(つづき)youtubeやTikTokを本気にしてるやつ、読め

 小説や風聞録のようないわゆる無駄な文章について言われることは、実は大多数の読者にとって、他の大部分のいわゆる重要な記事にも同様に言われる。多くの読者が社会記事や政治欄、インフルエンサーの投稿を見る心持ちが、小説・アニメ・映画などの無駄な文章を消費する心持ちと根本的にどれほど異なるかということはよくよく考えて見るとどんどん分からなくなってくる。違いの主な部分は記事の内容の現実/非現実にあると考えてみても、読者自身にとって切実でもない、しかもいわゆる定型のためにかえって真実をゆがめている社会記事と、事実は如何にせよ人間の中身にいくらか触れている小説・アニメ・映画などとの価値の相違はそう簡単に片づけられるものではないと私は思う。しかしそれを厳密に調べるのは私が書いている内容には関係ない。

 さて、ここで、私を含めた全人類が、全ての社会記事・政治欄・インフルエンサーの投稿を絶対に必要とするものだと仮定する。そういう仮定のもとに毎日供給され続けているSNS記事の大元たる供給プログラミングを破壊し、毎日のSNS記事を全廃する実験を遂行するとすれば、必然的にこれらの情報を供給する別の新システムが必要になってくる。

 この必要に応じるもっとも手ごろなSNS上のものは、週ごと、月ごと、旬の時期に供給される刊行物である。名前は何と名付けられようとよい。ともかくも現在の毎日毎日流れてくる日ごとの情報の短所と悪弊あくへいをなるだけ除去して、しかもここに仮定した必要な知識を必要な程度まで供給する情報供給媒体である。

{私はここ2,3年ロンドンタイムズの週刊をとっている。これがロンドンで出てから私の目に入るまでにはどうしてもラグがあり、それは1ヶ月くらいである。しかし私はそのためにイギリスやヨーロッパ、あるいは世界じゅうにおける重要な出来事をあまりに遅く知ったために、著しい損害を被ったと思うことがいまだ無いように思う。}({}内は原文をほぼそのまま書いた。現代ではどのようなものが当てはまるのでしょうか。)のみならず、日本のSNS記事の不徹底な文章を読んだときは何のことだかまったく分からなかった様々な事がらが、ロンドンタイムズの週刊を読んだら初めて腑に落ちた、という経験がしばしばある。これはおそらく自分のような迂闊うかつな者に限った話ではなく、はじめに挙げたようないわゆる善良で真面目な大多数の日本国民についても同様に当てはまることではないだろうか。

 もしそうだとすれば、国内の重要な情報を十日ないしひとつきおくれて、そのかわりまとまった形でかなり確実に知るということもそれほど不都合とは思われない。それで不都合に感じる人がいるとしても、それは、前に繰り返し指摘しておいた少数の除外例(=記事を書く当人、または投機的なことをやる悪い事業家)に過ぎない。そしてそれらの人々はSNSの24時間利用の制限がかかったところで決して困りはしない(何らかの悪どい方法を速やかに見つけ出すはずだろう)。困ったとしても、大多数の人々の幸福を犠牲にしてまで彼らのことを守る必要は微塵もない。


 

 あらゆるSNS記事の中で、本当にその日その日に知らなければならない事がらは探して見ると少ないものである。

 まず、列車バス等公共交通機関の遅延の知らせである。特に都心部においては車を保有していない人も多いから、「何々の影響で列車(あるいはバス、地下鉄、その他)に遅れが生じている」という情報がなければなぜ列車が定刻になっても来ないのか不安になるだろう。車を持っていない高齢者や障害者等にとっても、足となるそれらの運行状況を知ることは必須である。また、新幹線や航空便においては遅延や運休、欠航を事前に知らせてもらわないと大変な無駄足を踏む可能性もある。しかしこれとても必ずしもSNSに頼る必要はない。デマや根拠のない情報に惑わされて肝心の公式の発表を見ないという愚鈍な行いをやらかす恐れがあるし、そもそも刻々と変わる現状に対してその正確な情報を発信するのにタイムラグが生じるせいで公式の発表すら結果的に信用ならないことさえある。(原文では天気予報が例に挙げられていたが、現代の発達した気象予測技術を当てはめることは不適当だと思う)。

 不幸の知らせも一週間とは待てない類のものかもしれない。しかし私の考えでは、不幸の知らせは元来電話で本当の意味の友人にだけ知らせるもので、それ以外の人には葬式が済んだ後に聞き伝え、あるいは週刊旬刊でゆっくり知っても大した差し支えはないはずである。もしも国民全員が知っているような著名人が死にでもすればその噂は自分から進んでなくても勝手に赤丸の通知やバナー通知、またはテレビを付けた瞬間、youtubeにアクセスした瞬間に、燎原りょうげんの火のように伝わってくるものである。三月三日に大老・井伊直弼が殺されたという情報は電話も電車もない時代に、五日目にはもう高知県(寺田寅彦の出身地)に届いたという事実がある。スマホがある今なら、バナー通知で秒で伝わるだろう。

