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その島はほぼ一年中初夏のカラリとした暑さが続く島である。

昼は確かに暑いのだが、夜になると寂しさを含んだような涼しい風が吹いた。

過ごしやすさがあるはずなのだが、何故か夜になった途端に、ぱったりと人影がなくなっていた。

この島は、普段であれば本土とは一日4本、船が行き来している。だが、今の年はその行き来する船が止まっていた。

利用したいものは、役所に申し出て交通手形を発行してもらわねばならぬという。


レウリオは面倒なことだ、と思いつつも手形を発行してもらい、この島へやってきていた。

目的は、父の跡継ぎが長兄に決まったという祖母の縁者への連絡だ。

父は聖職者であり、大きな礼拝堂を有している。長兄も敬虔なる信者であり成績も優秀であったので、次兄もレウリオも長兄が継ぐことに対し、何ら思う事もなく、もめることもなく、すんなりと決まった。

次兄は教師が天職というように、教育関係に従事する方向にしたようだ。


レウリオは三男である。

レウリオ自身も聖職者ではあるが、どちらかと言うと剣を握り体を動かす方が性に合っていた。

父は、好きなように進めばよいと言ってくれているので、修道会の騎士にでもなろうか、と精進している最中である。

さて、そのような家系であるからか、縁者への連絡は欠かさずにいるのだが、この島に住んでいるはずの祖母の縁者への連絡がつかない。手紙を送っても宛先不明で送り返されてくるので、面倒ではあるが兄弟の中で時間に余裕が持てるレウリオがこうして赴いたのだった。


到着して調べてみると、その縁者は40年程前に亡くなっていた。その頃、島民が多く亡くなる事故があり、役場の職員の手も足りず仕事も滞るほどであったため、どの家の誰が無くなったのかという把握も難しくなっていたという。それで本土の方に連絡漏れが起こっていたようだ。

この島にいた血筋も20年近く前に全て絶えたらしい。

今いる職員が申し訳なさそうに説明してくれた。

ならば仕方がない。

「そうですか、調べていただきありがとうございます」

レウリオの用事は早々に終わってしまった。

が、今は船が止まっている時期であり、帰る船の手形はまだ取っていなかった。

島に泊まっていくしかあるまい。


そのような状況であるのだが、夜になった途端に人がいなくなる。

開いていてもおかしくないはずの酒場ですら、早々に閉められていた。

島中が早寝早起きの習慣でもあるのか、というと、夜には明かりの灯っている家がほとんどで、そうとも言い切れぬものがあるようだ。

何だというのだろう…。

レウリオはすることもないので、散歩のつもりで歩いていた。

夜の海は、すべてを飲み込みそうなほど真っ暗だった。

人がいない分、余計に寂しさが増す。


その時であった。


「あれは…」


夜目にもくっきりと鮮やかな金色の髪の少女。

浜辺に立ち、沖を見つめている少女が目に入ったのだ。

レウリオ自信の髪も金に近いはちみつ色で明るく見える。

しかし、彼女の髪はあまりにも美しい金であり、それ自体が光を発しているかの如く輝いていた。


月から降りてきた天女……


そんなイメージが、あてはまりそうな雰囲気を持っていた。

その少女がこちらに気付いたように、ゆっくりと顔を向ける。

髪と同じように、その瞳も金色。

レウリオを見つめる少女は、まるで現実味の無い存在に見えた。



夜の海辺に人がいることに、少なからず少女も驚いていた。

少女を見つめる眼差し……

この島の住人ではないことは確かだ。

ああ、そう言えば、昼間に本土から人が来たという話を聞いたわね……

少女は心の内で呟く。

だが自分と同じくらいの年齢の人だとは思っていなかった。

腰に下げているのは剣だ。……騎士には見えないけれども…見習いさんかしらね。

ところで島民は誰も彼に「夜は出歩くな」と言わなかったのだろうか?

少女は、軽い足取りではちみつ色の髪をした彼の方へと歩み寄った。



あまりにも現実離れした雰囲気の少女と目が合ったレウリオは動けなかった。

自分の見ているその少女は、今にも消える幻のように思えた。

しかし、その幻はゆっくりと軽い足取りで近づいてきて目の前で立ち止まる。

そして、その可憐な唇を開いた。

「こんばんは。旅人さん、かしら?

 夜には出歩かない方が良い、って島の人に注意をされなかった?」

綺麗な細い声でそう言うと、にっこりと笑った。

微笑みすら、どこか現実的ではない。

とっさに声が出てこなかった。

確かに、この島に上陸した時に言われてはいた。

『夜には、出歩かない方がいいよ。…夜になっても何もないから』と。

そして、その言葉どおりものの見事に何もなく、それでも探索がてら歩き回っていたのだ。

「悪いことは言わないわ。もう、夜には……特にこの付近は歩かない方が良いわ。

 ロクなことが起きないわよ」

金色の瞳をきらめかせながら、少女はそう言った。

「君は…?」

「私……?」

少女は、その金色の瞳を少しおもしろそうに輝かせた。

「私は守り人……見張り役よ」



多分、自分に名前を聞いているのだろうと少女は思ったが、あえて名前は言わなかった。

それに守り人というのも見張り役というのも嘘ではない。

「…守り人?オレはレウリオという」

「そう…。レウリオさん、早く宿にお戻りなさいな」

少女はもう一度、帰るように促した。

「この島は何故夜になると人がいないのですか?ロクなことが起きないというのは…」

「この島には、とてつもない財宝が眠っていてね」

くすくすと笑いながら少女はレウリオの言葉をさえぎるように言う。

「その入り口は夜にだけ現れるの。

 けれども財宝に近づく者には、たとえ島の人だろうと、容赦なく呪われるようになっているのよ」

そう言いながら、いたずらっぽく光る金の瞳。


どこまでが本当なのか…?

「それで、夜はその入り口の近くはおろか、街の中でさえ、めったなことでは島の人は出歩かないのよ」

「本当の話ですか?」

疑わしそうなレウリオの声に少女は肩をすくめた。

「さぁ?けれども昔からこの島では信じられてきていることよ」

少女は、レウリオの目を真っ直ぐに見つめて答えた。

「では、どうして君はここにいるのですか?」

「私は守り人。見張り役で特別だから」

少女は繰り返し、そう答えただけだった。


レウリオはこの時に決めた。

もうしばらくこの島に居ようと。

そして、もう少しこの少女の話を聞いてみようと。

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