マネージャーの章 其の七 地獄のロケと絶望のふち

 遂に朝が来た。

 目はギンギンだし、頭痛はするし、部屋のエアコンで喉がガラガラだ。

 昨日武元美波たけもとみなみに言われた言葉が耳と頭から離れない。あ、勿論『H』の方じゃなくて『好き』についてな。一晩中考えてどうだったのか?イヤそりゃ答えが出ないから眠れなかったワケで……

 でも、のんちゃんとはほぼ毎日一緒に過ごして、凄く癒されて、もう隣にいるの事が当たり前になっていて、本当に嬉しいし幸せだと思っている。一方、あぐちゃんは元々アイドルとして推していたけど、今 ボクにとっては普通の女子だ。勿論、変わらず好きだけど、ひょっとして推していた時の好きとは違うのかもしれない。彼女といると心躍るような気持ちだし、漫才みたいな掛け合いも楽しい。だけど、別にあぐちゃんってばボクの事を好きなワケじゃないしな……。ボクが選べる立場じゃないじゃん。ボクってば、このままの関係で楽しく3人で過ごしたいと思っていた。けど、美波に言われて気が付いた事がある。ボクのは、年頃の男子の感情ではなく、まるで何かを夢見る少年のような感情だという事を……。

 のんちゃんに告白され気持ちを知ったのに、『頭の片隅に……』という言葉に甘えてボクは何もアクションを起こさない。ただヘラヘラして隣りにいるだけ。それがどれだけのんちゃんを苦しめているかなど、気付きもせずに。なるべく早く自分の気持ちに決着をつけよう!余りにも情けない。このままじゃのんちゃんに失礼だ。


 今日は寒空の下、自然公園でのロケ。ロケバスを覗くと最後方の席に、寝ぼけまなこの武元美波を発見。

「美波、おはよう!夕べはご馳走様でした」

「お、アデシーおはよう!」

 彼女は、目を擦り大きな欠伸をすると、ボクが座れるようお尻を横にずらした。

「で、決めたかね?どっちとHするのか?」

「アホかぁ!!ボケェ」

「なんや、つまらん男やなぁ。そんなんじゃどっちにもフラれるで?」

「えっ」ビクッ

「おー、今ビクッってしたやろ?な?」

「し、してないわ!頬っぺつんつんすんなや!」

「ふふっ。可愛いのぉアデシーは……」

「何がじゃ!?ったく。てかオイ、どこに行くんだよ?ロケ始まっちゃうぞ」

「オ・シ・ッ・コ!デリカシーが無いマネージャーね、ったく。ふふっ」

 美波は口元に手で隠すように覆い、含み笑いでトイレへと向かった。

 クッソォ!キュ……キュートだ。


 本日もお笑いバラエティの収録。

 芸人さんが大きな池を背に、椅子に座りインタビューを受けていると、椅子が跳ね上がり池に落ちるというドッキリらしい。美波はそのインタビュアーで仕掛け人だ。

 撮影監督の激が飛ぶ中、スタッフさんたちはあくせく準備を進めている。ボクってば、美波を待ちながらその光景をボーッと見ていた。今頃眠っ。


「ほな、カメリハ始めるで!あれ?アイツはどこ行った?あの新人スタッフ」

「あ……えっと、監督すみません!アイツ、昨日辞めちゃいました」

「何ィ!なんやねん!ったく今の若いヤツは、仕事舐めとんのかドアホ!!いてこましたろかホンマ!!」


 こ、怖っ……関西弁でドスの聞いた口調はヤバいわ。あの監督には逆らえんな。気ぃ付けよ!


「オイ!代わりどないすんねん!……おっ、オイッそこの鶏ガラみたいなあんちゃん!」

 ……

 ……

「お前だよ!そこの豆もやし!!」

「え?ええっ!それボクやん」

 何何何っ……怖いんだが、嫌な予感しかしないのだが。

「ハイ……何でしょうか?」

あんちゃんは誰?まぁいいわ。池に……飛んで」

「ハァ?なにゆーとんねん?」

「オイ!関西弁舐めとんかガキィ!シバキ倒すぞコラッ!はよ来いや!3……2……」

「ええっ!ちょっ、待っ!」

 カウントダウンは卑怯だろ!つい、来てしまった。つい、椅子に座ってしまった。あれよという間にベルトを装着されてしまった。

「よぉし!ほな、いくで!準備ええか?おいカメラ!モタモタすんなや!3……2……1」

 ドーンッ!!


 ボクってば、風になった。大空を羽ばたく鳥の様に、青空にふわりと浮かぶ雲の様に、そう!今ボクは、自由という名の翼を広ルロルロロルロレロロルレロぶくぶくぶく……


 カタカタカタカタカタ……

 えっと、毛布1枚じゃ足りないんですが?んで、何コノ申し訳程度の焚き火は?

「え?!ちょっと!どないしたん?アデシー大丈夫!?ちょっと監督!この人、うちのマネージャーやねんけど!!」

「え?そうなん?あんちゃん、そういう事は先に言わなあかんで?まあ、かんにんしたってや〜」


 コ、コイツ……闇討ちしたろか?


 14:12 ロケは暗くなる前に終了。

 ドチャクソ体調不良になったが、早めに帰れる!双子ふたりとも待っててねぇ!


 だが、その希望は瞬く間に打ち砕かれる。


 RRRRR……

「はい、もっし〜美波ちゃんやけど。え?……は、はい……ええ……イヤちょっ」

 美波の顔面は真っ青になっていた。絶望のふちにでも立たされたか?

「ねぇアデシ……マネージャー、どないしよ?」

「え?何が?」

とデートしてるところをパパラッチされたようです……」


 ボクってば、絶望のふちに立たされた。










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