きないから」
ため息をつきつつ金の瞳をきらめかせながら、夕べと同じように言った。
「ロクな事が起きないとは、どんなふうに?」
レウリオがにらむような目で聞くと、少女はその目を真っ直ぐにとらえ見つめた。
「死ぬわよ」
その言葉に一瞬ひるむ。
冗談にしては悪質だ…しかし、少女は笑っていない。
金の目に、物憂げな表情を含ませている。
「それはどういう…?」
「それは…」
少女は、何かを言いかけたが、ふいっと、暗い沖へと目を転じた。
「……船……?」
いぶかしそうに眉を寄せ沖を見つめている。
レウリオも少女の見ている方向を見た。
しかし、そこには黒い海があるだけで、船の影など一つも見えなかった。
「何も見えませんが…」
そう言ったが、少女は固く唇を結んだまま沖を見つめていた。
何だか、イヤな予感がする……
少女は、背筋がゾクリとするのを感じた。
今、一瞬見えた確かに帆影が見えた。
何なの、もう、この人は夜に出歩くし…と苛立たし気に沖から視線を外した。
「もう宿へ戻って。そして、もう夜は出歩かないで」
あと数日でいい、大人しくしていて欲しい。それが、この人のためなのだ。
少女は、レウリオをその場において一人歩き出した。
「あ、君の名前は?」
少女の背に向かって呼びかけると、立ち止まり振り返った。
「カイ」
そう一言だけ言い、再び歩き去って行った……。
カイ…
それは守り人を示す相称。
鍵の番人と言う意味であり、本当の名前ではない。
今の自分はカイ…守り人で見張り役だから……だから、嘘は言っていない。
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