 知名な人の旅立ちでも、SNSでの報道があるせいで妙な見送り人が増加して駅やバス停が混雑する。京アニの放火事件、志村けんのコロナ感染による訃報、その他もろもろ。この場合にも前と同様のことが言われうる。

 イベント、講演会、演芸、その他の観覧物もSNS広告で周知させることがいちばん都合のいい方法なのかもしれない。しかしこれらの大多数は十日ぐらい前からプログラムを作れないものでもないし、わざわざ万人の目に留まる広告形式をとらずとも、適切なアカウントにアクセスしてチェックしたり大元のWebサイトに訪れたりすれば有効に知ることができる(例:演歌歌手の○○さんのライブがいつどこで開催される、という情報や、お笑い芸人の□□くんのライブがいつどこで開かれる、という情報、▲▲動物園で夜の企画展が行われる、という情報、××ビルで萌えイラスト展示会が開かれる、という情報、♦♦酒店で珍しい酒の品評会が行わetc...)。これらは、一般の人が毎朝起きて床の中で知らなければならないというような性質のことでもない。そういう刺激にふれないということは、仕事に従事している多くの人にとってはむしろ仕事に没頭できるから有利なくらいである。

 youtubeやXなどで報道機関のチャンネルがいちいちそのような広告をしなくても、また、YahooニュースやMicrosoftのスタートページでいちいちそんな広告記事を垂れ流して表示しなくとも、イベントやライブの観客が減る心配がないことは保証できる。興行者とファンの間には必ず適当な巧妙なネットワーク網がいろいろと工夫されているに違いない。

 その他の多くの広告は毎日知る必要などない。たとえば書籍雑誌の広告の場合、おそらく日本ほど数が多くてぎょうぎょうしいのはどこの国を探しても見つからないかもしれない。そして広告のぎょうぎょうしさと書籍の内容は必ずしも伴っていない。これも実は断然やめたほうがいい。私だけの注文を言えば、書店の店頭の大きな立て札もやめてもらいたいくらいである(=現代で言うところの、書店内に流れるアニソンやアニメのティザー、あるいは表紙を美少女の神イラストで釣ろうとしているラノベやコミック、過剰な文言を垂れている帯、ベストセラーやら○○賞受賞やらと謳って平積みされている本。中でも一番酷いのは文春やフライデーといった、無意味な商品の宣伝と非科学的な治療方法の宣伝、そして裸の女、そして悪そうな行いをしているであろうスーツ姿の政治家やら大企業幹部やらの写真を表紙にもってきて、その上でさらに刺激的な文言をでかでかとぎょうぎょうしく貼り付けた、真に毒物的な週刊誌)。その代わりに信用できるまじめな紹介機関がほしい。なるべく公平な立場からあらゆる出版物を批評して、読者のために忠実な指導者となるものがあってほしい。ここに完全性を望むことは不可能であっても、ある程度まではできる。たとえば科学の方面ではネイチャーの巻頭の紹介欄のようなものでもかなり便利である。たとえいくらか批評の見地が偏るとすれども、利害関係にないそれぞれの専門家の忠実な紹介である限り、本文を読む前の、購入するか迷っている段階の読者がとんでもない偽物を買わされる恐れは少ない。

 その他あらゆる商品広告についてもまったく同様のことがいえる。

 純粋に見た目が毒々しい広告群を大改革すれば今のSNS記事はもう少し気持ちの良いのもになりはしないだろうか。我々が朝の仕事にとりかかる際に、もう少し清らかな頭をもって、大事な一日を快適に過ごすことができないだろうか。無意味にいらいらした心持ちから解き放たれて、おのおのの大事な仕事のコスパ・タイパを上げることができるのではないだろうか。


 次に、三面記事(日刊新聞の社会面記事のこと。社会ダネの軟派記事が掲載される。これらは人々の好奇心に訴えるような犯罪事件や事故、汚職や暴力・非行、男女・性関係記事などで、日常生活をなんらかの意味で逸脱した異常なできごとの報道が多い。かつては、それらはセンセーショナリズムとエロティシズム、事実の誇張・潤色などを特徴としていた。現在ではむしろ懐古的ことばの感じが強い)【このテの情報はyoutubeやXの台頭によってより酷く、より毒性を増したといえる。激しい中毒性を帯びて発信されるネガディブ情報の供給源によって様々なコンテンツが量産され、人々が狂った魚のようにそれらに食いついて、100万1000万と再生回数を叩きだす始末である。そして毒を撒いた張本人は多額の金銭を得るシステムが構築されており、毒を食べた消費側には快楽に支配され、知恵も教養も何一つ身につかない。youtubeやXのそういったコンテンツは明治の三面記事とは比較にならないレベルで一般人にとって害悪であると考えられる】を削除してしまったらどれだけ気持ちの良いものになるだろう。

(つづく)

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